わたしがいるのだから
汽車の旅は、想像以上に快適。
窓から見える景色の移り変わりは、ぼーっと見ていて飽きない。さらに昼食、ティータイム、夕食、バーと、食事も飲み物も最高。屋敷と変わらないレベルだった。
ベッドも小柄の私には問題なく、しかも進行方向にあわせ、横になれた。体への負担も少なかったと思う。
ということで、一泊で終了は残念だが、仕方ない。
そんな風に思ったけれど。終着駅となる「リアベラ」に降り立つと、残念などという気持ちは吹き飛ぶ。駅からリアベラ海が、見えていた! 遠くは紺碧色だが、その手前は目が覚めるようなターコイズブルー! 陽光を受け、キラキラと輝いている。
海の手前に広がる街は、外壁は白で、洋瓦は素焼きのオレンジ。空と海の碧さに、外壁の城と屋根のオレンジのコントラストが実に美しい。しかも気温も冬の朝とは思えない程、温かい! さらにさすがにここまで強い海風は届いていないので、皆、着ていた上書きを脱いでいる。私もウールのバニラ色のロングケープを脱ぎ、シャーベットピンクのドレスになった。
ウォードもコートを脱ぎ、スカイブルーのシャツに白のセットアップになり、それは……とても爽やかでカッコいい。ワイリーはいつも通りの黒スーツ。せっかくだからワイリーは、サウス地方滞在中は明るい色のスーツでも着ればいいのに。
チラッと見ると、チャーチャだって、ビスケット色の美味しそうな色味のドレスを着ていた。
「シャルロン。宿までフェートンに乗って行かないか?」
フェートンとは、御者がいない二人乗りの馬車で、屋根もなく、景色をも楽しめる。
「ええ、ぜひそうしましょう。天気もいいですし、温かいですし、気持ちが良さそうです」
私の返事を聞いたウォードは、輝くような笑顔になる。自ら馬車乗り場へ向かい、フェートンを手配してくれた。
「若奥様、帽子をかぶりましょう」
確かに冬とは思えない程、陽射しもあるので、帽子はかぶった方がよさそうだ。チャーチャの提案に従い、つばが広い明るいグレーの帽子をかぶった。靴とお揃いの色の帽子を、チャーチャが用意してくれていた。
「シャルロン。こっちへ」
私をエスコートしたウォードは、そのまま馬車に乗るのも手伝ってくれる。
「よし。すぐにわたしも乗るから」
こうしてウォードが御者を兼ね、馬を走らせる。
普段、乗馬の練習をしているだけあり、その操作は完璧。
そうなのだ。
あんなに執務に追われているが、早朝、剣術と馬術の練習は欠かしていない。そこはさすが公爵家の次期当主だ。
「シャルロン、見てご覧。ブーゲンビリアの花が咲いている」
「え、あのピンク色の花、ブーゲンビリアなの!」
これには驚いてしまう。ブーゲンビリアと言えば、鮮やかな色で、夏の花のイメージだ。それが冬に咲いているなんて……! でもそう言えば前世において、冬の沖縄でもブーゲンビリアが咲いていた。だったらこの世界でも、冬でも温暖なサウス地方で、ブーゲンビリアが咲いていても、何もおかしくないわね。
そんな冬とは思えない景色は、まだまだ続く。
通りを散策する人は、夏物の服を着ている。夏に楽しまれるエルダーフラワーソーダーも、販売されていた。
エルダーフラワーソーダー。
それはどんな飲み物かというと……。
初夏に咲くエルダーフラワーの花を、シロップ漬けにしたコーディアル。これを炭酸水で割ったドリンクが、エルダーフラワーソーダーだ。甘い香りと、癖のない味わいで、ゴクゴクと飲みやすい。
「シャルロン、エルダーフラワーソーダー、飲みたいか?」
「え!」
「それともアイスが食べたいか? さっきからずっと、その二つを目で追っている」
そう言われると、まさにその通り。
だって季節は冬なのに、夏にしか思えないのだ。そしてその二つのお店がとても多いから……。
「お腹は空いていないから、アイスは今はいらないわ。エルダーフラワーソーダーは飲みたいけれど……。一人分の量が多くて、飲み切れないと思うの」
「飲み切れないなんて、無用の心配だ。わたしがいるのだから」
そう言うとウォードは合図を送り、馬車を止める。
後ろに続く、ワイリーやチャーチャなど使用人や荷物を積んだ馬車も、次々に止まった。
ウォードは、自身を除く全員分のエルダーフラワーソーダーを買うと言い、スタンド販売していたおばちゃんに金貨を渡す。おばちゃんは大喜びで、すぐ近くの自身の家に向け、大声で応援を呼ぶ。すると娘や息子が家から出て来て、エルダーフラワーソーダー作りを手伝う。
「飲みたい分だけ、飲むといい」
ウォードが私に、太陽の陽射しのような色の、エルダーフラワーソーダーが入ったグラスを渡してくれる。「ありがとう」と受け取り、口元に近づけると、とってもいい香りがする。まずは少しだけゴクリと飲むと……。
「美味しい!」
「良かった」
まるで自分が褒められたかのように、ウォードが微笑む。
その顔を見ながら飲むエルダーフラワーソーダーは、なんだか美味しさが増した気がする。ゴクゴクと飲んだものの、やはり炭酸が効いているので、すぐに満足できた。
「もう飲まないのか?」
「はい。……炭酸で、お腹が膨れました」
「では、残りはわたしがもらおう」
ウォードはひょいっと私の手からグラスをとる。そして迷うことなく、グラスに口をつけたが……。
こ、これは……間接キスになるのでは!?
ドキドキしながら、ウォードの口元を見てしまう。
というか……。
上下する喉仏にも、彼が男性であると、強く意識してしまった。
結婚式の時以来、ウォードと唇へのキスなんて、していない。
というか人生において、それがファーストキスであり、最後のキス状態だった。





















































