抱きしめたいという合図
長期の旅行ともなると、荷造りが大変……と思うが、私には心強い味方、チャーチャがいる。そして優秀なメイド達が! 完璧にトランクに荷物を詰めてくれた。
こうしてリアベラ海へ向け、出発する日の朝。
ロイヤルパープルのドレスに、ウールのバニラ色のロングケープを着て、ウォードとエントランスホールに集合した。ギリギリまで執務をこなしたウォードは、ダイニングルームに来ることができなかったのだ。
そのウォードは、濃紺のスーツにチャコールグレーのコートを着てエントランスホールに現れたが、歩きながら書類にサインをしている! そのサインを終えた書類を、ヘッドバトラーが受け取っていた。ウォードと一緒に歩いて来るワイリーは、いつもの黒スーツに黒のコートを着て、手に持っている書類を読み上げている。
「分かった。それなら新年度に組んだ予算を割り当て、水車小屋の修復費に当てよう。よし。これで終わりだ!」
ウォードはそう言うと、書類にサインをした。そしてようやく私に碧眼の瞳を向ける。
「シャルロン。もうこれで年内の執務はお終いだ。今朝はダイニングルームへ行けず、すまなかった」
「年内の執務、お疲れさまでした。これからは旅を満喫しましょう」
私の言葉にウォードは、とろけそうな笑顔になる。スッと伸びた腕は、私を抱きしめたいという合図に思えた。でもすぐに手を下ろし「ありがとう、シャルロン」と微笑む。
「私もウォードを愛しています」と伝えていないから、ウォードは私へのスキンシップを我慢している。そのウォードが、我慢を止めたのは、カシウスがいる時に不意に現れ、腰を抱き寄せた時だけだ。それだけウォードは、カシウスを意識している。カシウスは未来の皇帝。無意識にでも、男性の本能で、ライバル視してしまうのだろう。
「では馬車へ乗ろうか」
ウォードと共にエントランスへ出ると、そこにアルモンド公爵夫妻と義弟が見送りに来てくれた。離れの使用人もほぼ全員がエントランスに出て、見送りをしてくれる。
「初めてのシャルロンとの旅行。楽しみだ」
ここでも遠慮して、正面の席に座ったウォードは、頬を上気させ、嬉しそうにしていた。
サウス地方までは汽車で丸一日かかる。到着は明日の朝だ。
王都の中央駅は、大勢の人で溢れ返っている。
地方領から王都へ来る人、王都から地方領へ向かう人、避寒で地方へ向かう人と、大賑わいだ。
「アルモンド公爵の若旦那様、若奥様、お待ちしていました」
駅の係員が迎えに来てくれたのは、さすがアルモンド公爵家だ。
ウォードは私をエスコートし、係員の後をついて行く。
私たちの後ろには、ワイリー、チャーチャとメイド、従者や下男がトランクを乗せたカートを押し、続いている。
「こちらがサウス地方行きの汽車です」
始発駅になるため、既に汽車はホームに停まっていた。
乗客は次々と汽車に乗り込んでいる。
客車は、黒に近いワイン色。落ち着きがあり、上品に感じた。
「初めての汽車の旅だな。行こう、シャルロン」
「はい!」
ウォードにエスコートされ、客車に乗り込む。
係員が案内してくれたのは、一等車。
座席は車体より明るいワイン色で、とても洗練されている。座ってみると、スプリングが効いており、座り心地は最高! しかも着席してすぐに、係員が飲み物を運んでくれた。
甘い香りが漂うと思ったら、ココアだ! しかもとても美しい陶器のカップに入れ、出してくれた。さらにシンプルなクッキーもついている。
係員は、ココアとクッキーを楽しむウォードと私に、この汽車の設備を紹介してくれた。食堂車やバーの営業時間。さらに展望車では景色を楽しめ、本の貸し出しも行っているという。
「それではアルモンド公爵の若旦那様、若奥様、汽車の旅をお楽しみください」
一通りの説明を終え、係員が個室から出て行った。
窓の外を見ると、あれほどいた人の数が減っている。つまりみんな、汽車に乗り込んだということ。
「いよいよだ。シャルロン」
対面の席に座るウォードがそう言ったまさにその時。
笛の音が沢山聞こえる。
きっと出発が近い!
そこに汽笛が鳴る。
これはもう、何だか興奮せずにはいられない。
ガタッと大きな音がして、前後に体が揺れた。そう思ったら、ゆっくりと汽車が動き出した。
こうして初めてのウォードとの旅行。初めての汽車の旅が始まった――。





















































