その時までの二年間
その未来が幸せであることを願い、晴れの日を迎えた私は、ブーケを思いっきり投げた。
ブーケを思いっきり投げた瞬間。
私は自分の幸福まで誰かにパスしてしまったのだろうか?
◇
学園を卒業した後、私は二年間の花嫁修業になった。
その二年間で私は、公爵夫人になるため、外国語を学び、使用人の管理や予算管理について学習し、上流階級ならではの会話術を会得し、期待される教養を覚え、資産管理のスキルも一部身に付けた。
王太子妃教育などとは比べ物にならないだろうが、それなりに大変だった。
一方のウォードは何をしていたのかというと、遊学。
遊学と言うが、遊びではない。この世界における帝王学を実地で学ぶような感じだった。つまり国内外を旅してまわり、そこで実践で社交術を磨き、人脈を作り、様々なビジネスを目の当たりにしていたのだ。
お互いに忙しい二年間。
しかもウォードはアルモンド公爵家の屋敷にいたわけではないのだ。季節の挨拶の文を交わし、おそらく同行している公爵家当主補佐官からアドバイスがあったのだろう。旅先で手に入れたタペストリーや工芸品、稀に宝飾品も送られてきていたのだ。
工芸品は何というか、鮭を口にくわえる木彫りの熊みたいなもので、木彫りのフクロウや手鏡が届けられたりした。
そう言った物が届けられると嬉しかったし、私は自分の部屋にそれらを喜んで飾っていたのだ。そして婚約破棄の危機はあったが、それを乗り越え、ウォードと私は結ばれる。ヒロインであるクレアルとサリエリがうまくいっているように。私も幸せになれると思っていたのだ。
そしてその日が近づく。八月の初めのその日はウォードと私の結婚式の日だった。
ウォードは結婚式の一週間前に、帰国し、屋敷に戻るはずだった。
アルモンド公爵家は財力もあるので、結婚式や披露宴、その後のパーティーもすべてその道のプロフェショナルを雇い、彼らに任せてくれた。よって招待状の発送から、挙式と披露宴を行う屋敷の庭園の飾りつけまで、すべて彼らがやってくれたのだ。だからこそウォードは、結婚式の一週間前の帰国でも、問題がなかった。
遊学先で採寸を行い、オーダーメイドで仕立てた、アイスシルバーのフロックコートはすぐに試着し、微調整はその一週間で行うことになっていた。結婚指輪は旅先で、ウォードは自分自身のものを用意していたのだ。よってそちらのサイズ調整は不要。他にもいろいろあったが、どれも些末なことだった。
それでも一応、最終確認的な意味合いも含め、一週間前には帰国だっだのだが。
なんとウォードが乗った船は、悪天候を避けるため、航路の変更があり、到着が遅れた。
その結果。なんとウォードが帰国したのは、結婚式当日の早朝だった。
地方領から、王都で行われるアルモンド公爵家の結婚式に参加する貴族は、余裕を持って領地を出発している。どうやら船の到着が遅れると分かったからといって、中止にはできない。
最悪、ウォード不在でも、彼の弟が代理で新郎役を務め、結婚式は敢行するということで、準備を進めていたが……。
ウォードがちゃんと帰国してくれた! 間に合った。
私のために頑張って帰って来てくれた。
そう、思っていた。
よってすぐにでもウォードに会いたいと思ったが、ファーストミートの慣習がある。
ファーストミート。
それは挙式の前に、新郎新婦はお互いの姿を見せあわないという習慣だ。挙式の前に、新郎が新婦の姿を見てしまうと、幸せになれないというジンクスがあった。これは政略結婚が多いため、生まれた慣習とも言われている。
家柄や財産、条件は合致しているが、お互いの容姿が好みではなかった場合。事前に顔を見てしまうと逃げ出す可能性があるため、もう逃げ出さない状況でその姿を見せあう――というなんともトホホな事情が背景に誕生したという説もあった。
私とウォードは散々顔をあわせているわけで、ファーストミートは気にしなくても……という気持ちは無きにしも非ず。でもその一方で、この美しいウェディングドレス姿の私を見て、ウォードが驚き、喜ぶ姿も夢想し、乙女心はときめく。
私が着ているウェディングドレスは一年がかりで仕立てたもので、瀟洒な花模様のチュールが、スカートと全体に重ねられている。随所に使われているレースには金糸による刺繍もあしらわれ、ドレス全体がキラキラと輝いているように見えた。
ホワイトブロンドの私の髪は、純白のドレスとの相性も抜群。きっちりアップにして、ガーデンウェディングに相応しく、フリージアの花を飾っていた。
私の準備は完璧に終わっているが、ウォードは今頃、大忙しだろう。
こうして私はウォードとは、この日のためにわざわざ出向いてくれた大司教の前で、二年ぶりの再会となった。
この二年間は長いような短いような。不思議な時間だった。
そしてこの二年間で、私自身は二十歳になり、胸はドレス映えする大きさに成長し、髪も伸びた。でも身長に変化はなく、顔は少し痩せたかな?くらいだった。
だがウォードは……。
アイスシルバーの髪は、襟足が少し長くなり、碧眼の瞳には聡明さが増した気がする。眉毛は今日のためにキリッと切りそろえられ、顔立ちはよりシャープになっていた。何よりもさらに身長が伸び、髪色と同じフロックコートも完璧に似合っていた。なんだか脚も長くなったように感じる。
今朝、帰国したとは思えない程、さっぱりした顔をしており、疲れなど感じさせない。
大変素敵なウォードを前に、私の心臓はもうバクバクしていた。
愛の誓いや誓約書へのサイン、合間の大司教からの有難いお言葉、さらに指輪の交換。そして――誓いのキス!
前世今生において人生初のキスが、挙式でのキスなんて、まさに夢みたい! なんてドラマチックなのかしら! そう思ったが、あくまで誓いのキス。ドキドキした時間の方が長く、肝心のキスは……あっという間に終わっていた。
本当に一瞬過ぎて、「え、本当にキスしました?」というくらい、呆気なかった。
その後の披露宴は、前世のようにテーブルを巡り、挨拶をするスタイルにしてしまったため、新郎新婦は大忙し。しばらく間があき、パーティーとなるが、その時間を使い、食事をして、ドレスに着替える。
ウォードとゆっくり話す機会などない。
あれよあれよという間に、パーティーが開始。
ウェディングドレスから一転、ウォードの碧眼の瞳にあわせ、碧いドレスへ着替えた。
スカート部分にモネの睡蓮を彷彿させる柄がプリントされており、その上にグリッターチュールが重ねられている。
ランダムにポイント留めしたグリッターチュールから覗くプリント柄が、フェアリーな印象のドレス。自分で言うのもなんだが、元悪役令嬢のシャルロンは、肌がミルク色ですべすべしている。よってこの碧いドレスもよく映えていた。
こうしてパーティー会場となるアルモンド公爵家の邸宅の大広間へ向かう。
扉の入口には、これまた昼間とは一転、ウォードは紺色のテールコートを着ている。こっそり用意しておいた私の瞳と同じ、アイリス色のタイ飾りもちゃんとつけてくれていた。
「では新郎新婦、入場お願いします」
ヘッドバトラーに声をかけられ、ウォードにエスコートされ、大広間へ入ると、拍手喝采で迎えられる。待機していた楽団も結婚式でお馴染みの曲を奏でてくれていた。
ウォードが挨拶をして、最初のダンスとなる。もちろん、それはウォードと私だ。
広間の中央へエスコートされ、そこでウォードと向き合うことになる。