君に甘えたかった
ウォードの肉欲の蓋が、外れてしまったとでもいうの……?
外れて……しまったのかもしれない。
チャーチャと二人、無言で廊下を進む。
愛がない結婚……というわけではなかった。どうやらウォードは私を好きらしい、ということは分かっている。そしてかつて私は、ウォードのことが好きだった。これからゆっくり話をすれば、深まっていた溝も埋まるかもしれない。そうなったら、自然とお互いの気持ちが寄り添い合い……。
時間をかけてゆっくり、ではダメだったのかしら?
ついに到着してしまった。
「……若奥様、いざとなれば狸寝入りでもすればいいと思います」
「大丈夫よ、チャーチャ。貴族の結婚とは、こういうものなのだから」
チャーチャが扉をノックする。
ウォードの返事を聞くと、扉の取っ手を掴み、チャーチャが開けてくれた。
初夜の時以来の、夫婦の寝室だった。
ピローやベッドカバーなどは、柔らかみのあるオーキッド色に変わっている。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
赤々と燃える暖炉の前のソファには、ウォードが座っていた。グレーのガウンを着たウォードは……。初夜の時と違い、疲れた表情ではない。私を見ると……。
「シャルロン。馬車でわたしにいくつか質問していたが、聞きたかったことは、あれだけではないはずだ。君が好きなシードルも用意している。これでも飲みながら、続きを話そう」
真ん中分けされた前髪の下の碧眼を細め、ウォードは笑顔でそう言ったのだ。さらにソファから立ち上がり、私の方へと向かってくる。
一方の私は、自分がウォードの人格を疑うような想像をしてしまったことを……恥じることになる。決して肉欲に負け、私を夫婦の寝室に呼んだわけではない。馬車の中で私が聞けなかったことを、聞ける場を設けてくれたのだ。
なんて気遣いだろう。そう感動する一方で、あらかじめ馬車で「続きは夫婦の寝室で話そう」と言ってくれればよかったのに!とも思ってしまう。
「入浴していたら、ふと思いついた。きっとまだ、話し足りないのではないかと。でもシャルロンは気を遣い、明日の朝食で話を聞けたらと、考えたのでは?」
ソファに並んで座っていたが、図星なので驚いて全身をウォードに向け、その顔をガン見してしまう。
記憶喪失と同時に、人の心まで読めるようになったのかしら!?
「どうやら正解のようだ。朝食の席では、メイドも控えている。それでは話しにくいだろう? それに明日には両親も王都へ戻って来る。バタバタしてゆっくり話せない。だから突然だったが、声を掛けることにした」
「そ、そうだったのですね。それは……ありがとうございます」
私が聞き足りないことに気づき、かつ朝食では話しづらいだろうと配慮し、二人きりになれる夫婦の寝室に呼んでくれたのだ。
もうそれが理解できたので、用意してくれたシードルで乾杯した後は、普通に会話がスタートした。
早速、私が気になっていることを聞くことにした。それは……。
――「ガーデンバースディパーティーが行われたあの日。わたしは君に婚約破棄を伝えるつもりだった。そしてクレアルにプロポーズするつもりだったのに。何が起きたのか、訳が分からなかった。しかもあの後、両親から呼び出され、こっぴどく叱られた。婚約は家同士の取り決め。浮気なんてしたら、親の顔に泥を塗ることだと思えと言われ……。君の両親から後日呼び出され、やんわり嫌味も言われたんだぞ」
なぜ敢えてこの話を出したのか。私はクレアルへの未練があると感じたが、実際はどうなのか。私の問いに、ウォードはバツの悪そうな表情で答えた。
「嫌味を言われたと、君にわざわざ知らせたのは……」
そこで視線を暖炉に向けて、ウォードはため息をつく。
「『わたしはこんなに大変だったんだぞ!』と言いたかっただけ……だ。要するにシャルロンに愚痴り、甘えたかった」
「まったく伝わらないと思うのですが……」
これには脱力してしまう。
愚痴を言い、甘えたかったなんて、ウォードらしくない。
ううん、違うかな。
らしくない、という見方をするのは、やめた方がいいかもしれない。記憶喪失になってからのウォードは、これまでとは少し違うのだから。
「全く伝わらない……それはそうだと思う。申し訳なかった。それに『それぐらい自分の中で消化しろ』と、今のわたしなら思える」
こんなに自分自身を客観視できるなんて。それにウォードの申し訳ないという気持ちは、十分伝わってきている。
「婚約破棄の件を持ち出し、浮気は親の顔に泥を塗ることだと思えと言われたと話したのは……図々しくもシャルロンと結婚式を挙げたことへの言い訳だ」
「言い訳、ですか?」
問い返すとウォードはコクリと頷き、グラスのシードルを口に運ぶ。
「わたしはクレアルへ気持ちを持っていかれた時期がある。そこを悔いた結果だ」





















































