いきなりあの部屋に
「わたしは君が好きだ。君は……わたしのことをどう思っている?」
ウォードのことをどう思っているって……。これまでの私への態度から、既にウォードへの想いは、終っている。ううん、違う。封印した、というのが適切かもしれない。
昔は好きだった。でも今は違う。ただ、ウォードがとった私への態度の意味が理解できれば、気持ちが変わるかもしれない。
そう思い、口を開きかけたが、そこで思い留まることになる。
今のウォードは、記憶喪失の状態。記憶が戻れば、また元のようになるだろう。
「シャルロン!」
考え込む私を現実に引き戻すように、ウォードが名前を呼んだ。
「わたしは記憶喪失だ。忘れている記憶がある。この記憶は取り戻せるかもしれないし、取り戻せないかもしれない。だが例え記憶を取り戻しても。今度こそ、過ちはおかさない。シャルロンのことが好きなのだから。全身全霊で君を愛したい」
こんなストレートな愛の言葉をウォードが口にするなんて!
もうクラクラ眩暈がするようだ。
「急にそんなことを言われ、気持ちをぶつけられても、困ります。私のウォードへの気持ちは……既に封印されています」
「封印……。では、わたしへの気持ちが、なくなったわけではないのだな。ならばわたしが『好きだ』と言い続ければ、いつしかシャルロンはわたしを好きにな」「待ってください!」
ウォードが情熱的で一直線であることに、かなり翻弄されている気がする。というか、ウォードってこんな性格だったの……? ともかく、ここはウォードにも落ち着いて欲しい。
「私の中に封印された気持ち。その扉の前には沢山のウォードの言葉が積み重なっています。これをどかさないと、封印された扉は開きません。つまり、ウォードがあの時、なぜあんな言葉を言ったのか。それを教えていただけますか?」
「それはお安い御用だ。なんでも聞いて欲しい」
碧眼をキラキラさせ、ウォードが微笑む。
ならばと早速、質問することにした。
ウォードは、「資産管理なんて、当主のすること」と言い切った。さらに未来の公爵夫人として、ティーパーティーを開き、舞踏会を開催し、社交にいそしめばいいと言っている。なぜそんなことを言ったのか。それを問うと――。
「学園の同級生だった令嬢も、クレアルも、数字は苦手だと言っていた。細かい管理も面倒だと。女性はそんなことより、美しく着飾り、談笑することを好むと……あの時のわたしは思っていた。シャルロンのためを思い、言ったことだ。まさかそれで君が傷つくとは……その時のわたしは、想像すらできていない」
「ではバロス兄弟の海賊船の件は? 由緒正しき公爵家に、海賊が盗んだお宝なんて必要ないと言った件は?」
尋ねられたウォードは、アイスシルバーの髪をかきあげ、大きなため息をつく。
「情けない話だ。その……恰好をつけただけだ。尤もらしく言っているだけ……あの時のわたしは本当に、どうかしていたと思う。海底に金銀財宝を沈めておくことは、無駄だ。有効活用した方がいい。よってシャルロンは間違っていない。……あんなことを言って、すまなかった」
頭頂部が見えるぐらい頭を下げられては、この件については何も言えない。見栄を張ったり、格好をつけたりするのは、誰にでもあることだ。
そこで別の知りたかったことを聞こうと思ったが、離れへ戻って来た。
つまりタイムアップ。
だがきっとこの話の続きは、また聞くことができると思えた。ウォードは私のために時間を作り、朝食の席に現れてくれる。そう思えた。
よってエントランスホールでウォードと別れ、私は大人しく自分の部屋に戻った。その後はドレスを脱ぎ、入浴だ。
さっぱりして、バニラ色の寝間着を着て、フランボワーズ色のガウンを羽織り、チャーチャにナイトティーを用意してもらった。華やかでありながら、落ち着きのあるラベンダーティーを飲んでいると、扉がノックされた。
チャーチャと顔を合わせ、「?」となる。
扉を開けると、そこにいたのはウォードについている従者だ。
何かしら?
「ウォード様からの伝言をお預かりしています。夫婦の寝室に来てください、とのことです」
◇
ウォードが信じられない程、積極的になり、そして私に対し自身の気持ちをハッキリ伝えてくれた。しかも「例え記憶を取り戻しても。今度こそ、過ちはおかさない。シャルロンのことが好きなのだから。全身全霊で君を愛したい」と言ったのだ。
それでも過去に、ウォードが私に告げた言葉がある。それはなかったことにできないし、私は気になっている。だからあの日、あの時、なぜ私にあんなことを聞いたのか?と問うと、その答えをちゃんと教えてくれた。でもまだすべてではない。聞き足りない。
それなのに!
いきなり夫婦の寝室に私を呼びつけるなんて。
チャーチャには馬車でいろいろウォードと話したことを既に報告している。ドレスを脱ぐ時、入浴をしている時に話していた。その事情を知るチャーチャでも、これまで呼ばれたことがない夫婦の寝室に来いというのは――さすがに「急すぎると思います!」と言ってくれている。
とはいえ、断っていいのか。
事情を知らない使用人は「せっかくお声がかかったのに、断るのか」と不思議に思うだろう。体調不良とか月ものがありまして――と断る理由があればいいが、あいにくそれもなかった。そして基本的にこの世界では、男性がお誘いし、女性が応じるという構図が成立している。つまり……断りにくい!
これまで一度もそういうことがなかった。てっきりウォードは、そっちの欲求が薄いと思っていたのに。違うということ……? 記憶喪失になり、それこそ封印していた肉欲の蓋が、外れてしまったとでもいうの……?
外れて……しまったのかもしれない。





















































