未来が幸せであることを願い
「ラクレル男爵令嬢。婚約者がいるような相手を好きになっても、幸せにはなりません。婚約なんて家同士すること。当事者が『この婚約は破棄する!』となっても、そうは問屋が卸さないでしょう。それに公爵家に嫁ぐとなると、相当な持参金が必要です。男爵家である君の両親にとっては大きな負担になります。持参金が払えないと、婚約は破棄になるんですよ」
これを聞いたクレアルは「え、そうなの!?」と困った表情になっているが、それは私からしても「え、そうなの!?」だ。ゲームをプレイしていた時、サリエリが言うようなことは、一切触れられていない。
何せ悪役令嬢の断罪は、ヒロインと選ばれた攻略対象にとっての一大イベントになる。悪役令嬢が断罪されるのは確定案件であり、好感度はMAXに到達し、〆の告白へ至るのだ。
そんなドラマチックな場面で「婚約は当事者同士で破棄されましたが、これから家同士の話し合いが必要です」なんて注意書きが表示されたり、「攻略対象との婚約にあたり、持参金が用意できるか確認が必要です。確認の上、足りない場合はデイリークエストを周回する必要があります」などと言われたら、気分は盛り下がり、やる気も落ちる。
だからゲームでは触れられなかったのだろうか?
婚約破棄に関する家同士の話し合い、持参金を用意できたのか、それらに一切触れずに、ゲームではゲームクリアで終わってしまう。
だが、そうか。現実では……。
家同士の話し合いと持参金問題は避けて通れないことだ。
「でも、安心してください、ラクレル男爵令嬢。婚約者がいる相手と結ばれようとすると、困難がつきまとうのです。ですが婚約者がいない相手を選び、同じ男爵家を選べば、家格の問題も持参金の問題も、クリアです」
そこでサリエリの黒い瞳と、クレアルのルビー色の瞳が見つめ合い、アイコンタクトによる会話がなされる。何をお互いの目で物語っているのか。だいたいの想像はつく。
「王太子との婚約なんぞ、とてもではないですが、困難が伴います。王太子妃教育は大変です。持参金も膨大でしょう。止めた方がいいです」
「そ、そうなのですね……。宰相の息子であるレナード様は……?」
「レナードだって伯爵家の長男です。男爵家より格上で、婚約に当たってはいろいろ条件をつけてくるでしょう。持参金だって、相応に必要になります」
そしてとどめのように、こう指摘しているはずだ。
「騎士団長の息子であるデリック。彼は侯爵家の嫡男です。やはり家格が上ですから、面倒です。持参金はレナードの時より必要になる可能性が高い」
これにはクレアルの顔が無念そうになる。
こうしてサリエリとクレアルは、目と目で通じ合うことを完了させた。
「ラクレル男爵令嬢。もう言いたいことは分かりましたよね。あなたが幸せになるために、手を取る相手は誰であるかということが」
え、まさか……。
「……そうですね。ありがとうございます、サリエリ様。いろいろ教えてくださったおかげで、私、目が覚めました。私を幸せにしてくれる相手。それはサリエリ様、あなたです!」
クレアルが笑顔で、差し出されていたサリエリの右手に、自身の手をのせた。
◇
ウォードのガーデンバースディパーティーは、波乱万丈で終了した。
乙女ゲームでは、悪役令嬢の断罪&婚約破棄の場であったはずなのに。悪役令嬢である私、シャルロンは断罪されず、しかも婚約破棄もされていない。
そう、そうなのだ!
まさかのヒロインの本命以外の攻略対象が動くことで、特にサリエリの思いがけない動きにより、私は奇跡的に断罪と婚約破棄を回避できてしまった……!
どうしてこんな事態になったのか。ゲームの神様が悪役令嬢に微笑んでくれたのか?
そんなことはありえない。意味もなくヒロインの本命以外の攻略対象が、動くわけがなかった。つまりそんなご都合主義ではないということ。サリエリの行動にも理由があった。
それはこの乙女ゲームの独自システム。本命を選んでいても、ストーリーを進める中で、他の攻略対象を気に入った場合。その攻略対象の好感度を上げ、最終的に本命ではない相手に告白しても、無問題だった。好感度が高ければ、ハッピーエンドになるのだ。
つまりヒロインであるクレアルはウォードを本命に、残り四人の攻略対象の好感度も適度にあげていたのだろう。
クレアルに対する好感度は、騎士団長の息子デリック<リドリー王太子<宰相の息子レナード<宮廷音楽家の息子のサリエリという順で高かったのだろう。そしてサリエリのクレアルへの好感度は、本命とも変わらない程、高まっていた。その結果が、ヒロインへ向けたあの言葉だったと推測できる。
ウォードのガーデンバースディパーティーで、サリエリはプロポーズまではしていない。だが後日、そう言った場が設けられたのだろう。ちゃんとプロポーズは行われた。そしてクレアルとサリエリは、婚約を発表したのだ。
ウォードのガーデンバースディパーティーでは、注目を集めてしまった。あの場で、ウォードは私のクレアルに対する嫌がらせを断罪したが、婚約破棄について触れていないし、社交界追放も口にしていない。ましてやクレアルとの婚約を表明していない。
それでもクレアルが、婚約者のいる男子と急接近したことは、周知の事実になっている。よってこれ以上目立つ事態は避けたいと考えたようで、二人の婚約は学園の卒業式後に発表された。
確かにあの時、クレアルはそれなりに恥ずかしい思いをしただろうが、ヒロインなのだ。ゲームのヒロインシステム……ヒロインは絶対であり、周囲から嫌われない……が作動し、在学中に婚約を発表しても、変な噂など立たないだろうに。
ともかくヒロインであるクレアルは、攻略対象の一人だった宮廷音楽家の息子であり、男爵家の長男、サリエリとゴールインした。つまり、ゲームクリアだ。
一方、断罪も婚約破棄もなく残された悪役令嬢、私、シャルロンはどうなったのかというと――。
ウォードの婚約者として無事、学園を卒業。そして二年間の花嫁修業を経て、結婚することが決まっている。
悪役令嬢に転生したのだから、断罪回避は必須と思ったし、婚約破棄もできれば回避したいと思っていた。だがゲームの見えざる抑止力、シナリオの強制力を前に、諦めざるを得ない状況になった。
しかもウォードからの断罪は、他の攻略対象より、うんと軽いものだ。ヒロインであるクレアルへの嫌がらせをやらないように努めたが、それもゲームの力が働き、無理だった。もう全てを諦め、断罪の場となるウォードのガーデンバースディパーティーを迎えたが……。
まさか、まさかの断罪と婚約破棄回避ができてしまったのだ!
乙女ゲームのシステムと言えば、悪役令嬢にとっては悪夢だ。システムの抑止力にどれだけ振り回されたことか。乙女ゲームのシステムは、不幸の根源。消えて欲しい存在。嫌悪の対象。
だが『ヒロインは恋するお年頃』の乙女ゲームは、思いがけず悪役令嬢に優しいシステムだった。これはまさに僥倖だ。
こうして断罪と婚約破棄の回避に成功した悪役令嬢は、婚約者と無事ゴールインし、そしてどうなったのか。それはこれから始まる、アフターハッピーエンド後の物語だ。未知の世界。
その未来が幸せであることを願い、晴れの日を迎えた私は、ブーケを思いっきり投げた。