心を許してはダメだ
「……それを実行するのはどうだろう?」
どうだろう、ではない。
そうしたい!と夢の中で私は、語っていたぐらいだ。
というか手紙で私がそんなことを書いていたと、よく覚えているわね。
記憶喪失は肝心なところを忘れ、些末なことを忘れないものなのかしら。
なんとかメイドからお皿を受け取り、それをトンとテーブルの上に置き、口を開く。
「村に学校を作る。それはいいことだと思います。……ただ、今は記憶喪失のため、そんな発言ができるのではないでしょうか。記憶を取り戻した時に、『海賊の汚い金なんていらん! 学校作りは中止だ!』と言われたら、困ります」
スライスしたチキンを先に受け取っていたウォードは、それを口に運んでいた。だが、私の今の一言に、固まっている。
カチャッとフォークをお皿に置き、ウォードは……落ち込むことなく、笑顔で私を見る。
「なるほど。君が言うことは一理ある。ではこうしよう。わたしはバロス兄弟の海賊船の引き上げについて、君にすべて一任する。ただ既に引き上げ業者の選定はしてしまったから、もしライバルがいなければ、すぐにそれで引き上げには着手してしよう。引き上げた船に積まれた金銀財宝の使い道は、シャルロンに任せる。そしてそうすることを、わたし自身が決めたこと。前言撤回をしないこと。それを定めた契約書も用意しよう」
これには驚くしかない。
ウォードは私に社交にいそしみ、観劇したり、お茶会をしたりして、執務に口出しするな――という方針だったはずだ。それなのに……!
でもこれは私にとって、嬉しいことだ。
学校経営なんて、素人では無理。そこは人を雇うことになる。だが前世ゲーム知識で知る限り、バロス兄弟の海賊船に積まれたお宝は、かなりのもの。一部は投資に回し、そこでお金を生み出しつつ、学校を建てて行けば……。
「ウォード、ありがとうございます。ぜひそうしてください。……記憶喪失なのに、昔のことを思い出してくれて、良かったです。何より海賊船の引き揚げに挑戦する――その提案を受け入れてくださり、ありがとうございます」
私を見るウォードの顔が輝くような笑顔になった。
「……良かった。初めてシャルロンが笑顔になってくれた。君のその笑顔が見たかった。わたしは今、とても幸せだ」
「私もよ、ウォード。あなたも今、とても素敵な笑顔をしているわ!」――そう言って、ウォードに抱きつきたい気持ちになっていた。でもちゃんと踏みとどまった。
今のウォードは一過性の可能性がある。だから心を許してはダメだ。
期待をすれば。信頼したら。裏切られた時のダメージが、大きくなる。
愛のない結婚だと気が付かず、ウォードに呼ばれると期待していた日々。ウォードから呼ばれることはないと自覚し、さらに彼から期待されているのは、お飾り妻であると理解し、絶望した結果。シャンパンをあおり、シーシャを吸い、退廃的で享楽的だった自分を思い出し、気を引き締めた。
「諸々の契約書の準備、選定した引き上げ業者に関する情報の共有を、食後にお願いします」
「……あ、ああ。分かった。勿論、そうする。そうだな。食後は……その午前中に海賊船のことばかりやってしまい、午後は少し、通常の執務をこなす必要があるから……。お茶の時間でどうだろう?」
「結構です」
ウォードは多分、笑顔だ。
その笑顔を見たい――という気持ちはある。でもそれを見たら、また勘違いしてしまう。
視線をテーブルに落とし、並べられた料理を黙々と食べる。
でもウォードは、健気に私に話しかける。
ああ、これって以前と完全に立場逆転ね、と再び思ってしまう。
すがるように私は必死にウォードに声をかけ、ウォードは黙々と食事をしていた。そんな時間をウォードと過ごしたのが、遠い昔のように思える。
本当は笑顔で話したい。
でもそれは我慢し、昼食を終えた。





















































