……もういいです
夢の中のウォードに、ずっと言って欲しかった言葉を言わせている。
夢にすがってしまうなんて。これは現実逃避だわ。
現実では言われたことがない言葉。
惨めすぎる。
愛のない夫婦だけど、私は心の拠り所を別に見つけつつある。
抜け出せない公爵夫人という枷を使い、私は教育係や家庭教師として、ウォードに愛を求めず生きて行くと決めたのだ。こんな夢の中で、ウォードを従わせ、望む言葉を言わせるなんて、したくない。
「シャルロン、どうした? そんなに怖い顔をして……」
「……もういいです」
「え」
ウォードが碧眼の瞳を潤ませ、私を見ている。
こんな表情、ウォードは絶対にしない。
「ここは私の夢の中です。あなたは私の幻想の中のウォード。普段しないような表情と言葉を発していますが、それは私の願望が反映されたに過ぎません。いつものあなたなら、冷たく『時間がない。とっと医者を呼び、朝食を用意させろ』と言うはず。無理をさせているのは……夢を見ている私。そこは申し訳ないと思います。ですがもう、演じる必要はないです」
驚いた顔のウォードは何かを言おうとして、でも言葉にできないようだ。口をぱくぱくさせている。こんなひょうきんな顔、ウォードは絶対にしない!
ツカツカと歩み寄ると、ウォードの頬を両手で挟む。
「しゃんとしてください。クールなウォードに戻ってください」
「そ、それひゃふぁ」
「今、この状態で、声は出さないでください!」
すると……。
まるで捨てられた子犬のような表情を、ウォードがしたのだ。
瞳をうるうるさせ、怒った表情でしか見たことがない上目遣いをして。
そうなると本当に「ボクを見捨てないで」と目で訴えられているようで、胸に迫る。
「ウォード……」
その顔から手を離すと、ウォードはそっと私の手首に触れる。
「ごめん。でもこうするしか……わたしにはできない。これが……本当のわたしだ。夢などではない」
「驚きました。夢の登場人物が、自ら『夢ではない』なんて言うとは」
しゅんとして、困り切ったウォードが、すがるように私を見ている。
いつも恐ろしいと思っていたウォードが、なんだか怖く感じない。
「その、わたしは……どうしたら君の怒りを解けるだろうか?」
「別に怒っていません。それにそんな気弱になる必要はありません。といっても、そうさせているのは私でしょう。ここは私の夢の中ですから」
「……」
夢から覚めたいと夢の中で思ったら、どうすれば目覚めることができるのかしら?
しばし夢から目覚める方法を考えていると、ウォードがおずおずと私に声をかけた。
「シャルロン。すまないがもう一度だけ、言わせて欲しい。ここは夢の中ではなく、現実だ。よって君は何も悪くない」
「ここが夢ではない? まさか。これが現実? そんなわけがありません。ウォードがそんなへりくだった態度をとるなんて、あり得ないことですから」
「でも……」
思わずフッと笑みが漏れてしまう。こんな会話をしていること自体、夢である証拠だろう。
「わたしは……どれだけ君にヒドイ態度をとってきたのだろう?」
「え?」
「全てを思い出せているわけではないんだ。頭の中にうっすらと靄がかかっているようで」
これには心臓がドクンと反応する。
これは……もしかすると……。
「ま……まさか、頭を打ち、記憶喪失になったのですか!?」
「記憶喪失……? 記憶喪失というより……いや、記憶喪失、かな?」
この半信半疑というこの状態。間違いなく、ウォードは記憶喪失なのだと思った。そんなことが起きるなんて……!
「でも記憶喪失ならすべて納得がいきます。突然、私に優しい態度をとったのも。『ありがとう』なんて言ったのも。……ということは、これは現実なの……?」
独り言のように呟いたのに、ウォードが答えた。
「はい。現実で間違いない。そしてわたしはどうやら記憶喪失のようだ」





















































