反乱
「ウォード様。ご指摘された通り、私はクレアル男爵令嬢に対し、ひどい嫌がらせを沢山しました。自分でもなぜそんなことをしたのか。振り返りをしました。それは……嫉妬です」
アルモンド公爵家の嫡男のバースディパーティーということで招待客は大勢いた。私が「嫉妬」で嫌がらせをしたと告白したので、「まあ、なんて浅ましい」「要するに妬みで嫌がらせを」とざわざわと小声で囁いている。
その場に飲まれそうになるが、そこはシャルロン本来の勝気な心意気が強まり、話を続けていた。
「私はウォード様の婚約者なのです。それなのに婚約者である私以上に、クレアル男爵令嬢と仲良くなるウォード様を見て、悲しくなっていました。これまでは週に三回、ウォード様とお茶をしていたのです。でもそれは週一回に減り、代わりにウォード様は、クレアル男爵令嬢とお茶を楽しむようになりました。学園の行き帰りも、私ではなく、クレアル男爵令嬢とされていましたよね。そこで私はジェラシーを覚え、クレアル男爵令嬢に嫌がらせを……沢山してしまったのです」
これには先程とは一転。同情の声も起きる。「婚約者をないがしろにするなんて」「婚約者以外の令嬢と親しくするなんて」という声も聞こえてきた。
「例え婚約者として軽んじられたからといって、嫌がらせをしたことは間違っていました。本当に、ごめんなさい。申し訳なかったです」
でも最終的にはちゃんと謝罪をした。これで婚約破棄は無理でも、社交界からの追放は免れることができるのかしら?と思いながら、頭を下げていた。
すると――。
「ウォード殿。デイヴィス伯爵令嬢はこの大勢の招待客が集まる中、君からの指摘を受け、自身の行動を振り返り、なぜそんなことをしてしまったのか。ちゃんと自身で理解し、その上で非を認め、謝罪しています。これは勇気ある行動だと思いますが」
この声は、ヒロインの攻略対象であるリドリー王太子!
驚いて顔を上げて彼を見ると、こちらを見て、微笑んでいる。
金髪にエメラルドグリーンの瞳のリドリー王太子は、王道を行く王子様だ。性格も温厚で優しい。生徒会長の経験もある、未来の国王陛下は、ゲーム内でも大人気。プレイヤーの人気投票では、1位、2位を争う人物だった。
今日もパールホワイトのシャツに明るいアクアグリーンのフロックコートを着ており、とてもカッコいい。
それにしても王太子であるリドリーが声を上げてくれるなんて!
ビックリしていると、今度は別の声が上がる。
「僕も殿下の意見に賛同です。嫉妬から嫌がらせをしたということで、その嫉妬を生み出した原因。それにウォードは無関係ではないと思います。デイヴィス伯爵令嬢が嫉妬するような状況を、そもそも作らなければよかったのではと、僕は思えてしまいますが」
そう指摘したのは、宰相の息子のレナード・グレアムだ。
ブラウンの長髪に、琥珀色の瞳、そして眼鏡男子!
知的なレナードには固定ファンがついており、「熱狂的に応援したくなる攻略対象キャラランキング」で1位に輝いたこともある。
今日は白シャツにベージュのフロックコートと落ち着いた色味の装いで、よく似合っていた。
まったくリドリーが声を上げてくれただけでも驚きなのに、またもヒロインの攻略対象が声を上げてくれるなんて。そう、驚いていると……。
「自分も殿下の意見に同意です。そもそも紳士であれば、こんな場で断罪はしないのでは? せめて別室で、当事者の三人でまず話すことだと思う。嫌がらせをしたの一点張りで、デイヴィス伯爵令嬢が責められるのは……不公平に思える。婚約者がいる相手に急接近した点も、もっと責められていいことではないだろうか」
なんとも高潔な精神論を披露してくれたのは、デリック・オーリック!
彼は騎士団長の息子で、こちらも言うまでもない。ヒロインの攻略対象だ。
ダークブロンドの短髪に紺色の瞳で、父親同様にしっかりとした体躯をしている。運動神経は抜群で、勉強は苦手と聞いていたが。いつも学年でトップ10には食い込んでいるのだから、すごいと思う。
そんなデリックは今日、シルバーホワイトのシャツに濃紺のフロックコートを着ており、風格があった。
どうしたのかしら? どうしてこんなにヒロインの攻略対象が、次から次へと私へのエールのような言葉を口にしたり、本当に罰するべきは誰なのかと問うてくれたり……。
なんだかドキドキして、宮廷音楽家の息子サリエリ・カールトンを見てしまう。黒髪に黒い瞳のサリエリは、白シャツに黒のフロックコート姿だ。
サリエリもまた、ヒロインの攻略対象。今の流れだと、おそらく他の攻略対象同様、なんらかのアピールがあるのかしら?
「デイヴィス伯爵令嬢が、婚約者が別の女性と親しくしたことで、不安になり、嫉妬に走った気持ち。それはよく分かります。それでも嫌がらせをするのではなく、第三者に相談する、自身の両親に話し動いてもらうこともできたはずです!」
その身振り手振りは、まるで演奏を主導する指揮者のようにも見える。
とても熱量があり、思わず見惚れてしまうが、今、私、ディスられているの?
「それにウォード。君も悪い。婚約者がいるのに、別の女性と仲良くするなんて。何を置いても婚約者が優先のはずだ。デイヴィス伯爵令嬢が間違ったことをしたなら、それは君にも責任があるということだ」
どうやらサリエリは他の攻略対象とは違うようだ。
リドリー王太子は、私の弁明も認めた上で、穏便にこの場を収めようとしてくれた。宰相の息子レナードは、私が嫉妬するような状況を生み出したウォードが、一番悪いと指摘。騎士団長の息子デリックは、なんと婚約者がいる男子に急接近したからと、ヒロインであるクレアルの罪を問うている。
そんな他のヒロインの攻略対象とは違い、私をディスっていたかと思いきや、ウォードも悪いと言い出した。つまりはこんなことになったのは、私とウォードのその両方に責任あると言い――。
「一番の被害者は、ここにいるラクレル男爵令嬢だ。彼女は当事者であるデイヴィス伯爵令嬢とウォードに巻き込まれたようなもの。婚約者がいるのに、平気で婚約者以外の女性と慣れ慣れしくするウォードに、いいように扱われたに過ぎない! その上、ウォードの婚約者であるデイヴィス伯爵令嬢の怒りの矛先は、なぜかラクレル男爵令嬢に向けられたんだ。ウォードに嫌がらせをすればいいのに。ひどい話だ」
これは……そういう発想になるとは……。いや、でもそうです。そうですよね、と私は言葉がでない。
「ラクレル男爵令嬢」
そこでサリエリがつかつかとクレアルに歩み寄った。そしてなんといきなりその場で片膝を地面につき、跪いた。自身の左手を右胸にあて、右手をクレアルに差し出す。
「ラクレル男爵令嬢。婚約者がいるような相手を好きになっても、幸せにはなりません。婚約なんて家同士すること。当事者が『この婚約は破棄する!』となっても、そうは問屋が卸さないでしょう。それに公爵家に嫁ぐとなると、相当な持参金が必要です。男爵家である君の両親にとっては大きな負担になります。持参金が払えないと、婚約は破棄になるんですよ」