自分がついていながら……
「奇跡的に骨折などの大きな外傷はありません。ただ、頭を打たれたようですね。一旦様子を見ましょう。わたくしは本日、こちらへ滞在させていただきますので、もし何かありましたら、呼んでいただければ」
「ありがとうございます。後ほど、夕食を用意して、お持ちするようにいたします」
アルモンド公爵家のかかりつけ医が、看護師と共にウォードの寝室から出て行った。
初めて入ったウォードの寝室は、絨毯もカーテンも青で、革張りのソファまで青かった。調度品はすべてマホガニー材で統一され、天蓋ベッドのカーテンも青で、フリンジは金色。ベッドのリネン類だけが白だった。
そのベッドに、頭に包帯を巻かれたウォードが横たわっている。
メイド達によって清められ、ちゃんと白い寝間着に着替え、泥などの汚れは落とされていた。アイスシルバーの髪もいつも通りサラサラであり、頬や唇の血色も、いつも通りに見えている。顔に傷ひとつなかったのは、まさに奇跡だと思えた。
そのウォードの状態はというと。医者の見立てでは、意識を失っているわけではなく、眠っているように思えるのだが、声をかけても体をゆすっても起きない。呼吸や脈にも乱れがなく、安定している。擦り傷やかすり傷もあったが、大したものではない。むしろ……。
「若奥様、本当に申し訳ございませんでした。自分がついていながら、ウォード様が……」
男泣きするワイリーは左腕を骨折し、ギブスで固定、三角布で腕を吊るしている状態だった。
「ワイリー、事故だったのです。仕方ないことですよ。それに御者も脚を折ったのでしょう。それに比べたらウォードは、外傷はほぼない状態。しかも寝ているとお医者様は言っているのよ。目覚めたらいつも通りかもしれないわ。だからもう泣かないで。それより一緒に食事をしながら、何が起きたのか、教えていただける?」
「勿論でございます」
既にカシウスとソアールには、申し訳ないが滞在先のホテルへ戻ってもらっていた。今、ウォードの寝室にいるのは、ワイリー、ヘッドバトラー、チャーチャ、私の四人だった。
ヘッドバトラーに頼み、ウォードが眠るベッドのそばに急遽テーブルと椅子を用意してもらうことにして、そこでワイラーと夕食を摂ることにした。本当は食欲なんて湧いていない。ただ、ウォードに命の別状はないと分かったのだ。おかげでヘッドバトラーから一報を聞いた時より、うんと落ち着いている。
ヘッドバトラーからの一報。
――「わ、若旦那様が……若旦那様が乗った馬車が、事故に遭われました」
この一言を聞いた時、私はその場で崩れ落ちそうになり、慌てて駆け寄ったカシウスによって、支えられた。もうショックで、ショックで体が動かない。それでいて「現場に向かいます!」と声だけはしっかり出ていて「この雨の中、危険です!」とカシウスとヘッドバトラーに止められた。
事故現場は病院より、アルモンド公爵家の屋敷の方が近い場所だった。ゆえにかかりつけ医をすぐに呼びに行かせ、ウォードを乗せた馬車が到着するのを待つことになったのだ。
ワイラーと御者は病院へ運ばれ、治療を受け、そしてウォードはアルモンド公爵家の離れに戻って来た。その到着を待つまでの間、カシウスは私を抱きしめ「大丈夫です、落ち着いてください」と何度も励ましてくれたのだ。でも私は「ウォードが、ウォードが」と号泣するばかり。
愛のない結婚をして、夫婦らしい生活はほぼなく、妻としての役目も何も果たせていない。しかも離婚は認めてもらえず、ただ朝食をたまに同じ部屋でするみたいな、中途半端な状態が続いているだけだったのに。そしてそんな状況を作り出しているのは、ウォードでもあったのに。
なぜこんなに泣けるのか。
相手にされていないと分かっても、愛のない結婚でも、ウォードが私の夫だから? それとも身内の事故に、動転していたから?
「若奥様、それではお料理を順番に出していきます」
チャーチャの声に我に返り、「ええ、そうして」と応じる。すぐに前菜が登場し、海老のテリーヌをいただきながら、ワイリーに事故が起きた時の話を聞くことになった。





















































