もしもの妻
「ねえ、シャルロンお姉さま。これが『ピクニック』なんですか?」
「ええ、そうですよ、ソアール皇女様。皆さん、観光のためにどこかへ出かけ、こうやって地面に布を広げ、そこに座る。そして食事をすることは、あると思います。ですがその場合、目的は湖を見ること、遺跡を見ること、川を見ることだったりしますよね。ですがピクニックの目的はただ一つ。美味しく食べることです!」
ソアールの教育係として、皇女を伴い、美術館、宮殿で行われているサロンに足を運んだりもした。でも今日は秋晴れで気候も穏やか。そこでラエル皇国にはない文化、ピクニックを体験するため、クーヘン村へ来ていた。
皇女であるソアール、皇子であるカシウス、私、そして侍女のチャーチャ。ソアールとカシウスの使用人や護衛の騎士も沢山同行している。
村の中央にある時計塔に到着すると、村長を始めとした村の人々、子ども達が、大喜びで迎えてくれた。時刻はお昼前。子ども達と何人かの村人も同行し、村のそばに流れる川をゴールに、ピクニックを開始した。
村の子ども達は物怖じをしない。気軽にソアールに話しかけ、彼女もそれに応じている。カシウスは村長と話しながら歩き、私はチャーチャと並んで歩きながら、村の様子を確認していた。
「家の復旧作業は順調みたいね。建築中の建物以外、火事の痕跡は感じられないわ」
私の言葉にチャーチャは力強く頷く。
「そうですね。街路樹があった場所は、春までプランターを置いて、やり過ごすようですね」
チャーチャの言う通り、街路樹があったであろう場所には、素焼きのプランターが置かれている。そこには沢山のコスモスの花が、元気に咲いていた。
「レッドウッド広場があった場所は、今は空き地状態ですけど、例年通り、収穫祭は行われたようですね。入口に収穫祭の看板とカボチャの飾りが残っていました」
馬車の中で私は、ソアールにこの国に伝わるおとぎ話を聞かせており、窓の外をあまり見ていなかった。でも同乗していたチャーチャがその分、窓の外の様子を見てくれていた。
「きっと来月にはホリデーシーズンに入るし、クリスマスマーケットも始まるわ。その後は雪も降ったりするでしょうし、すぐに三月になって、イチョウの苗木を植えることになると思うの」
「そうなるでしょうね。次に足を運んだら、イチョウ広場という看板が出ているかもしれません」
そんなことを話しているうちに、川岸までやって来た。川のすぐ近くは下草が生え、食事をするには最適な状態。すぐにみんな、布を広げ、お昼を食べる体勢になる。
村の人たちも自慢の料理をバスケットから取り出し、我が家で用意したお皿に並べてくれた。塊肉はカシウスの連れてきた使用人が綺麗に切り分けてくれる。持参した白パンは普段、村人は食べることがないので、大騒ぎになっていた。
パンは多めに持ってきて良かったと思う。
村人が用意してくれたジャガイモは、まだ温かい。皮をむき、塩をまぶし、バターをのせていただいた。ほくほくで美味しい!
ソアールも夢中でハムをのせたパンを平らげ、ジャガイモにかぶりついている。そしてしきりに「ピクニック、最高! 帰国したらお父様とお母様も誘って、ピクニックをやるわ!」と喜んでくれた。
こうしてフルーツを食べ終え、紅茶を飲み終えたソアールと村の子ども達は、川遊びを始めている。水切りをしたり、アメンボを観察したり、ザリガニを見つけ、大騒ぎだ。
その様子を眺めていると、カシウスが私に声をかけた。
「シャルロン様、本当にありがとうございます。ラエル皇国にはない『ピクニック』というものが、とても素晴らしい文化であることがよく分かりました。食べることが目的なので、時間に急かせられることもありません」
そう言うと空になっている私のティーカップに、手ずからで紅茶を入れてくれる。
「もし湖を見ることが目的となれば、何時までに到着して、ボートを手配し、遊覧して……とそちらに気を取られ、食事は簡潔に済ませていたでしょう。それもなく、ただ自然の中、青空の下で、皆で持ち寄ったものを楽しく食べる。とても最高です」
微笑んだカシウスがカップを私に渡してくれた。
アールグレイのベルガモットのいい香りが漂う。
「ええ。街に比べるとここは空気も新鮮で清々しいですし、気持ちが和みますよね。美術館や博物館で、この国の文化を知るのもいいのですが、こういった屋外での活動こそ、まだ幼いソアール皇女にはピッタリかと」
カシウスは私の言葉にニッコリ微笑み、こんなことを口にする。
「村長から聞きましたよ。先日この村では、火事があったと。焼け出された村人のために、食料や毛布などの物資を持って、わざわざシャルロン様は、駆け付けたのですよね? 旦那様が不在だったので」
「……そうなんです。出しゃばった真似をしたと、後悔しています」
この件はカシウスに、話すつもりはなかった。
でも村長が話してしまったのね。
それは仕方ない。村長に口外不要を伝えたわけではないから。
「出しゃばった真似だなんて、そんなことありません。僕が村人だったら、とても嬉しく思います。さらに僕の妻がそんな行動をしてくれたら、誇りに思いますよ。不在の僕の代わりに、よくやってくれたと」
これにはドキッとしてしまう。
カシウスはまだ皇太子にもなっておらず、婚約者もいない。そのカシウスの、もしもの妻に想定されたというだけでも、ドキドキ案件だった。その上で「よくやってくれた」と思い、誇りに思ってもらえるなんて……!





















































