私には見せない顔
クーヘン村から届いた手紙を読んだ私は、泣きそうになる。
まず、こんな風に手紙をもらえたこと自体、喜ばしいことだった。
次に、ウォードが復興のために予算を割り当てたことに、良かったと思っていた。
さらに、イチョウの木を植えることを、ウォードが認めてくれたと分かり、驚き、嬉しい気持ちが湧いていたのだ。
レッドウッドを植えたのは、ウォードの祖先だ。それなのに私がイチョウの木を植えるよう勧めたので、ウォードは「レッドウッドを植えたことを、批判するつもりなのか?」と実に辛辣だった。それに「なんて生意気なことを」なんて言い出したのだ。
てっきり、イチョウを植えることは認めず、「レッドウッドを植えろ!」になったと思っていたが、そんなことはなかったのだ。
なんだかんだで私には冷たいウォードだが、未来の公爵としての器は、ちゃんと持っているのだろう。
薄々気づいていた。
ワイリーは公爵家当主補佐官をしているが、彼自身は伯爵家の次男だ。もしウォードの性格が最悪であり、執務も自己中心的に回すようなスタイルだったら、匙を投げ、辞めることもできた。でもそうしないということは。ワイリーはウォードと執務をこなすことに、苦痛を感じていない。公爵家当主補佐官として、ウォードを支えたいと思っているに違いなかった。それはつまりきっと、ウォードはワイリーに、私には見せない顔を見せているのだろう。
クーヘン村からの手紙で、ほっこりしていた気持ちが急速に沈んでいく。
ううん、もう気にするのはやめよう。
気持ちを切り替え、それぞれに返信の手紙を書いていると、ワイリーが部屋へ訪ねてきた。
「若奥様、ウォード様と話す時間がとれました。昼食をご一緒に摂るとのことです」
「……! ありがとうございます、ワイリー。でもまさか昼食を一緒に摂ることができるなんて……」
驚く私を見て、ワイリーは苦笑する。
「本来、若奥様とウォード様は、三食を共にしてもおかしくないのです。これまで別々だったのが、異常なんですよ。昼食くらい、一緒に摂って当然です」
ワイリーの言葉に「そうよね」としみじみ思ってしまう。
周囲から見たら夫婦なのだから。一緒に食事をしているだろうと思われていたはず。それなのに実態は、この離れで一度も食事を共にしていないのだから……。確かに異常だ。でも食事は別々に慣れっこになっていた。
何はともあれ、食事を共に摂るなら、一時間は会話できる。それならば例の件も、じっくり話せるだろう。
そう思い、お昼が来るまで手紙の返信を書き続けた。
◇
いよいよお昼の時間になった。
自分の中で決心ができたとはいえ、これはとても緊張する。
何度か深呼吸をして、さらには何かを察知したチャーチャにも励まされ、ダイニングルームへと向かった。その扉の前に着くと、再び気持ちが張りつめていると感じる。
それでも扉をノックし、内側で待機しているメイドが開けてくれると、背筋を伸ばし、中へ入る。
私の中では、既にウォードが着席しているイメージだった。
だがダイニングルームのテーブルに、食器やグラスが並べられ、今にも食事をスタートできる状態だったが、そこには誰も着席していない。
ウォードは忙しい人だ。私より先にここに来て、着席しているはずがない。
そう思うと肩から力も抜ける。
期待をするから、裏切られたと思ってしまう。
急に話をしたいと言い出した。何だろうと気になり、早く部屋に来て待っていてくれる……そんな想像と期待、最初からしなければ、こんな気持ちにならないのに。
「若奥様、どうぞこちらへ」
メイドに案内され、着席する。
その席は、私の定番位置。
窓から離れの美しい庭が見えた。
離れの庭は、まるで林の様だった。
母屋の庭園には花壇があり、沢山の花が咲く。
でも離れの庭園には、木々が並び、そして池があった。
紅葉したプラタナスの森が、広がって見える……。
ダイニングルームには、私の背丈ぐらいはある置時計がドーンと配置されている。振り子が左右にスイングし、時を刻んでいた。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
鳥の鳴き声が聞こえ、視線を再び庭に向ける。
リスが駆けて行く姿が見えた。
王都の一等地なのに。この庭園では、リスをよく見かける。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
静かに時が刻まれる。
メイドは扉のそばで待機し、私はテーブルの上に飾られた秋薔薇を眺めた。
春薔薇は外で楽しみ、秋薔薇は内で愛でる――そう言われているゆえんは、秋薔薇は小ぶりだが発色がよく、長持ちするからだろう。まだ蕾の多いその薔薇は、しばらくこのテーブルを飾ってくれそうだ。
カチ、カチ、カチ、カチ……。
スマホがあれば、時間を潰せるのに。
この感覚は異世界転生した後も、ずっと残っていた。
この世界で覚醒して過ごした年数より、ガラケーから始まり、スマホを持っていた年数の方が長い。だからいまだにスマホがあったら……という感覚が抜けきれない。
そこで思うのが、こういう時の手持ち無沙汰な時間、どうやってやり過ごしていたのだろう?――ということ。
スマホが当たり前になっていたから、飲食店で注文し、料理が出てくるまでの間。電車やバスを待つ時も。電車やバスに乗った後も。ずっとスマホを見ていた。
コン、コン、コン。
ノックの音に飛び上がりそうになる。
予定時刻から二十分近く遅れ、ウォードが部屋に入って来た。
ウォードは私に「待たせた」の一言もなく、席に着き、メイドに目配せをする。
すぐにメイドが動きだす。
「それで、話とは何だ?」
ウォードがナプキンを広げながら、上目遣いで私を見る。
本当に宝石みたいに美しい瞳なのに。
こんな風に一切の感情なしで見られるのは……。
「はい。それは私達の結婚についてです」
この一言でウォードが動きを止めたり、少しは感情が動いた目で私を見てくれるかと思ったが、そんなことはない。
卵料理の皿を出すメイドの様子を目で追っている。
「それで?」
手を合わせ、祈りの言葉を短く口にしたウォードは、スプーンを手に取り、既にスープを口に運んでいる。
私がいるのに、私などいないように、どんどん食事を進めていた。しかも結婚について話があると言っているのに、完全に無反応。
今の愛のない結婚状態で、結婚について私が話題にしようとしていると分かったら、もっと何かリアクションがあってもいいのでは?
そう思うが、グッと堪え、祈りの言葉を捧げ、私もスプーンを手に持つ。
「結婚式を挙げてから、間もなく三ヵ月が経ちます。ですが私達は夫婦らしい会話もなく、夫婦の営みもなく、夫婦らしいことを一切何もしていません。これについて、ウォードはどう思っているのですか?」
怒りを堪えたつもりだったが、完全にコントロールはできていなかった。
「夫婦の営みもなく」なんてことを、メイドがいる前で口にしてしまったのだ。
直前のウォードの無反応に、どうしても感情が揺さぶられてしまった結果だと思う。
ただ、もう使用人の多くが気づいていると思った。皆、口に出せないだけで。
「どう思っているか、だと? 君はどう思っている?」





















































