プロローグ
「シャルロン・デイヴィス伯爵令嬢、君は由緒正しきアルモンド公爵家には相応しいと言い難い。シャルロン、君はこちらのクレアル男爵令嬢に散々嫌がらせをしたそうじゃないか。授業で使う本を隠したり、ドレスの裾をわざと踏んで転ばせたり、それはまだ可愛い方だ。手元が狂ったと言って、紅茶をかける。ネズミの死骸を送りつけたとまで聞いているぞ」
私、シャルロンは今、婚約者であるアルモンド公爵家の嫡男、ウォードからまさにヒロインいじめで断罪され、婚約破棄をつきつけられている最中だった。
今日はウォードの十八歳の誕生日。アルモンド公爵家の広々とした庭園で、ガーデンバースディパーティーが行われている。初夏のこの季節は天気もよく、庭園の花もピンク、白、青、紫と、色とりどりの花が咲き乱れていた。綺麗に刈り込まれた芝や生垣も青々として美しい。そこに沢山の令嬢令息が招待されていた。
本日の主役であるウォードは、自身のアイスシルバーの髪と碧眼にあわせ、白シャツに空色のフロックコートと、実に爽やかな装いだった。婚約者である私も、彼を最大限にリスペクトして、パステルブルーのドレスで、めいっぱいのお洒落をしてきた。
本当は自分の瞳の色にあわせ、アイリス色のドレスにしたかったが、今日は正念場。ダメ元と分かっていたが、少しでもウォードに私の気持ちを分かって欲しいと思い、このドレスを選んでいた。
ホワイトブロンドの髪にはターコイズの髪飾りをつけ、彼が一度だけ「似合っているよ」と褒めてくれたハーフアップにしている。
まさに今の装いと選んだカラーは、周囲の人たちでも一目瞭然、ウォード愛に溢れているものだった。
一方、ウォードのそばにいるヒロイン、クレアル・ラクレル男爵令嬢はというと。自身のピンクブロンドとルビー色の瞳を派手にアピールするような、鮮やかなマゼンタ色のドレスを着ていた。
クレアルとは違い、懸命に好意をアピールしたが、しょせん私は悪役令嬢。断罪と婚約破棄回避は無理なのね……。
自分が乙女ゲーム『ヒロインは恋するお年頃』の世界に転生しており、悪役令嬢だと気が付いたのは、まだ六歳の時だった。早い前世記憶の覚醒に喜び、断罪回避に励もうと思ったけれど。回避行動はことごとく上手くいかない。
シャルロンはヒロインがどの攻略対象を選ぶかで、婚約相手が変わる設定だった。十五歳で社交界デビューをする舞踏会で、ヒロイン、悪役令嬢、ヒロインの攻略対象が全員揃う。そこでヒロインが、五人いる攻略対象から一人を選び、彼を本命に、ストーリーが展開していく。そしてわざわざヒロインが本命に選んだ相手と、シャルロンは婚約することになるのだ。
これは乙女ゲームの設定とはいえ、随分ひどいなと、自分が悪役令嬢に転生してから初めて実感することになった。ヒロインを動かし、ゲームをプレイしていた時は、そんなことは一切思わない。なぜなら悪役令嬢の嫌がらせで悲しむヒロインを、本命やそれ以外の攻略対象がなぐさめることで、その距離が縮まっていくからだ。勿論、好感度も上がる。
ちなみに本命を選んでいても、ストーリーを進める中で、他の攻略対象を気に入った場合。その攻略対象の好感度を上げ、最終的に本命ではない相手に告白しても、無問題だった。好感度が高ければ、ハッピーエンドになるのだ。
ということでシャルロンは本当に、ヒロインの恋路を邪魔する、絶対的な悪役令嬢として存在していた。そのことを前世ゲームのプレイ記憶があるので、私はちゃんと分かっていたのだ。よって断罪回避のため、ヒロインの攻略対象とは知り合わないようにしよう! そう頑張ったのに……。
いくら知り合わないように努力しても、ゲームの世界の抑止力なんだか、シナリオの強制力なのか、どうしたって知り合ってしまうのだ。そして十五歳の一度目の運命の分かれ道で、ヒロインであるクレアルは、王太子、宰相の息子、騎士団長の息子、宮廷音楽家の息子ではなく、アルモンド公爵家の嫡男ウォードを選ぶ。
一方の私、シャルロンは、両親主導の政略結婚で、ウォードの婚約者に納まった。
もうこの時点で私は悪役令嬢として断罪回避を諦めることにしていた。なぜなら、王太子もしくは騎士団長の息子をクレアルが選んでいたら、私は断頭台送りだった。でもウォードからの断罪は、婚約破棄&社交界からの追放と、かなり優しいものなのだ。
勿論、社交界から追放されれば、この貴族社会では死んだも同然だった。特に年頃の若い令嬢は、社交界を通じて人脈を広げ、婚約者を作り、家同士のつながりを深める。そこからつまはじきさせられたら、もうぼっちで婚約者もできず、一生独身確定みたいなものだ。
そうだとしても、命はある。もはや引きこもりも同然で屋敷で過ごし、オールドミスになっていくのだろうが、生きてはいるのだ。首と頭がつながっているのだから、文句は言えない。
さらにシャルロンは子どもの頃から勝気だったので、公爵家の長男であり、しっかり者のウォードとは、度々、意見が合わないこともあった。それでも、ヒロインであるクレアルの本格的な攻略が始まるまでは、決められた曜日に共にお茶をして、共に家庭教師から授業を習っていたりした。
だが学園に入学し、そこでクレアルによる攻略がスタートすると……。
勝気なシャルロンと違い、素直なクレアルとウォードは、すぐに仲良くなる。そして悪役令嬢であるシャルロン、つまり私は嫉妬をすることになるのだ。
なんだかんだでシャルロンは、婚約者であるウォードのことは、嫌いではなかった。それはゲームの設定がそうなっている、というのもあるが……。
今となっては悲しい話。前世の私はウォードのことを推していたのだ。
やはり前世日本人の私からすると、アイスシルバーの髪に碧眼のウォードは、同じ人間とは思えない程、カッコよく見えた。それに公爵家の嫡男として、文武両道。真面目で努力家だ。そして真ん中分けされたサラサラの前髪といい、微笑んだ時の横顔は、鼻の高さが際立ち、特に秀麗で……。
できればウォードから嫌われたくない。婚約破棄はしたくない。
そう思うが、やはり、この世界は乙女ゲームの世界。
ヒロインであるクレアルに嫌がらせはしたくないと思うのだが、気が付くと、している。それはもう瞬きをして前を見ると、泣いているクレアルがいる状態。これはまさにゲームのシナリオの強制力の結果だろう。悪役令嬢なのだから、ヒロインいじめはしっかりよろしく!みたいな。
というわけで、ゲームの進行通り。ウォードからクレアルへの嫌がらせを指摘される、断罪真っ只中だった。いくらウォードへの好感度をドレスでアピールしても、無駄。悪役令嬢は断罪されるためにここにいるのだから!
転生者である私が覚醒しているせいか。
ゲームの流れでは、ハンカチをキーッと噛みしめながら、断罪に対して文句を言うシャルロンなのに。私はこんな風に話し出していた。