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第7話 ドキドキ♡おうちデート ~人ん家で飲むジュースは味がしない~

 早く話をしようと、三人は速やかにナイト先輩の家へ移動した。

 ナイト先輩の家まで約十五分程度だったのだが、その間も野乃花の心臓は高鳴りっぱなしだった。


(どうしよう、まだ告白オーケーしてないのに、恋人の家にお邪魔するなんて。先輩のご両親がいたら、どーしよー!)


 こんな感じで野乃花の心境は面白いくらいに期待と不安でコロコロと移ろっていた。


 だがナイト先輩の家の前まで来て、急にテンションが戻った。

 先輩の家は、どう見てもスナックだったのだ。



 ライトは消えているが店頭には立て看板があり、ガッツリ「スナックまなみ」と書かれていた。綺麗で儲かっているようならまだ良いのだが、どう見ても汚い。常連以外が入れないような、場末感満載の店構えだった。


「せ、先輩のおうちって、スナックなんですねぇ♡」

 自分の気持ちを上げるためにも、野乃花はテンション高めで尋ねた。


「そうそう。昼間は普通にカフェだから、いつでも遊びに来てな☆」

「はいぃ♡」


 元気よく答えたが、正直ドン引きしている。いったいどんなご家庭なんだろうと、身構えてしまった。



 ナイト先輩は颯爽とドアを開けた。

「ただいまー」

「おかえりー」


 入店したら、けばいおばちゃん店員がカウンター内で豆をひいていた。ちょっといかつい見た目だが、ナイト先輩と話した感じは普通だ。会話内容から、先輩の母親であるとわかった。


「あら、いらっしゃい。初めての子ね」

「まぁね。これから大事な話するから、オカンは入ってくるなよ」

「あら。ゴム足りてる?」

「今日は使わないから」


 ものすごく不穏な会話をしているが、今の野乃花の耳には届いていない。少しでもお母様に気に入られるよう、お上品な娘さんを演じようと必死だった。


「は、はじめましてぇ。佐倉野乃花っていいますぅ♡」

「ああ、はいはい。よろしくね」


 母親は豆をひきながら、二っと微笑みかけた。その笑い方がナイト先輩そっくりで、野乃花は少しときめいてしまった。


「じゃあ野乃花、こっちな」

 ナイト先輩は紙パックジュースとグラスを二つ持つと、奥の扉を示した。



 扉を抜けると居間などの共用部と階段があり、階段を昇ると居住スペースに繋がっている。

 二階には四つの部屋があった。


「こっちがオカンとオトンの部屋。こっちが俺と妹の部屋」

「先輩、妹さんがいるんですかぁ。きっとカワイイんでしょうねぇ」

「いや、二つ下だからカワイイって感じじゃないよ。俺より怖いくらい」

「あれぇ♡ じゃぁ野乃花と同級生さんですかぁ?♡」

「ああ、そうだな。西女の特進科に通ってるよ」

「すごぉい♡ 特進科なんて、勉強熱心なんですねぇ!♡」


 野乃花は心底感心したように褒めたが、内心はこう思った。

(超バカじゃん!)



 実は西女は、地元のバカな女子の最終受け皿として有名だった。特進科といっても平凡以下。本命を滑ったか、よほどバカだけど将来進学したい学歴厨が選ぶクラスだった。

 男子から見れば「バカな女子校」程度だが、女子から見れば「あんな所に行くなんて、正気じゃない」という見下し対象となる学校なのだ。


 だがそんなことは、口が裂けても言えない。

 だから野乃花は「特進科に行く意欲がある」という点だけを認めて、褒めることにしたのだ。



 ナイト先輩の部屋は六畳間で、よくわからない雑貨や漫画などで雑然としていた。だが先輩の匂いが充満しており、野乃花は興奮した。

 壁に学生服、漫画の趣味など色んなものを観察したくて、ついキョロキョロしてしまう。もし先輩が中座したら、ベッドに身を投げ出して、思いっきり匂いを嗅いだに違いない。

 だが目の前に本人がいるので、野乃花は必死に自制した。


 ベッドに並んで座った二人は、ひとまずジュースを飲んだ。

 鞄に隠れていたポロンも机の上に座り、話し合いの準備は万端だ。


「そういや野乃花も何か話があるんだっけ?☆」

「私は後でいいですよぉ。それよりぃ、さっき神社で言ってたことの続きを聞いてもいいですかぁ?♡」

「ああ、それな☆」


 ナイト先輩は一つ咳払いをした。


「実はな、俺のビジネスに協力してほしいんだよ☆」

「はぇ?」


 いったい何のことだ? てっきり告白や交際のことだと思っていたので、野乃花の意識は一気に宇宙へと旅だってしまった。


「俺って将来ビッグになりたい人だろ? でも何をしたらいいか、恥ずかしながらわかってなかったんだよね。でもさ、野乃花の魔法少女姿を見た時に『これだ!』ってビビっときたね☆ これは一大ビジネスになるって。だから俺と一緒にビッグドリームを掴まないか?☆」


「あのぉ、野乃花よくわかんないんですけどぉ、ビジネスって、具体的に何をするんですかぁ?♡」


 状況整理のために聞いたのだが、野乃花も興味があると思わったらしい。

 ナイト先輩は鼻息荒く語った。


「野乃花には、アイドルになってほしいんだ☆」


「はい?」野乃花は思わず素の声が出た。


「地下アイドルって知らない? 案外儲かるんだよ☆ 今は“群雄キャッキョ”でアイドル戦国時代だけど、野乃花は本物の魔法少女だし、めっちゃファンがつくと思うんだ。どう?☆」


 多分ナイト先輩は「群雄割拠」と言いたいのだろう。野乃花は思考が回らず、全然本筋に関係ないことに注意が向いていた。


「あ☆ もちろん本名や変身前の姿は出さなくていいから。むしろ夢を守るため、素性は出さないっていうか。とにかくプライバシー守れるから、安心していいぜ!☆」


 どうやら野乃花の虚無顔を、不安で強張っていると捉えたらしい。ナイト先輩はナイススマイルで野乃花を励ました。



 この時の野乃花の気持ちを一言でいうと「ガッカリ」だった。だって告白とか付き合うとか、恋愛関係の話だと思っていたのだから。


 やる気メーターはほぼゼロになっていたが、ふと思った。

(もしかして、先輩との距離がめっちゃ近くなる?)


 先日「いまカップルでの共同創業がアツい」というネットニュースを見た。その時「公私ともにお互いを必要とする、愛の究極系」だと野乃花は思っていた。

 まあ野乃花の場合、専業主婦希望だから、カップル創業は「やってもいいか」くらいの感じなのだが。


(職場恋愛での結婚もあるし、もしかしてビジネスパートナーって愛を育むのにかなりおいしいポジションじゃない? それに魔法少女な私を必要としてるってことだし!)


 あの姿を人前に晒すのは、どうしても抵抗がある。だが地下アイドル活動は、魔法少女活動や野乃花にとって、害にはならないだろう。

 本音は嫌だが、ナイト先輩との未来を考えると悪い話ではなかった。



 野乃花は思いっきり眉根を寄せて、かなり険しい顔つきで唸った。脳内では瞬時に様々な計算をしていたのだが、ナイト先輩は悩んでいると思ったらしい。

 そっと野乃花の両手をとり、自分の手で包み込むと、自分の顔を近づけた。


「野乃花の将来、俺に預けてみない? 一緒にビッグドリームを掴もう☆」


 ズキューン!☆ 野乃花の心は撃ち抜かれた。


(顔がいい!♡)


 どこか不安げで、甘えた瞳はまるで子犬のよう。大好きなイケメン先輩にそんな決め顔をされたら、野乃花の母性(なのかメス属性なのか、なんにせよ女としての重要な本能)が刺激されて当然だ。


 もう変な汗は出るし震えが止まらないし、野乃花は自分でもよくわからないハイな状態になってしまった。


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしますぅ!♡」

「おう、今後ともよろしくな☆」



 同意を聞いたナイト先輩はあっさりと手を離し、ジュルジュルと美味しそうにジュースを飲み始めた。


 野乃花もジュースを一気飲みして、クールダウンを図った。でもしばらくは身体の火照りが治まりそうにない。


(あーん、最高! 先輩と一緒にいられるなんて、魔法少女やってよかったかも。もしこれがビッグビジネスになったら、私のおかげよね。え、もしかして内助の功? そしたら、本格的にお嫁さんになってくれって言われそう! キャー!)


 もしこの野乃花の妄想が現実になったのなら、本作はこれ以上進まないのである。続きを少し読めば貴方にもわかるだろうが、これは波乱の一幕に過ぎないのだ。



「そういやさ、野乃花の話はなんだ?☆」

「え、あの、それはぁ……♡」


 今さら「魔法少女を秘密にしてほしい」とは言えない。これから散々人前に出る予定なのに。


 野乃花が目を泳がせていると、ポロンが視界に入った。


「じゃぁ~ん♡ 先輩にこの子の紹介をしたかったんですぅ♡」


 野乃花は手のひらにポロンを乗せ、先輩の前に差し出した。

 変に優しい野乃花に怯え、ポロンは小刻みに震えていた。


「あ、この前の妖精じゃん☆」

 ナイト先輩はポロンを自分の手のひらに乗せた。


「こんにちはポロン」

「こんにちは☆ すげー、本当にぬいぐるみじゃないんだな。なんか震えてるし☆」

「この子ぉ、すっごい人見知りみたいでぇ♡」


「名前は?☆」

「ポロンっていうポロン。野乃花には猥褻物って呼ばれるポロン」

「え?☆」

「ちょっとぉ!♡?」


 野乃花はポロンを奪い取って、すぐにでも怒鳴りたかった。

 でも先輩の手前、乱暴なことはできない。先輩の好みに近づくためにも「ぬいぐるみや妖精にも優しい女の子♡」という設定は捨てられないのだ。



「変なこといって、先輩を困らせちゃダぁ~メ♡」


 野乃花は人差し指でポロンの後頭部を突いた。実はかなり力が入っており、少し指がめり込んだのだが、幸い先輩側からは見えない。


 ポロンはピッと鳴いて、また震え出した。


「あ、また震えてる☆」

「緊張すると震えちゃうみたいなんですぅ♡」

「ふーん☆ もう俺らはダチなんだから、緊張しなくていいんだぜ☆」

「ありがとうポロン」

 ポロンはホッとしたような、心底嬉しそうな顔をした。



──この時、ポロンの心に“無邪気”という名の邪悪が宿った。──



 ポロンは申し訳なさそうに、ナイト先輩の手から浮いた。

「でもぼくは、猥褻物みたいに汚い存在ポロンよ。本当にダチにしてくれるポロンか?」


(なっ……!)

 野乃花は固まった。


「なんだそれ! 誰が言ったんだ☆」

 ナイト先輩が顔をしかめる。

「野乃花が言ってたポロン」

「やだぁー、もぉ♡ ポロンちゃんったら!♡」


 ポロンを捕まえようと野乃花は手を伸ばしたが、ポロンは悲鳴をあげつつ避けた。


「触っちゃダメポロン! 汚れるって言ったのは、野乃花だポロン!」

「ポロンちゃんっ!♡」

「ねえ先輩は“猥褻物”の意味を知ってるポロンか? ぼく人間界に来たばかりだから、難しい言葉がわからないポロン。ぜひ教えてほしいポロン」



 ポロンによるまさかの暴露に、野乃花は嫌な汗が止まらない。

 果たして野乃花はポロンの無自覚な仕返しから逃れることはできるのか──


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