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第5話 はわわ☆幼馴染パニック ~三角関係なんてありえない!ただしイケメンなら応相談

 ママの帰宅まであと一時間。

 寝ながら美容動画でも見ようかと思ったその時、突如野乃花の部屋のドアが開いた。


「起きてるでござるか、野乃花」

 入ってきたのは長身で細見の真面目系男子──田所宗介だった。


 宗介は野乃花宅の隣に住む、同い年の幼馴染。野乃花が生まれる前から家族ぐるみのお付き合いがあり、今では親族よりも家族に近い存在だ。

 今日みたいに何かあれば、お互いの家を自由に行き来している。宗介は合鍵の場所も知ってるから、施錠なんて意味ない。そしていつもノックなしで勝手に入ってくるのだ。


(終わった!)


 ポロンの背後に立つ宗介と目があった瞬間、野乃花には社会生活が終了のベルが聞こえた。不意を突かれた野乃花は、ポロンを隠す余裕すらなかった。


(迂闊だった! なんで宗介のことを考えてなかったんだろう!)


 宗介が中二病にガッツリ罹患してからは、野乃花と宗介の交流は少なくなっていた。しかし二人が同じ高校に進学してからというもの、少しずつ交流が戻っていた。


「ちょっ! 勝手に入って来ないでよ!」

「拙者、プリントを届けに来たのでござるが」


 宗介は萌えキャラがプリントされたクリアファイルを差し出した。確かに、ないと困るプリントだ。届けてくれて感謝すべきなのだが、今の野乃花はとてもお礼が言える心境じゃなかった。


「……それよりどういう状況でござるか?」

(やっぱり触れてくるのね!)

 見逃してほしいという野乃花の儚い望みは、あっけなく打ち砕かれた。


 宗介は野乃花とポロンをジロジロ見ている。

 感じ悪いと思うが、目の前に魔法少女姿の幼馴染と動くテディベアなんていたら、誰だってガン見するだろう。当事者の野乃花でさえ、もう何から説明していいかわからないくらいに異常だと自覚していた。


「違うの、これは……!」

 とは言ったものの、野乃花にはそれ以上の言葉が浮かばない。だって何も違うことがないのだから。


 それでも野乃花が必死に否定していると、宗介は深いため息を吐いた。

「拙者のことを散々オタクだのブタだの言っておきながら、自分にはコスプレ趣味があろうとは。なんともまあ……」

「違うから!」

「しかしその衣装、初見でござるな。拙者も知らない作品を選ぶだなんて、野乃花は拙者以上のアニオタだとお見受けするが?」

「違うからー!」


 こんな感じで、しばし場は混乱した。何度も同じやりとりを繰り返したが、ひとしきりの対話を終えた頃には、宗介もそれなりに事態を受け入れていた。



 宗介は疲れたように、ベッド横にある机の椅子に座った。そしてポロンを指さした。

「して、これは? なぜこのように動いておるのか?」

「それは……」


 どう説明したらいいのか、野乃花は迷った。

 不名誉だが、格好だけなら「魔法少女のコスプレ好きな痛い奴」で済む。しかしポロンについて話すと、野乃花が正真正銘の魔法少女ということがバレてしまう。そしたら宗介はどれだけ野乃花を馬鹿にするだろうか。いや、馬鹿にされるくらいで済むならいっそ楽だ。それよりもむしろ厄介なのは──


「はじめまして、ぼくは妖精のポロンだポロン」

「おお、妖精でござったか!」


 妖精という言葉を聞いてドン引きするどころか、宗介は目を輝かせた。

 さすが二次元好き。目の前の非現実を受け入れ、食い気味でポロンに質問し始めた。


「もしや、妖精界のピンチを救うために人間界にござったのか?」

「そうポロン」

「敵は悪の組織と見える」

「そうポロン。君は話がわかるポロンね!」

「はは、これも武士の嗜みでござるよ」


 宗介は鼻高々で、自慢げに自分の胸をドンと叩いた。

 強度のアニオタがこんな場面で役立つとは。野乃花はため息をついた。



 無関心な野乃花はそっちのけで、宗介とポロンは盛り上がっている。まともに相手をするのが面倒なので、こちらに矛先が向かないように野乃花は空気になっていた。


 しかし、よく考えれば、宗介の反応は当然だ。むしろナイト先輩が平然としすぎていたのだ。あまりに非現実に順応していたので忘れていたが、後で先輩にも口止めをしなければならないのでは?


(もし先輩が「昨日こんなことあってさー」なんて誰かに話してたら?)

 嫌な未来を想像し、野乃花は一気に背筋が寒くなった。だが連絡先も知らない今、野乃花になすすべはない。


(何が何でも、明日挽回しなきゃ!)


 そのためにどうすべきか考えようとした矢先に、宗介たちがこんな話をし始めた。

「ところで、どうして野乃花は魔法少女の格好をしているでござる?」

「昨日いきなり大魔法を使ったせいで、体に負荷がかかりすぎたんだポロン。せっかくぼくが忠告したのに、野乃花はおまぬけさんポロン」


 宗介が哀れみの視線を野乃花に向けた。しかし口元には嘲笑が浮かんでいて、すごく腹が立つ顔だ。


「まさか、魔法を使えたのが嬉しすぎてはしゃいじゃったでござるか?」

「違うから! さっさと敵を倒したかっただけだから!」

「ダメでござるよ、野乃花。大魔法は使いどころが決まっているのでござるよ。初回とあらば、まず雑魚相手に小さい魔法を使い『魔法ってスゴイ♡』と実感するのが王道。して、ピンチからの一発逆転で大魔法を使うべきでござる。そのセオリーを知らずして、立派な魔法少女になれないでござるよ」

「結局大きい魔法を使うんじゃない」

「順番が大事という話でござる。野乃花はアニメを見ないから、いざという時に困るのでござるよ」

「いや、魔法少女になることを想定してアニメ見る方が頭オカシイから」

「なにおう。拙者はいつ教室に不審者が乱入しても困らぬように、日々アニメを見たりイメトレに励んでいるでござるよ」

(そっか。コイツ生粋の中二病患者だったわ)

 野乃花は考えるのをやめた。



 二人はまた楽しそうに魔法少女談義を重ねた。正直興味は湧かないが、自分の話も出てくるので無視できない。しぶしぶ聞いているうちに、ポロンたちの事情が少しわかってきた。



 まず人間界の近くにはたくさんの世界があり、ポロンたちが住む妖精界は人間界とすごく密接な場所にあった。あまりに近くて、ドアを開けるくらいの気軽さでお互いの世界を行き来できるらしい。


 ただし行き来できるのは特別な力(いわゆる魔力)を持つ者だけで、力がない人間には異世界へ行くことは不可能だった。一方、妖精は誰もが魔力を持つので、これまで自由に行き来できたという。


 しかし、どうやったのか不明だが、魔力を持つ人間が突然妖精界に迷いこんでしまった。


 異世界渡りする人間は時折いるらしく、ポロンたちも良好な関係を築こうとした。

 これだけだと異文化交流という感じで、楽しそうに思えるかもしれない。しかし人間側には明確な悪意があったらしい。


 最初は良好な関係を築いていた両者だが、妖精界に慣れた頃、突如人間が牙をむいた。変な格好をした人間が大挙して訪れ、次々と妖精たちを捕まえたらしい。怪しい機械に放り込むなど、非道の限りを尽くしたそうだ。

 妖精は機械に詳しくないため、実際何が行われていたのかはわからない。だが人間たちの行為は、妖精たちに大いなる恐怖を与えた。交流していた人間たちはみんな黒タイツで、幹部っぽい人もいたから、妖精たちはひとまず「悪の組織」と呼んでるそうだ。


(変なところで人間文化にかぶれているのね)

 そう思ったが、野乃花は突っ込まなかった。


 さて、悪の組織がさらなる侵略をしないために、妖精たちは策を講じた。人間に抗うには、人間にお願いした方がいい。(もしかしたら同士討ちを避けて、悪の組織が撤退してくれるかもしれない。そう期待したが、まあ不発に終わったようだ)


 そう判断した妖精たちは、妖精界に協力的な人間を探した。そして妖精のために戦ってもらう御礼に、魔力を貸与する。それが、ポロンたちによる魔法少女の契約のあらましだ。



(でもなんか変じゃない?)

 ここまで聞き終えた野乃花は、どこか違和感を覚えた。だがそれが何なのか気づく前に、宗介が尋ねた。


「ではなぜ野乃花が魔法少女に選ばれたでござるか? どう見ても、妖精界に協力的ではないように思うのでござるが」


 それは野乃花も気になっていた。耳をそばだてる。


「特に理由はないポロン。あの時は悪の組織に襲われそうで、偶然見つけた適合者に声をかけたポロン」

「てめぇ!」

 野乃花は飛び上がって、ポロンを鷲掴んだ。ポロンは手足をばたつかせるし、宗介は引き剥がしにくるし、野乃花の身体は悲鳴を上げるし。

 現場はさながら地獄絵図だった。



 野乃花の体力切れでベッドに戻ってから、話は再開した。


「こんな粗暴なおなごは、魔法少女には不適格でござるよ」

 宗介は声を落として「あと不器量でござるし」と付け足した。


「おい根暗、最後までしっかり聞こえてるぞ!」

 もし野乃花が元気だったら、宗介の背中を蹴りとばしただろう。しかしさっきのひと騒動でかなり無理をしたから、今の野乃花は指一本も動かせない。ただ悪態をつくだけだった。


「確かに野乃花は可愛くないポロンが、魔法少女としては最強ポロン!」

「一言多いわ!」

「この凶暴性が、魔法少女に活きてるでござるか?」

「似てるけど、違うポロン。魔法少女に必要なのは、パッションだポロン」

「はて、パッションとは?」宗介が尋ねた。

「何かに対する強い感情だポロンね。たとえば『女優になりたい』とか『好きな人がいる』とか」

「ふうむ。では野乃花には、そのような激しいパッションがあると」

 宗介はしげしげと野乃花を見つめた。野乃花はさっと目を反らした。


(これって超絶マズイじゃない!)


 きっとポロンがいう野乃花のパッションとは、ナイト先輩への恋心だろう。野乃花自身、強い思いがあることは自覚していた。だから魔法少女に選ばれても、何ら疑問はない。


 問題は「宗介に好きな人がバレること」だ。絶賛中二病に罹患中の宗介のことだ、絶対に揶揄ってくる。

 しかもポロンには、ナイト先輩と一緒にいるところを見られている。そのことを暴露されたら、目ざとい宗介ならすぐに相手を察するはずだ。隠しているわけではないが面倒になりそうなので、宗介だけには絶対にバレたくなかった。


「あと、他によくあるパッションは『アイツが憎い』とか『殺したい』とかポロンね」

「そっちの方が野乃花らしいでござるな!」

 宗介とポロンはケラケラと笑っていた。


 腹が立ったが、野乃花はグッとこらえた。宗介の反応を見るに、どうやら恋心にはバレていないらしい。だったら誤解させた方が楽だ。そして喜ばしいことに、二人はそのまま別の話題を始めた。「理想の魔法少女とは」というくだらない内容だったが、救いの話題に思えた。



(あーあ。安心したら、なんだかトイレに行きたくなってきた……え、トイレ?)

 野乃花は自分の思考にギョッとした。下半身に意識を向けたら、やはり尿意を感じる。


(さっき行ったはずなのに!)

 しかも一度気が緩んだせいか、我慢ができそうにない。膀胱は決壊寸前だと訴えてくる。


 さっきみたいに魔法を使えばトイレに行ける。しかし、この魔法は人前では絶対に使えない。特に宗介の前では!


「どうしたでござる野乃花、青い顔をして」

 こういう時だけ察しがいい宗介。野乃花の顔を覗き込んできた。


「宗介、まだ帰らないの?」

 宗介は豆鉄砲を食らった鳩みたいに、とぼけた顔をしていた。


「急にどうしたでござる?」

「いや、いつまでいるのかなーって」

「ポロン殿ともっと話したいから、当分お邪魔するつもりでござるよ」

「乙女の部屋にいつまでもいるって変でしょ」

「何を言う。拙者と野乃花の間柄ではござらんか」

「帰って宿題でもしたら? 特進科だから、たくさん宿題あるでしょ」

「やや、そうでござった。せっかくだし、共に宿題をせぬか? ついでに教えてしんぜよう」

 宗介は鞄からノートやペンを取り出した。


(まずい! このままじゃ長居される!)

 野乃花は下腹部へ労わる言葉を念じ、痛み出す膀胱のご機嫌を取った。だが尿意は消えない。


「いや、今日は私、宿題とか無理だから」

「そうであったな。今日ばかりは写してもいいでござるよ」

「いや、いいから!」

「どうしたでござるか? いつもなら拙者に宿題をやらせるレベルで頼り申すのに」

「じゃあ明日、明日写すから!」


 宗介は怪訝そうな目で野乃花を見つめてくる。

 尿意のせいで出た冷や汗が、いかにも嘘ついて焦って出た汗のようになっている。見るからに野乃花は怪しい状態だ。


「野乃花、何を隠しているでござる?」

「と、トイレ! トイレに行きたいの」


 さすがに女子がこう言えば、男子は怯むだろう。野乃花にとっては大ダメージだが、“あの魔法”を見られるよりは何倍もマシだった。


「なんだ、さっさと行くでござるよ」

 宗介は半笑いで言った。野乃花の事情を知らないのだから当然の反応だ。


「拙者は同伴するつもりも覗くつもりもないのだから、勝手に行けばいいでござる。まさか『身体がつらいから、拙者に連れてってほしい』というわけでもなかろう?」


 この場面に、願ってもない申し出!

 野乃花は素直に「うん」と言おうかと思った。恥ではあるが、病人の介護なら特段おかしなことではないのだから。しかしやっぱり恥ずかしい。素直に甘えていいものか。


 その躊躇いが、野乃花の答えを遅らせた。

 そして本人が答えるより先に、ポロンが答えてしまったのだ。


「大丈夫ポロン。野乃花は魔法で、自由にトイレに行けるポロン」

(余計なこと言いやがって!)


 野乃花の燃えるような怒りの眼差しとは対照的に、宗介の瞳が輝いた。

「誠でござるか! 拙者、本物の魔法を見てみたいでござる。早く使うでござるよ」

「いや、そう言われると見せづらいっていうか」

「でもトイレに行かなくていいのでござるか?」

「ぐぬぬ……」

 人前で(特に宗介の前で)あの魔法を使うのは絶対に嫌だ。



 現在の時間は五時四十五分。そろそろママが帰ってくる時間だ。長くてもあと三十分我慢すれば、ママにトイレへ連れてってもらえるだろう。

 だが悲しいかな。野乃花の膀胱は、そんな悠長ではなかった。


(もう限界!)


 せめて聞かれないように声を落として、野乃花は呪文を呟いた。

「わくわくマジカルピク♡ピクチャー」


 唱え終わると、ポムっとピンクの煙幕があがった。煙が消えた時、期待に満ちた宗介の顔は虚無へと変わった。


 なぜなら、ベッドの脇に屈強な男が立っていたからだ。


 身体はボディビルダーのようにゴリマッチョ。上半身裸で、下半身はブーメランパンツ一丁。はにかんだ顔は白い歯が光り、こんがり焼けた肌と抜群のコントラストを奏でている。そして顔は、ナイト先輩そっくりだった。


「ジュテーム、モナムール」


 ゴリマッチョは甘ったるい声で囁くと、野乃花を抱え上げてトイレまで運んだ。

 部屋を出た途端、堰を切ったように宗介の笑い狂う声が聞こえてきた。


(これだから見られたくなかったのに!)


 このゴリマッチョは、野乃花の召喚獣だ。一人では歩けないから魔法で召喚獣を呼んで、トイレへと運ばせている。

 召喚獣に決まった姿はなく、術者の妄想が具現化される。最初は猛烈にトイレに行きたかったため、野乃花は「私を軽々運べるくらい強そうな人」と考えた。だが考えている途中で、こんな邪念が過った。


(私に忠実な下僕が現れるなら、ナイト先輩の姿にしたら好き放題にできるじゃない!)


 一瞬だが強すぎる思いはしっかり反映され、ごちゃ混ぜになった末に、こんな気持ち悪い召喚獣が爆誕したのだ。



 野乃花はもちろんすぐさま作り直したかった。しかしポロンがいうには、初回の呼び出し時に姿が決まるため、作り直しができないとのこと。しかも召喚獣はもっと魔法に慣れてから作るもので、野乃花には時期尚早。魔法レベルが低いせいで、鳴き声による簡単な会話しかできないらしい。

 「理想の恋人」と思い描いたせいで、「ジュテーム、モナムール」という気色悪い鳴き声に決まってしまった。独特のウィスパーボイスがいい声なだけに、本当に気色悪くて腹立つ。


 でも別に問題ないと野乃花は思った。どうせトイレ要員だから、もう二度と呼ばなければいい。そう安心していた午前中の自分を、野乃花は全力でぶん殴ってやりたかった。



 野乃花がトイレからベッドに戻ると、宗介が何か言いたげな目でこちらを見ていた。


(召喚獣って人を殺せるのかしら?)

 そう思っていたら、玄関が開く音がした。


「ただいまー」


 ママが帰ってきた。慌てて野乃花は変身を解いた。召喚獣も消えた。その混乱に乗じて、宗介はさっさと帰ってしまった。


(あ、口止めしてない!)


 野乃花は怒りで血管が切れそうだったが、今夜はこれ以上何もできないだろう。歯がゆい思いでベッドに横たわっていた。


「くそっ、明日は覚えてろよ!」

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