第3話 野々花♡魔法少女デビュー 〜不意な精神的ブラクラにご注意ください〜
野乃花の前方を遮るように、女幹部が現れた。
よそ見などしていないはずなのに、いったいいつの間に出現したのだろう。普通だったら、そういったことに気が向くはずだ。もしくは敵の急襲に驚き、恐怖で思考停止するかもしれない。
しかし野乃花は、そのどちらでもなかった。女幹部の服装に度肝を抜かれたからだ。
戦闘員と違い、女幹部は一人だけ特別な衣装を着ていた。それはいい。ただ、その衣装が、今時キャバ嬢でも着ないようなセクシーすぎるドレスだったのだ。
深めに入ったスリットからは、太ももどころか尻肉がはみ出している。こんな服を着るなんて、いったいどれだけ自分に自信があるセクシー美女だと思うだろう。
残念ながら、女幹部はマスカレードマスクを着用していて、ほぼ顔が見えない。しかし無防備に晒された喉のシワや胸元の肉の薄さから、結構な年齢なのが伺えた。
それに気づいた瞬間、野乃花の全身に寒気が走った。
「ふふん。震えているねぇ、子猫ちゃん」
ワードセンスの古さ! 野乃花はまたもや悪寒に襲われた。
「あ、あれは悪の組織幹部・マスク姫ポロン! かなり強いから、気を付けるポロン」
ポロンは強敵の登場に身構えていたが、野乃花はそれどころじゃない。
(いや、どう見たって“姫”って年齢じゃないでしょ!)
だがポロンのセリフで納得がいった。
強さ的にも年齢的にも、かなりのベテランだろう。そりゃ経験を積んでるから強いだろうし、服装や名前のセンスが古くても仕方ない。だってベテランなんだから!
メンタルが強いのも、些細なことは気にならないお年頃に突入したせいだと思われる。そう思ったら、乾いた笑いがこみ上げてきた。
「こうなったら戦うしかないポロン。野乃花、変身だポロン!」
呆けてる野乃花なんてお構いなしに、ポロンはピンク色の怪光線を野乃花に浴びせた。
「キャッ!」
痛みや痺れなどはない。光に包まれた瞬間、一気に目の前に桜吹雪が咲き乱れた。
(いったい何なの!)
しばしの間、荒れ狂う桜吹雪に翻弄される野乃花。視界が開けた時には、野乃花は幼女向けアニメに出てくるような魔法少女(ピンク担当)に変身していた。
普通だったらここで「きゃ~、どういうこと~?☆」と驚くか、「変身するなんてすごーいわ☆」なんて喜ぶだろう。もしくはこれから戦うことにプレッシャーを感じて、不安に身をすくませるかもしれない。
しかし野乃花は違った。
(こんな姿を誰かに見られたら死ぬ!)
真っ先にそう思った。
改めて説明するまでもないが、野乃花が今いるのは通学路にある神社。駅までのショートカットとして、桜高生が頻繁に出入りする場所である。
いつ知り合いが通るかわからない場所で、こんな恥ずかしい格好をしているのだ。知り合いでなくても、誰かに見られたら即座に野乃花の社会生活が終わる。
野乃花はゾッとした。まだ日が落ちきってないから若干温かいくらいなのに、鳥肌が止まらない。
そんな野乃花の様子を、どうやらマスク姫は勘違いしたようだ。野乃花が怯えていると思い、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「いいのかぃ、小熊ちゃん。そんな貧相な娘に頼っちまうなんてぇ」
昭和ギャルが持ってるようなケバケバしい羽扇子を口元に当てて、マスク姫は野乃花を値踏みしている。侮られているようで気分が悪いが、敵が油断してくれている分にはありがたい。
(さっさと倒して、早く元に戻るしかないわね)
野乃花は心底嫌だったが、魔法少女として戦う決意を固めた。
「おい」
野乃花が低い声で呼びかけると、まるで怖い先輩に躾けられた下級生みたいな動きで、ポロンは即座に寄ってきた。そして敵に聞こえないように、野乃花とポロンはひそひそ声で作戦会議をした。
「魔法少女って言ってたけど、どうやったら魔法が出るの?」
「このステッキを相手に向けて、呪文を唱えるポロン」
いつの間にか、野乃花の右手にはメルヘンなステッキが握られていた。きっと変身と同時に現れたのだろう。
見た目は女児向け玩具だが、しっかりとした重量がある。玩具屋で売ってる既製品とは一線を画すクオリティだ。
「一番強い魔法は?」
「ええ、無茶ポロン! 魔法に慣れないうちは、体への負荷が強すぎるポロン」
渋るポロンの顔面を、野乃花はまたもや鷲掴んだ。
「いいか、猥褻物。戦うのは私だろ。だったら私に決めさせろや」
「は、はひぃぃ!」
悲鳴を上げた後、ポロンは震える声で呪文を囁いた。呪文自体はそう長くないし、難しくもない。
しかし野乃花の脳は、理解を拒否した。
しばし間を置いてから、野乃花が叫んだ。
「お前はどこのメイドカフェだ!」
野乃花はポロンを地面に投げつけた。ポロンはワンバウンドし、近くの茂みに消えていった。
「おやおや、作戦会議は終わったのかぃ」
マスク姫は余裕綽々としている。野乃花たちがどんなことをしてくるのか、楽しんでいるような落ち着きっぷりだ。
だがこの時すでに、野乃花の魔法は始まっていた。
ポロンを投げた瞬間から、野乃花は小声で呪文を唱えていたのだ。もちろん敵に悟られない意味合いもあるが、こんな呪文は絶対に誰にも聞かれたくなかったから。
「百花繚乱♡ラブラブふわふわエターナルレボリューション!」
レボリューションと唱えたあたりで、野乃花はステッキをマスク姫に向けた。
マスク姫は小首をかしげた。しかしすぐに事態を理解し、警戒態勢を取ろうとした。
だが遅い。猛烈に荒れ狂う花吹雪がマスク姫に襲いかかる!
「きえぇぇぇ!」
マスク姫の甲高い悲鳴を聞いて、野乃花は「悲鳴まで気持ち悪い」とドン引きした。しかし野乃花以外は、全員ド真面目モード。幹部が一方的にやられる姿を見て、戦闘員たちは大慌てだ。
ようやく花吹雪が消えた時には、マスク姫は数メートル後退していて、なんとか立っている状態だった。服はボロボロで、年相応のたるんだ肌がさらに露出している。野乃花は思わず目を背けた。
(精神的ブラクラ、マジでやめてほしい)
痴態への配慮ではなく、純粋に気分を害した野乃花。思わぬところで、勝手に大ダメージを受けていた。
だが敵も大ダメージを受けている。このまま撤退してくれることを、野乃花は強く願った。
「いきなり大魔法を使ってくるなんて……狂ってるよぉ、アンタ!」
「ふん、こんなのちょっとした挨拶よ!」
敵が戦意喪失してくれるように、野乃花は大口を叩いた。まだスゴイ魔法を残しているんだぞと匂わせるように。
「ふん。アンタを可愛がるのは、次のお楽しみにしてやろうじゃないかぃ」
野乃花の作戦は上手くいった。
戦闘員を連れて、マスク姫はあっさり撤収してしまったのだ。
「覚えておいで、子猫ちゃん。次は容赦しないからねぇ。ヒーヒッヒッヒ!」
現れた時と同じように、連中は一瞬で消えてしまった。しかしマスク姫の高笑いだけが、いつまでも木霊し続けていた。
「お、終わったの……?」
安心した野乃花は、その場にへたり込んでしまった。怒りで気を張っていたが、無意識に緊張感や様々なプレッシャーを感じていたのかもしれない。余韻に浸る野乃花だが、すぐさま険しい顔つきに戻った。
「おい、猥褻物!」
「は、はい!」
「さっさと元に戻せ!」
「ポロン?」
「誰かに見られるだろ、早く!」
「わ、わかったポロン!」
戻る時のアクションは、変身時の逆だ。ポロンが手を挙げると、野乃花に宿った怪光線が、またポロンの手へ戻っていった。しかし変身時の仰々しさとは打って変わり、戻るのは一瞬で終わった。
記念すべき初戦を終え、野乃花が真っ先に思ったのは「誰にも見られてないよね?」という焦りと不安感。慌ててカバンの中にポロンを押し込み、怪しいくらいに周囲をキョロキョロと警戒した。
誰もいない。さっさと決着をつけたので、部活組の帰宅ラッシュが始まる前に戦闘を終えられたのだ。幸い地域住民もおらず、野乃花は社会的に死なずに済んだのだ。
安全を確認してはじめて、野乃花はほっと息をついた。でも、いつ誰に何を見られるか、わかったもんじゃない。だから野乃花はすぐさま神社脇の茂みに駆けこんだ。
野乃花は鞄を覗き込み、音量と声のトーンを限界まで落としてポロンに話しかけた。
もちろんポロンが逃げないように、鞄でポロンの顔を挟みながら。
「改めて聞くけど、本当に契約破棄できないの?」
「できないポロン」
「じゃあさ、どうやったら魔法少女をやめられるの?」
「悪の組織を壊滅させればいいポロン」
「一介の女子高生にできるかっ! 他に方法は?」
「ないポロン」
「はあ?」
思わず大きな声が出る。至近距離でメンチを切られるのが怖かったのか、ポロンはブルブルと震えだした。
「ほ、他の方法は知らないポロン」
「知らなかったら調べろよ」
「は、はい。調べますポロン」
「いつから?」
「あした……」
「アァ?」
「い、今すぐに!」
「よし」
野乃花は手を離し、鞄の圧迫からポロンを解放した。
こうして野乃花の魔法少女ライフが始まった☆──なんて、女児向けアニメだと〆るだろう。しかし野乃花の人生は、女児向けアニメじゃない。こんな謎の展開で、人生をぶち壊されるわけにはいかないのだ。
しかしポロンがいたおかげで、ナイト先輩と二人だけの秘密が持てたのも事実。起きてしまったことはしょうがないから、この面倒をチャンスに変えて、先輩に近づくっきゃない!
頑張れ野乃花! 負けるな野乃花!