第18話 オンリーワン☆私の奇跡 ~願い事一つだけってケチくさいよね~
突如降ってわいた幸運を、野乃花はすぐに受け売れられなかった。
「つまり契約前の説明に不備があるから、正式に契約ができていないってことよね?」
「そうでちポロリ」
「つまり契約ナシと」
「そうでちポロリ」
葉月とポロリの返答を聞き、ようやく実感が湧いてきた野乃花。
「ふ、フフフフフ……」
「え、野乃花さん、どうなさったの?」
「壊れたでちポロリか?」
不気味がる二人。だが野乃花の笑いは止まらなかった。
「じゃあ辞める。今すぐ!」
「ま、待ってほしいポロン!」
野乃花の眼前にポロンが飛び出してきた。
「邪魔よ、どいて。これから他人になる妖精さん」
「そんな冷たい言い方、やめるポロン。いや、こちらからお願いできる立場じゃないポロンね。改めて謝罪いたしますポロン」
ポロンは机の上に飛び乗ると、短い手足で土下座した。
それを見て、またポロリが悲しそうに兄に駆け寄っていった。
「おにいたま、やめるでちポロリ」
「とめるな、妹よ。男にはプライドを捨てなきゃいけない時もあるポロン」
「おにいたま……かっこいいでちポロリ」
「あーもう。そういうのはしなくていいから」
野乃花はポロンを摘まみ上げた。そしてポロンと目を合わせ、野乃花は静かに尋ねた。
「さっき報酬契約と願い事契約って単語が出てきたんだけど、なんで説明しなかった?」
「あの時は緊急だったから、後で話せばいいと思ったポロン……」
ポロンはハッキリ答えたが、視線は反らした。
「その『後』っていつよ?」
「もちろん戦闘後にでもすぐ言うつもりだったポロン。でも野乃花が怖くて、言い出せなかったポロン」
「お前……」
「あ、でも、報酬も願い事も後からお渡しできるポロン! 報酬の踏み倒しとかないから、安心するポロン」
ひとまず損がないと知った野乃花は、ポロンを机に下してやった。
「で。その二つって、どう違うのよ?」
「報酬契約は文字通り、戦うほどにお金がもらえるポロン。倒した数や戦闘回数で総合的に決めて、月末〆の毎月二十五日にお支払いするポロン」
「なんだか給料みたいね」
「お願いしたら日払いや週払いにも対応してくれますわよ。現金手渡しだから納税調査されにくいですしね」
葉月が付け足した。お嬢様口調の割に貧乏くさいなと野乃花は思った。
「願い事契約は、悪の組織を壊滅させてくれたら、願いを何でも一つ叶える契約ポロン。もらえるのはしばらく先ポロンが、報酬契約より大きな金額をもらったり、お金じゃ叶えられない願いが実現できるポロン」
「それって魔法を使うみたいな? そんなの自分で叶えられるじゃない」
「ぼくたちが戻れば、魔法で作ったものは消えるポロン。だから魔法に近いポロンが、奇跡が起きると思ってほしいポロン」
「なるほどね」
「それに、野乃花は絶対願い事契約がいいと思うポロン」
「なんでよ?」
「だって先輩と両想いになれるポロンよ!」
「!」
野乃花は雷に打たれたような衝撃を受けた。
(なんで思いつかなかったんだろう。アイドル活動とか変な小細工をしなくても、魔法を使ってナイト先輩にアプローチしたらいいんだ!)
魔法少女たちのレベルであれば、直接的に心理操作はできない。できるのは「雨を降らせて相合傘チャンス♡」とか「いたずらな風さんが吹いてパンチラでドキドキ♡」といった、あくまで恋愛の補助的なアクションだけだ。
だが願い事契約による心理操作なら、先輩は永久的に野乃花を愛してくれる。物体じゃないから消えることもない。わざわざ小細工なんて要らないし、どんなに野乃花が下品な行動をとっても先輩から幻滅されない。むしろ「かわいい」として、アバタもエクボになってしまう。そんな強力で恐ろしいチャンスを手に入れられるのだ。
野乃花は真剣に考えた。だが意外にも、答えはすぐに出た。
「要らないわ」
「え?」
「魔法で両想いになったって虚しいだけじゃない。恋愛は過程含めて楽しいのよ。結果だけ与えられても嬉しくないわ」
「野乃花さん、立派ですわね」
なぜか葉月が感涙しており、ハンカチで目元を拭った。
「では願い事は後から決めたらよろしいんじゃなくて?」
「え、それでいいの?」
「もちろんですわ。それに契約からこれだけ時間が空いたんですもの。多少時間がかかっても、今さらですわよね」
葉月がポロンを見た。
「悪の組織を倒した時までに決めてくれたらいいポロン」
「そう。じゃあ今はまだ保留ってことで。今度は反故にしないでよ」
「わ、わかってるポロン!」
こうして、野乃花の報酬が決まり、話がひと段落した。
だが野乃花には、一つだけ気になることがあった。
帰り支度している葉月に、野乃花が尋ねた。
「でも意外ですね。先生が報酬契約を選ぶなんて」
「どういう意味かしら?」
「いえ。お嬢様だからお金に困ってない印象があって。そもそもバイトも要らないんじゃないですか?」
悪いことを聞いたかなと、野乃花は口にしてから後悔した。
葉月はすぐに答えず、深いため息をついた。
「野乃花さんならお話ししても問題ないかしら」
独り言を呟いてから、葉月は覚悟を決めた顔を見せた。
「野乃花さん、私の話をしてもよくって?」
「え、ええ。どうぞ?」
勢いに押されて快諾したが、野乃花は話を聞いてすぐに、そこまでの覚悟が足りていないと後悔した。
葉月の話はこうだ。
「実はワタクシ、家がド貧乏ですの。どれくらい貧乏かっていうと、給料日前には畳の井草をしゃぶるくらいですわ。煮ると案外イケますのよ。ただガス代がもったいないので、公園から汲んできた水道水に一晩浸して食していましたけどもね。どれくらいド貧乏かわかっていただけたかしら?
さらに不幸なことに、我が家は子だくさんでして。ワタクシの下に妹が三人と、弟が三人おりますの。だからワタクシは家事や弟妹の世話を頑張っていましたわ。ワタクシが教師を目指したのも、弟妹に教えた経験を活かそうと思ったからですの」
(私、いったい何を聞かされてるんだろう)
野乃花は後悔した。だが葉月は止まらない。
「最近は次女と長男が大きくなったから、二人に家のことを任せて、大学生のワタクシは稼いで家計を支えることにしたんです。
でも学校のこともあるからガッツリバイトもできませんし、こんな地方じゃお給料なんて限られていますわ。
そうしたら、ご学友が素敵なバイトを紹介してくださいましたの。おぢとご一緒するだけで、お小遣いがもらえますのよ。すごいと思いません?
おかげ様で、我が家でもモヤシ以外の野菜が買えるようになりましたわ。ワタクシの服装と喋り方も、常連のおぢがこういうのがお好きでして。そのせいですわ」
(ちょっと待って。おぢとかお小遣いとか、それってヤバくない?)
突然の暴露に、野乃花は青ざめた。そう、葉月はパパ活女子だったのである。
「でも一つだけ問題がありまして。それは急にワタクシがお金を持ってくるから、次女に疑われるようになりましたの。だから金払いがいいバイトをする必要がありましたのね。学業を疎かにせず稼げるバイトとして、家庭教師を選んだのです。
しかしまあ、なんという偶然でしょう! 教え子が、まさかの魔法少女だなんて。これはもう、野乃花さんにおすがりするしかありませんわ」
「いや、そんなこと言われても、私は何もできませんから」
怒涛のしゃべりが一区切りし、ようやく野乃花は口を挟めた。
しかし身の上を語ったことで、葉月はさらにヒートアップしている。
「いいえ! お母様から聞きましたけど、野乃花さんは塾がお嫌なんですよね。もしかしたら、家庭教師もお嫌なのでは?」
「ええ、まあ、なんというか」
「隠す必要はありません。協定を組もうじゃありませんか」
「協定?」
「ええ。ワタクシが来る時は、勉強をサボっていただいて構いません。お互い好きに過ごしましょう。もし勉強中に敵が出たら、ワタクシが倒しに行きますわ」
「え、いいんですか?」
「もちろんですわ。その代わり、ワタクシをこのまま雇っていただきたいのです。できるだけ長く。もちろん、野乃花さんが望めば勉強をお教えしますし、テストのヤマだって作りますわ。お母様からは無駄にバイト料をいただくことになりますが、どうかお力になっていただきたいのです。いかがでしょう?」
「え、えっと……」
突然の申し出に、野乃花は戸惑った。だが悪い話ではない。
勉強不要で敵も倒してくれる。困ったら普通に家庭教師として頼てもいいのだ。自分がやりたくないことをすべて担ってくれるのに、自分の懐は痛まない。
我が家の家計に多少の負担は増えるが、野乃花の成績のためならママは喜んで支払うだろう。
葉月の隠れ蓑になるだけで、こんなにいいことがあっていいのだろうか。野乃花にとっては悪いことが一つもない。上手い話すぎて、野乃花は少し怖かった。だが……
「わかりました。共犯として、これからもよろしくお願いします」
「ええ。契約成立ですわね」
二人は固く握手した。
そして葉月は帰っていった。
野乃花が気に入ったことを知り、ママはたいそう喜んだ。ママは二人が協定を結んだなど、つゆほども疑っていない。万事うまく進んでいた。
(後はさっさと悪の組織を潰すだけね)
夜。ベッドの中で、野乃花はこれからのことをぼんやりと考えていた。
(まあ、他の二人がイイ感じに倒してくれるでしょう。先生なんて、報酬目当てで積極的に動いてくれそうだし)
悪の組織のことはすぐに解決策が見えたが、野乃花には今日新たな問題が生まれた。
(願い事契約で、私は何を叶えたらいいんだろう? 一つだけって思ったら、やっぱり決められないわよね)
その答えだけは出ないまま、野乃花は眠りに落ちてしまった。