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第15話 テスト様☆降臨 ~そして開かれる緊急家族会議~

 六月初旬。桜ヶ丘市に梅雨が訪れた頃、野乃花は肩を落としながら家路についていた。


「はぁ……」

 野乃花の全身からは、陰鬱なオーラが漂っている。


 後任の魔法少女候補が全滅したこともあるが、今日はそれよりも一大事が起きた。

 なんと今日、すべてのテスト結果が返ってきたのである。


 結論から言えば、一つだけ赤点があった。全教科ギリギリだったのだが、なんとか赤点は回避し、前回から大幅に成績アップしていた。

 ただ一科目。英語だけ、答案用紙の解答欄がズレたせいで、大きく失点していたのだ。

 問題自体はきちんと理解していたし、不正解の部分も解説を聞いたら理解できた。決して頭が悪かったのではない。ただ運が悪く、点数として反映されなかっただけなのだ。

 わかっていただけに、野乃花は必要以上に凹んでいたのである。


(どうしたら塾を回避できるんだろう?)

 今日の野乃花は、そのことばかり考えていた。


(今日いきなり世界が滅亡してくれたらいいのに)

 無駄だと思いながらも、何度も願ってしまう。だがまあ結局世界は滅亡せず、野乃花は無事に帰宅できたのだが。



 ママより先に帰宅した野乃花は、宿題を始めた。

 普段なら自分磨きが最優先なので、宿題はママに指摘されてから渋々取り組んでいる。しかし今日は少しでも自学自習する心構えがあることをアピールすべく、言われる前から宿題に取り組んだのだ。


 宿題が終わった頃、ママが帰ってきた。

 野乃花は死刑宣告前の囚人の気分だったが、ママはテストのことには触れず、夕食を作り始めた。


「おかえり、ママ」

「ただいま。今日学校はどうだった?」

「うん、普通」

「そう。体育があったから、疲れたでしょ。今日は生姜焼きだからね」

「やった!」

「しっかり食べて栄養を付けなきゃ。これから大事な話があるんだしね」


 野乃花は何も言えなかった。


「さっき宗介君に会ってね。今日全部のテストが返ってきたんでしょ」


(あの野郎!)

 一瞬にして野乃花は般若の形相になった。

 だがママがそばにいる手前、大人しく唇を噛むしかできない。


「パパも早く帰る予定だから、すぐ出せるようにしておいてね」

「……」

「返事が聞こえないようだけど?」

「ワカリマシタ……」



 野乃花は部屋に戻り、ゴミ箱を蹴とばした。壁に当たってバンッと強い音が鳴ったので、野乃花は慌ててゴミ箱を片づけた。

 まだ憎しみが消えない。どこか行き場を探していたので、拾ったゴミを叩きつけるようにしてゴミ箱へ入れた。何回か繰り返したが、それでもスッキリしなかった。


 普段から、パパは夕食に間に合わない。だから先にママと二人で夕食を食べていた。

 出来立ての食事はいつも美味しいのだが、今晩の豚の生姜焼きは、なぜかゴムを食べているような感じだった。ひどく薄味で、弾力や食感が不愉快。おまけに飲み込むのが面倒だ。

 義務だと思って口にかき込んで、野乃花はさっさと食事を終わらせた。



「じゃあ、パパが来るまで宿題してるから」

 野乃花は席を立とうとした。今日はママと一秒でも一緒にいたくない。


「じゃあ先に目を通すから、テストを持ってきて」

(終わった)


 こんな時、娘にどのような抵抗ができるだろうか。

 下手に出し渋ってママの逆鱗に触れてはマズイ。点数と関係ない部分で小遣いカットやさらなる制約が課されてはたまったもんじゃない。


 だから従順にも、野乃花は答案用紙をママに手渡した。

 しばらくの間、ママは黙ったまま答案用紙にじっくりと目を通していた。無言がつらい。


「ママ、お茶でも入れようか?」

 野乃花は席を立とうとした。


「静かにしてなさい」

 ママの声が怖い。立ち上がりかけた野乃花だが、すぐに座った。



 少しして、ママがぽつりとつぶやいた。

「宗介くん、今回は平均八十二点だって。すごいわよね」

「へー、すごいね」

「野乃花の倍ね」


 また場の空気が凍り付く。野乃花の平均点は四十一点だった。


「今回はどれが赤点?」

「今回は英語だけ。でも回答欄がズレただけだから、わかってはいたの」

「でも赤点とってちゃ意味ないわよね」

「……」

「まあ、点数はかなり上がったじゃない。よく頑張ったわね」

「! そう、そうなの」

「この点数をキープできる?」

「うん!」


 野乃花は身を乗り出して、力強く答えた。


「そう。キープじゃダメね。もっと上げてもらわないと」

「え……」

 野乃花の表情が強張る。


「やっぱり塾が必要だと思わない?」

「いや、もうちょっと自分で頑張りたいなって」

「早くから通った方がいいのは、自分でもわかるでしょ?」

「でもまだ高校に入ったばっかりだし。宗介に教えてもらうから大丈夫かなって」

「いつまでも宗介くんに迷惑かけちゃダメでしょ」


 ママの言うことは、全部がもっともな正論ばかりだった。


 野乃花は反論できない。さっきから嫌な汗が止まらず、なんだか息苦しくなってきた。



「やっぱり塾に──」

「ただいま」

 ママが言いかけたタイミングで、パパが帰ってきた。


 入室するなり、パパは目をむいて驚いた。死にそうな娘と般若顔の妻がいるのだ、旦那ならすぐに修羅場だと理解するだろう。

「え、何かあったの?」


「これ見てパパ」

 ママが答案用紙をパパに渡した。


 パパは上着と鞄を置いてから、ママの隣の席に座って答案用紙を見た。

 時々「あちゃー」とか「ほうほう」とか言いながら、一人で百面相している。


「野乃花、中学時代は成績が良かったのになぁ」


 野乃花は気まずそうに下唇を噛んだ。

 だんまりな野乃花を差し置いて、ママが答えた。


「今ね、塾に通うって話をしてたの」

「え、塾?」


 パパは目をパチクリしている。


「まだ早いだろう。高校に入ったばかりだしさ」

 パパがこちらを見たので、野乃花は何度も頷いた。


「私、もう少し自分で頑張りたい」

「本人もそう言ってるけど?」

「いーえ、手遅れになる前になんとかしないと」

「そうだなぁ」


 パパは眉毛をハの字にしながら、もう一度答案用紙に目を通した。



 佐倉家はママの力が強い。パパは仕事が忙しいから、家のことはママが全部取り仕切っている。

 最終判断はパパということになっているのだが、ママが力技でパパをねじ曲げてくることもある。

 パパ大明神様にすがるしかないのだが、正直期待はできなかった。


 この時点で、野乃花は人生投げやりモードに突入していた。

(あーあ。こういう時、人の心を操れる魔法ってないのかしら)

 現実逃避がてらそんなことを考えていたら、パパが答案用紙をテーブルに置いた。


「結構頑張ったんじゃないかな。途中までは解けてる問題も多いし、勉強しなかったわけじゃないのはわかるよ」


(ああ、パパ様! 私の努力をわかってくださるなんて、あなたはなんて尊いのでしょう!)

 野乃花の死んだ目に、光が戻った。


「でもほっとくとすぐ遊ぶに決まってるわ。この前だって勝手にバイトに行ってきたのよ」

(うっ!)


 実は先日の初ライブの日。野乃花はママに「バイトに行く」と言ってしまったのだ。ナイト先輩と一緒にビジネスできるのが嬉しくて、なんだか大人になったみたいで、つい浮かれてしまったのだ。


 その時ママは興味なさげに聞き流していたのだが、まさかしっかりと聞いていたとは。


 野乃花は冷や汗が止まらなかった。


「へえ、何のバイト?」

「そうじゃないでしょ!」

 パパののんきな質問に、ママが机を叩いた。


「ただでさえ勉強が疎かなのに、その上バイトなんて! もっと成績が下がるのが目に見えてるわ。だから今からしっかりと勉強の習慣をつけないと」

「でもバイトはいい社会勉強になるよね」

「お金が欲しいだけなのよ、この子は。何に使うかわかったもんじゃないわ」

「お小遣いが足りないのかい?」


 パパが野乃花に尋ねた。野乃花は首を横に振った。


「いえ。社会勉強のためです」

「ほら。まだ高一なんだし、今年くらいは大目に見てあげなよ」

「パパったら、また野乃花の嘘を信じて! 最近部屋に美容グッズが増えたし、また何か買う気なんでしょ」


(ママったら、まだあのことを引きずってるのね。まったく女々しいったら!)

 実は野乃花、高校デビュー直前にメイク道具一式を買い揃えた。その時ママが「ずいぶんいいブランド使ってるわね」とこぼしていたのだ。それが今なお気にくわなかったのだろう。


「まあまあ。野乃花だって色々ほしくなるお年頃なんだよ」

 パパがなだめても、ママはますますヒートアップしている。

「そんなに言うなら、パパがお小遣いで買ってあげたらどう!」

「なーんだ、それでいいのかい!」


 パパの笑顔がパッと輝いた。

 そして尻ポケットから財布を取り出すと、おもむろに三万円を渡してきた。


「これをあげるから、バイトは辞めなさい」

 パパは事もなげに出したが、野乃花もママも絶句した。


(え、偽札じゃないよね?)

 野乃花が確認しようと手を伸ばしたら、ママが「ダメっ」と叫んだ。


「どうしたの、このお金!」

 ママがパパを睨んだ。

 いつもならアワアワするパパが、今日は悠然と構えている。


「いやー、この前買った株がかなり高騰してさ。だから野乃花にお小遣いでもあげようかなって」

「いつの間に株なんて買ったの!」


 ママは絶叫に近い声を上げた。

 ママは投資をギャンブルだと思っている人種なのだ。


「ほら、一昨年タケトが金を借りに来たじゃないか。その時、代わりにあいつの自社株をもらってさ。それが去年から会社が急成長したせいで、かなり高騰したんだよ」


 ママの険しい顔が、一瞬和らいだ。

「タケトって誰だったかしら?」

「俺が最後に組んだバンドのベースだよ。ほら、いつも破れたTシャツを着てた……」

「ベースを置き引きされて、ライブでタンバリン叩いてた人?」


(いや、いったいどんな人よ)

 野乃花は心の中で突っ込んだ。


「そうそう。いやー、まさかタケトの会社がこんなにでかくなるなんてな。おかげで株だけで食っていけそうだし、タケト様様だよ!」

「それはそうと、私、あの時お金貸しちゃダメって言ったわよね」

「あっ」


 ママの一言に、場の空気が一変した。

 ママは借金がギャンブル以上に嫌いなのだ。


「……」

「いくら貸したの?」

「や、やだなママ。貸してないよ。株に出資しただけで」

「じゃあいくら出資したの?」


 パパはママに向かってピースした。二を表してるんだろうけど、傍目にはママを煽っているようにしか見えない。


「まさか野乃花の大学資金に手をつけたわけじゃないわよね?」

「いや、独身時代の貯金だから!」

「そんなお金があるなら、どうして婚約指輪を買ってくれなかったの!」



 それ以降はママによるパパ糾弾会へと早変わり。

 完全に夫婦喧嘩モードに突入してしまった。


 少し経ってから、ヒートアップしたママに「部屋に戻ってなさい」と怒鳴られた。だから野乃花はさっさと自室に引っ込んだ。



 パパの尊い犠牲のおかげで、ひとまず塾の脅威は去った。

 しかししばらくは地下アイドル活動も魔法少女活動も、自粛しようと野乃花は決めた。ナイト先輩との時間が減るのは嫌だが、ママの機嫌を損ねれば、それこそ地獄の塾タイムが待っている。しばらくは成績向上に努めるしかない。



 その晩、佐倉家は深夜になってもママの怒声が絶えなかった。でも野乃花は早々に寝てしまったので、ノーダメージだった。最初は不快で眠れなかったが、ここ最近のママは特にヒステリックなので、佐倉家では「いつもの光景」になっていたのだ。


(これだけ発散すれば、ママも当分は機嫌がいいわよね。後は適当に丸め込めば大丈夫かしら)

 だがこの試算は、すぐに外れることとなった。

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