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第13話 放課後はドキドキ☆おうちで勉強デート ~※心に余裕がないVer.~

「いったいどうしたらいいのよ!」

 自室に戻った野乃花は絶叫した。


 一学期の中間テストは五月下旬。あと三週間しかない。



 野乃花は早速、ママから回収した答案用紙を見直した。

 赤点を回避するには、五十点を獲得する必要がある。現状ではあと三十点は必要だ。


 だが直近の数学は百点満点中の五点。安全圏内として、できれば四十点は欲しい。あと生物と英語と化学と古文も。


「あーもう! どんどんハードルが上がっていくじゃない!」


 今の野乃花にとって一番の問題は、時間がないことだ。

 もし野乃花が普通の高校生なら、普通に勉強するだけで解決しただろう。


 だが野乃花は魔法少女でもあり地下アイドルでもある。さすがにテスト期間中は地下アイドル活動を休めるが、悪の組織はこちらの都合で動いてくれない。

 最近は召喚獣に丸投げしているので野乃花が動くことはないが、地味に体力を削られるのでできれば御免こうむりたい。さっさと解放されたいが、ポロンが後任を見つけられない以上、現状維持せざるを得なかった。


 ちなみにポロンには毎日進捗状況を報告させている。毎日悪徳金融の取り立て並みに追い込みをかけているが、ちっとも成果が上がらなかった。野乃花にもこれ以上、どうすることもできなかった。



 いったいどうすべきか。グルグル考えているうちに夜も更けてしまった。


 仕方ないので、今夜は取り急ぎ明日の宿題を終わらせてすぐ眠った。しかしベッドに入ってからも思考がグルグル脳内を駆け巡り、なかなか寝つけない。結局ほぼ徹夜状態で翌朝登校した。



 ここまで考えぬいた末に出た結論は「自分一人では無理」ということだ。かといって塾に行くわけにはいかない。だから自分より賢い人に教えてもらうのがベストだ。


 本当はナイト先輩に勉強を教えてほしいが、先輩に自分がバカだと思われたくない。まあ萌音なんてウルトラ馬鹿な妹がいるのだから、もしかしたらちっとも気にしないかもしれない。むしろ逆に「ちょっとおバカな女子かわいい」と好印象を得られるかも。


 だが万が一にも先輩が「妹みたいな女は嫌」「バカはNG」なんてことになったら取り返しがつかない。


 だから本当に不本意だが、適切な人物に頼ることにした。



 放課後、野乃花は部室に向かった。そしてモブ先輩とキャッキャッとはしゃいでいる宗介の前に仁王立ちした。


「ちょっと顔かしてくれない?」


 あまりの迫力に、宗介もモブ先輩もポカーンとしている。


「タイマンでござるか?」

「いいから!」


 野乃花は強引に宗介を部室から連れ出した。

 そして空き教室に二人で入った。



 いきなりの事態に、宗介は混乱した。だが人気のない場所で二人きりというシチュエーションから瞬時に理解し、顔を赤らめた。


(ま、まさか告白でござるか!)


 急に手汗が吹き出してくる。宗介はクールな自分を演出しつつも、こっそりズボンに手のひらを押し付けていた。


「アンタを見込んで頼みがあるの」

「どど、ど、どどど、どうしたでござるか?」


 視線もソワソワして落ち着かない宗介。対して野乃花は至って真剣な表情でこう告げた。


「次のテスト、マジでヤバイの」

「……はい?」


 宗介は急にスンと熱が冷めた。


「ママから赤点回避しないと塾に入れるって脅されてるの。お願い、勉強を教えて!」

「いや、普通科と特進科は内容が違うでござるが……」

「アンタならどっちもいけるでしょ。お願い!」

「しかし……」


 確かに宗介にとって、普通科の勉強を見ることはたやすい。しかし期待した分だけ失望が大きく、教える気は完全に失せていた。


「アンタも知ってるでしょ、私が病んだの。またああなったら嫌でしょ?」

「それは嫌でござるが……」



 野乃花は中三の時、本格的な受験ウツになった。夜に眠れなくて、突如不安に襲われる日々。毎夜いきなり大声で泣き出したりと、隣人の宗介は多大な迷惑をこうむっていたのだ。


 しかも部屋の灯りで在宅を確認し、宗介が起きている限り、病んだメッセージを何時間も連投してくるので、宗介はおちおち自室で勉強もできなかったのだ。


 もう少し期間が長引けば、きっと宗介も病んでいただろう。日に日に憔悴する野乃花を見るのもつらかったが、宗介もかなり実害を受けてつらかったのだ。



「仕方ないでござるな」

「ありがとう!」

「ただし! 拙者が教えるからには、野乃花も本気で取り組むでござるよ」

「もちろん! やっぱ宗介は頼りになるわね」


 野乃花の満面の笑みを見て、宗介は頬を赤らめた。そしてゴホンと大きく咳払いした。



 この後二人は、ナイト先輩に地下アイドル活動の自粛を求めた。ナイト先輩は渋ったが、もし野乃花が赤点を取れば補習でもっと時間が取れなくなる。活動が減れば、収入も減るだろう。来週からテスト中の部活自粛期間が始まるし、最終的にナイト先輩は承諾してくれた。


「俺が勉強を教えてあげられればよかったんだけど、悪いな。頑張れよ☆」

 最後にナイト先輩はそう微笑みかけた。


「はいぃ♡」

 野乃花は蕩ける目でナイト先輩を見つめた。

 その顔が憎たらしくて、宗介は舌打ちした。


「じゃあ今日から早速勉強でござるな。帰るでござる」

「え、今日はいいんじゃないかにゃあ♡」


 ナイト先輩と別れがたくて、野乃花は帰宅を渋った。


「ダメでござる。早く野乃花の成績を見ないと、拙者も学習プランが立てられないでござる」

「ぶぅ♡」

 野乃花は頬を膨らませてみせた。もちろんナイト先輩へのアピール行為である。


「そんなあざとい真似しても無駄でござるよ」

 宗介は真顔で、野乃花の頬を指でブスっと突いた。ぷぅっと恥ずかしい音が鳴って、野乃花は赤面した。


    ×    ×    ×


 野乃花の家にやってきた二人。野乃花から渡された赤点だらけの答案用紙を見て、宗介は絶句した。

「いやはやなんとも……」

「ムカつく反応すんな!」


 その驚きっぷりに腹が立ち、野乃花は宗介の二の腕をパンチした。


「しかし拙者、これほどまでに悪い点を見たことがないでござる。どうやって桜高に入学したでござるか?」

「そんなの私に聞くな!」

「いやはやなんとも……」

「それはさっきも聞いた!」


 野乃花はまた宗介の二の腕をパンチした。


「ひとまず今日の宿題を一人でやってみせよ。その間に拙者、対策を立てるでござる」

「それがその……」

「わからない部分がわかったら、それ幸い。拙者が教えてしんぜよう」

「じゃあ早速聞きたいんだけど」

「任せるでござる」


 野乃花は参考書の第一問を示した。宗介は懇切丁寧に教え、野乃花も納得した。

 さて宗介も自分のことをしようとすると、野乃花が言った。


「じゃあ次はこれで」

「あい、任されよ」


 宗介は第二問も教えた。そして目を離すとすぐに、野乃花が告げた。


「ついでに次も」

「…まさかでござるが、全部わからないとは言わぬな?」

「……」

「拙者も難儀な仕事を引き受けたものでござる」


 こうして宗介は野乃花にほぼ付きっきりで宿題を見ることになった。



 可愛い幼馴染と二人きりで勉強できる環境は、「高校生時代の甘酸っぱい思い出ランキング」の上位に食い込むだろう。それほどに心躍る展開だ。

 何の理由もなく「野乃花は自分のもの」だと思い込んでいる宗介にとっては、この上なく嬉しい場面である。


 だが勉強中に甘い雰囲気は皆無。歓喜といったポジティブな感情はまったくない。


 物分かりが悪い野乃花に何度も同じ説明をしてイライラしたり、野乃花がヒストリーを起こして泣きわめくのを体を張って止めるなど、かなり壮絶だった。

 後に、宗介はこの期間を「介護」だと語っている。



 だがそんな宗介の苦労の甲斐あって、野乃花は順調に成績を伸ばしていた。当初は夢にしか思えなかった五十点台も、試験内容によっては達成できるようになっていた。


(このペースなら塾を回避できそうだけど、最後まで気が抜けないわね)

 野乃花は気を緩めず、ますます勉強に励んだ。


 何度も繰り返しになるが、野乃花は本当に塾が嫌なのだ。どうせなら今回のテストでママにあっと言わせ、二度と塾という単語が出ないほどに成績を上げておこうと思った。そうすれば、高校三年間の安寧が約束される。そう思えば、野乃花も頑張れた。



 そしてついに中間テスト初日が始まった。日程は四日間。これからのテストに勢いをつけるためにも、今日は好スタートを切りたい。

 野乃花は単語帳を片手にぶつぶつ唱えながら、家を出た。


 最寄りのバス停に着いても、バス待ち列から離れて、一心不乱に単語を脳に詰め込む。今は一秒でも時間が惜しかった。


「大変ポロン!」

 野乃花が唱える単語の声に混じって、今一番聞きたくない声が聞こえた。


「野乃花、敵ポロン。悪の組織が出たポロン!」

「今日は無理。ダメ。萌音に頼んで」

「ダメポロン、もうすぐそこまで来てるポロン!」

「アイツはどうしたの。あのキモイ召喚獣」


 ちらりと腕時計を見ると、見たことない警告が出ている。

 無音設定にしていたので、通知に気づかなかった。


「マスク姫の毒ガスで動けないポロン。野乃花じゃないとダメポロン」

「あーもう!」

 野乃花は叫んだ。周囲の人たちがビクッと身体を震わせて、こちらを見てくる。


 野乃花はバツが悪そうに体裁を取り繕った。幸いポロンは胸ポケットに隠れたので、誰にも見られずに済んだ。


 正直バックレたい。しかし悪の組織を撃退するまで、この妖精は野乃花の後を延々とつきまとってくるだろう。もしテスト中まで口出ししてきたら厄介だ。


 ポロンの干渉に身構えるぐらいなら、さっさと倒した方がいい。野乃花はポロンが示す方へ、渋々向かった。


    ×    ×    ×


 野乃花の最寄りのバス停は駅前郵便局の前にあるのだが、その郵便局を挟んで反対側に公園がある。その公園にマスク姫はいた。本当にすぐ近くにいたのだ。


 駆け付けると、ベンチ付近で怪しい集団が談話している。その様子はかなり異様で、やってきた母子は公園に入ることなく引き返すほどだった。

 雑魚が背負っている小型のガスボンベが、召喚獣を倒した毒ガスなのだろう。うかつに近づくのは危険である。


 幸いなことに、郵便局の建物の陰からマスク姫たちを観察することができた。そして死角であるため、野乃花は人知れず変身を済ませられた。


 下手に出て行って敵と会話したら、大幅な時間ロスになる。だから野乃花は死角からそのまま攻撃魔法を唱えた。


「五分咲き♡ワクワクフレーバー!」


 相変わらずアホみたいな呪文で、唱えた野乃花は死にたくなった。だがこの技は相手を眠らせる効果があるので、今使うにはもってこいだ。



 一同が眠ったのを確認すると、野乃花は変身を解いてスマホで電話し始めた。


「あの、もしもし警察ですか。なんか桜ヶ丘駅前公園に人がたくさん倒れてるんです。なんか変なガスボンベ持ってるし、集団自殺かもしれません。なんだか怖いので、なるべく早くお願いします」


 簡潔に要点を伝えた野乃花は通話を切り、ポロンに言った。

「こうすれば半日は警察から出てこれないでしょ」

「え、それでいいポロンか?」

「いいんじゃない? 普通の人ならかなりビビるはずよ。ま、何も倒すだけが戦いじゃないって話ね。あの召喚獣にも伝えておいて」


(や、やっぱり野乃花はただ者じゃないポロン)

 ポロンはゴクリと喉を鳴らした。



 さて、この後野乃花は急いで登校し、なんとか遅刻にならずに済んだ。

 しかし登校前にこんな騒動があったものだから、野乃花のメンタルはボロボロ。特に集中力は完全に途切れてしまった。


 気持ちを立て直す暇もなく、一時間英語のテストが始まった。


(あ、これ宗介とやった問題じゃない!)

 宗介の山はかなり当たっており、すべて解けたら七十点はとれただろう。しかし集中力を欠いた野乃花は、見知った問題なのに解けなかった。


 こんなことが同じテスト中に何度も起こった。野乃花は泣きたいやら焦りやらで、呼吸が乱れる。視界がぐにゃりと歪む。


(しっかりしろ私! 落ち着けば解ける。落ち着けば……)


 そう願っている間に、無情にも終業ベルが鳴った。

 こんな感じで一日目のテストが全部終わった。一日目で落胆したメンタルをリカバリーできず、そのまま全テストが終了した。


 野乃花はもう何も考えたくなかった。

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