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第12話 ドッキドキの初ライブ☆ ~ブスな先輩アイドルは全員、私を引き立て役!~

 苦節二週間。ついに「魔法少女♡ののりん」の初ライブがやってきた。


 とはいっても、ワンマンではない。五組のアイドルが競演する対バンライブだ。

 ショボイと思ったが、地方ゆえにこの規模でも、ライブチャンスは貴重なのだ。


 野乃花の地元はライブ会場が少なく、地下アイドルファンは大都市へ遠征してしまう。ようやく地元で開催されるイベントに、ナイト先輩がツテを使ってなんとかねじ込んでもらえたのだ。



 会場は駅から徒歩十分の小汚いライブハウス。キャパは五十人も入ればいい方だ。持ち時間はライブ十分、物販一時間。

 デビューライブにも関わらず、悲惨な扱いだと野乃花は嘆いていた。


(ここまで酷いの?)


 正直ガッカリだ。だが日々現れては消える地下アイドル界において、デビューは大ごとであると同時に“いつものこと”でもある。特別感は薄い。


 本当ならSNSで宣伝し、ある程度ファンを獲得してからデビューするのだが、素人高校生が手掛けているため、そんなことは一切なし。

 一応モブ先輩がオタ仲間を連れてきてくれるらしいが、好調な滑りだしとはいえなかった。



 そんなだから、もちろん楽屋も最悪。狭くてかび臭い部屋に、女子がひしめいていた。空気はスッパイし、なんだか殺伐としている。

 彼女らの様子を見て、野乃花は「売れてないくせに態度だけは大物気取りだな」と思った。


 変身シーンを見られるのは嫌なので、野乃花はトイレで着替えることにした。

 改めて魔法少女姿を恥ずかしく思ったが、ここには自分以上に恥ずかしいコスチュームを着る女子がたくさんいる。むしろ自分が地味に見えて、野乃花はおかしな気分になった。



 ここで一番大事な補足をしよう。野乃花は自分のことを「普通にカワイイ」と思っていた。だが野乃花にとっての「普通」のラインはかなり高く、世間一般ではほんの一握りの美形と自分が同等だと思っていた。


 加えて野乃花は「私は一流の芸能事務所にスカウトされて当然。ただ地方在住だし、私にやる気がないから応募とかしないだけ」とも思っていた。


 つまり野乃花は、ナチュラルに自意識が高かったのである。だからここにいる女子全員より自分が一番カワイイと思っていた。


 だから野乃花は自分がまるでVIPにでもなった気でいた。下賤なブスの歌と踊りを堪能しようという心づもりである。



 野乃花は舞台袖にやってきた。

 これまで部活で何度も舞台に上がったが、地下アイドルのライブは初めてだ。だから野乃花は自分の順番が来るまで、他アイドルのライブを見ていた。


 その時の舞台には、安っぽいコスプレみたいなメイド服を着た、明らかに可愛くない女子が五人登壇していた。

 歌は下手だし、ステップも拙い。見ているうちに、野乃花は笑いがこみあげてきた。


(こんな出来で、よく人前に出られるわね。心臓が鉄どころか石でできてるんじゃないかしら)


 しかし客席を見て驚いた。数十人の男たちがペンライトを振り、声いっぱいにコールし、よくわからないダンスを踊っている。


(なんでこんな低レベルなダンスで、ここまで熱狂できるの?)

 野乃花は純粋に不思議だった。しかし会場は熱狂の嵐。野乃花は四番目なのだが、前の三組の舞台は大いに盛り上がっていた。



 興奮が冷めやらぬ中、満を持して野乃花の番がやってきた。


「どーもー! ののりんだよー♡ 今日はよろしくねー♡」

 登場と同時に一曲目。ダンスは完璧だし、歌もそれなりに上手い。ミス一つなく、モブ先輩考案の挨拶口上もしっかり言えた。

 何より素材が可愛いので、野乃花の舞台は本日最高潮に盛り上がると思っていた。


 しかし会場は明らかにトーンダウンしていた。中にはペンライトでそれなりに応援してくれる人もいたが、お情けで振ってやっているといった感じだ。まったく熱意がない。

 唯一激しくペンライトを振ってくれる人がいたが、まさかのモブ先輩だった。仲間数人と一緒に野乃花を応援している。あとなぜか、宗介までいた。


 お通夜状態で知り合いの顔を見れて、ありがたいやらみすぼらしいやら。悲しいやら腹立たしいやら。色んな感情が押し寄せてきて、野乃花は泣きたくなった。


(あんな低レベルな子たちに負けるなんて信じられない!)

 そう思う野乃花だったが、終演後の合同物販会で、惨めな思いはさらに加速した。



 そもそも高校生であるため、野乃花の運営は大したグッズを用意できない。モブ先輩が協力してくれたので、チェキ券と生写真だけの販売となった。


 チェキ券は一枚千円。撮影後に一分間の持ち時間があり、おしゃべりとサインを楽しめる趣向だ。物販時間は六十分なので、最大六十人が撮影可能。金額にして最大六万円が稼げる。高校生にしては巨大すぎる金額に、野乃花はボロイ商売だと思った。


 だが、ののりんの前には誰も並ばない。他のアイドルはチェキ待ちの列ができているのに、野乃花の前には列すらない。無人。

 モブ先輩や仲間が数回並んでくれて、今回ファンになってくれた人やデビュー記念に撮影してくれた人もいたが、それでも全部で十二人だった。しかも、うち七回はモブ先輩が並んだものだ。


 こうして「魔法少女♡ののりん」のファーストライブは終わった。


    ×    ×    ×


 落胆しながらの帰り道、ナイト先輩はテンション高めに褒めてくれた。

「いやー、よかったよ今日のライブ。初にしては上出来だな☆」


 野乃花は「はぁ」と気のない返事をした。


「ののりんのSNSファンは東京勢ばかりだし、いつか遠征しようぜ。な☆」

「はい……」

「あ、そうだ。少ないけど、今日の報酬を渡しておくな☆」

「ありがとうございますぅ……」


 ナイト先輩は野乃花に五百円を渡した。

 受け取った野乃花は、思わずナイト先輩と五百円を交互に二度見した。


「いやー、会場費とか結構徴収されてさ。ファンが増えたらもっと払えるから、これからも頑張ろうな☆」

 ナイト先輩は恥ずかしそうに頭をかいた。


「じゃ、俺こっちだから。お疲れ☆」

 そういって、ナイト先輩は颯爽と去ってしまった。



 野乃花は手の中の五百円玉を見つめた。往復のバスとペットボトルのお茶を買ったら、消えてしまう程度のお金。むしろ消費税とか考えると、収支はマイナスだ。


 骨折り損のくたびれ儲け、いや恥と惨めさも儲けただろうか。野乃花は惨めすぎて消えたくなった。



 今は誰にも会いたくないので、野乃花はこっそり帰宅した。幸い宗介はドルオタ仲間とライブ後の打ち上げに行ってるので、会わずに済んだ。ポロンと召喚獣は一緒に候補者探しに行かせたので、今日は顔を合わせなくていいだろう。完璧な計画だ。


「ただいまー……げ」


 安心して家に入った野乃花は、玄関でママの靴を見つけた。

(うわ。今は会いたくないな)


 玄関から真っ直ぐ自室に籠ろうか。そう思いながら靴を脱いでいると、リビングからママの声がした。


「おかえり野乃花。ちょっとこっちに来なさい」


 ママの声はいつもより落ち着いていた。それがどうしてか、嫌な予感がする。

 野乃花は覚悟を決めて、リビングへ向かった。


 案の定、ダイニングテーブルにはママが背筋を伸ばして座っていた。いつもママが説教する時の姿勢だ。


(やだ、私何かしたっけ?)

 野乃花は大人しく向かいの席についた。


 場の空気は凛としていて、痛いほどだ。野乃花が姿勢を正すと、ママは深いため息をついた。


「今日野乃花の部屋を掃除してたら、これが出てきたんだけど」

 ママは一枚の紙を差し出した。先週末にあった小テストの答案用紙。十点満点中、野乃花は二点だった。


「説明してくれる?」

 ママは今までと同じ調子で尋ねた。


「これは今学期の理解度を図るためのテストで、成績評価の対象外です。先生から『各自弱点を把握して次のテストに備えるように』との指示を受けています」

「そう。じゃあこれもなのね?」


 ママは他の答案用紙を出した。どれもが平均点以下で、最高得点は三十点。しかもアイドルライブの練習があった二週間前のテストからは、さらに成績がガクッと下がっていた。


「ママが見る限り、反省が活かせてないようだけど」

「……すみません」

「そろそろ一学期の中間テストじゃない。勉強してるの?」

「これから頑張ります」

「これから?」


 ママは声を張り上げた。

「受験が終わったから多少は大目に見ようと思ってたけどのに、まだお花畑気分が抜けてないのね。自学自習できないなら、また塾に通いなさい」


 塾という言葉を聞いて、野乃花の脳裏に地獄の日々が蘇った。

 一日十二時間勉強……合宿という名のカンヅメ……講師の「お前たちのためを思ってしごいてるんだ」口撃……メンタルを削られる日々を思い出し、野乃花はゾッとした。


「それだけはどうかご勘弁を!」

「じゃあちゃんと勉強できるの?」

「できます。いや、やらせてください!」

「そう。じゃあ楽しみにしてるわね」

「はい!」

「その代わり、中間テストで一つでも赤点があったら塾だから」

「……」

 こうして野乃花の日常に、またもや面倒ごとが追加されてしまった。

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