第11話 メンタルブレイク5秒前! ~死相が出ても笑顔は辞めない♡~
翌日から初ライブに向けてのダンスレッスンが始まった。
なぜか部活動の一環と認められたため、部室で踊り狂う日々が続いた。
普通に考えて、無茶なスケジュールだ。デビュー直後に初ライブを行うにしても、デビュー前に何か月も準備を行うものである。
だが野乃花は元ダンス部。実はかなりダンスが得意だったりする。
しかし中学はブレイクダンスが主体だったため、これまでの経験が活かせない。あまりにもグルングルン回るので、中二の時、後輩から「ピアォンジマォンの野乃花」と呼ばれていた。だがアイドルライブでは、ご自慢のピアォンジマォンをお披露目する機会がない。
むしろライブでは可愛さがすべて。ダンス経験のおかげで振付はすぐに覚えられたが、ブレイクダンスとは違うアイドル特有の可愛い動きに、身体が馴染まず四苦八苦していた。
一時は情熱を傾けたダンスだが、高校生となった今、野乃花はその頑張りすべてが黒歴史だと思っていた。素直で可愛い女の子になるため、熱血とか汗臭い世界は決別したのだ。
これも全部ナイト先輩との素敵な恋物語を描くため。先輩の好みから逸脱した暑苦しい行為は絶対にしないと決めたのだ。
(それなのに、まさかナイト先輩のためにダンス部の経験が活きるなんてね!)
野乃花はそう思いながら練習を重ねていた。
(ていうか、いつの間に曲なんて作ったのよ!)
実は野乃花には、すでに持ち歌が二曲あった。いつの間にかナイト先輩が発注していて、モブ先輩が高速で作詞作曲してくれたのだとか。
どちらの曲も、脳が蕩けだしそうなほどに甘い、スイーツ全開な電波ソングだ。そんな曲の歌とダンスを、ライブまでに両方マスターしなければならない。
これは野乃花にとってツライことだった。だができなくもないことだった。
野乃花は日々のモテ活動(メイク研究や美ボディメイク運動)に加えて、歌とダンス練習まで行う羽目になった。
本来ならモテ活動を削るべきだろう。しかし美を怠ったら、先輩の心が離れてしまう。だから真っ先に睡眠時間が削られることとなった。
ライブ一週間前には、目のクマや身体的疲労が消えず、野乃花はいつもどんよりした顔をしていた。
ただ、正直これだけならいい。まだ何とかできる。
これらに加えての魔法少女活動が、野乃花をひどく消耗させた。
今週に限って、なぜか毎日に悪の組織が襲ってきた。
ウザいことこの上ない。まあ敵を殴ればストレスが解消できるので、まったくメリットがないともいえない。
だが、ただでさえ少ない野乃花の体力がゴリゴリ削られていく。
今の生活を維持するためには、休める時に休むしかない。
よって野乃花は毎日授業中に寝落ちしていた。もちろん意図的に寝たわけではない。ただ自然と瞼が重くなり、意識が夢の中へ吸い込まれてしまうのだ。こればかりは、意志の力ではどうにもできなかった。
今の生活を見直さなければならない。
今取り組んでいることに優先順位を付けた時、一位が先輩との時間、二位がモテ活動、三位が睡眠時間となった。
勉強の優先順位はかなり下だが、これ以上の遅れはマズイ。
真っ先に切りたいのが「魔法少女活動」だが、不快なことにこのタスクは突発的にねじ込まれる。自分的には放置したくても、ポロンが騒ぐので対処せざるを得ないのだ。一応契約してるので、見殺しにできないのが痛いところだ。
「ペナルティがなければ敵なんて無視すればいい」
読者諸君はこう思うだろう。実際野乃花もそう思っていた。
だが邪悪なる宗介にそそのかされたのか、明確な悪意があるのか、ポロンが“告げ口”を覚えてしまったのだ。
何かあれば、ポロンはすぐにナイト先輩に「助けてほしい」とおねだりする。それでも野乃花が折れない時は「猥褻物の意味を教えて」と、ナイト先輩に聞かれたくないことばかりチクるようになったのだ。だからのっぴきならない事情でもない限り、ポロンをないがしろにできなかった。
毎朝鏡を見るうちに、どんどん顔色が悪くなる。今日なんか死相が見えるようだ。
「辞めよう」
野乃花の口からポロリと言葉がこぼれた。
耳で声として認識して初めて、野乃花は辞めたいんだと気づいた。
もはや限界だった。
今日は平日なので、のんびり話す時間はない。でも今日は遅刻してでも話さなきゃいけない。
そんな思いで、野乃花はポロンの前に正座した。
突然の正座にポロンはギョッとしていたが、野乃花は構わず頭を下げた。
「もう限界です。魔法少女を辞めさせてください」
「でも、そうしたら先輩とのビジネスも辞めることになるポロンよ?」
「それでいいです。というか、それがいい。もう何もかも捨てて、呪縛から解放されたい。フヒ、フヒヒヒ……」
イっちゃった目かつ真顔で笑う野乃花は、誰が見ても不気味だった。
「野乃花、相当限界ポロンね」
本当に追い詰められたと悟ったポロンは、難しい顔で考え始めた。
いつもならにべもなく断るのだが、今の野乃花に「無理」と言ったら、ナイフでズタズタにされかねない。それほどに限界が近いとポロンは思っていた。
「野乃花の代わりがいれば、契約解除を考えるポロン」
「本当に!」
野乃花の疲れ切った顔がパアッと輝いた。
「でも野乃花ほどのパッションと資質を持つ子は珍しいポロン。すぐ見つかるとは思えないポロン」
「それでもいい、とにかくお願い!」
ポロンは不服そうだったが、代理探しに協力してくれることになった。野乃花はようやく救いが見えた気がした。
さて肝心の代理候補の探し方だが、野乃花には魔法少女に必須のパッションが見えない。だからポロンが探すことになる。
ポロンの波長に合う人物に限られるので、適合者を探すだけでもかなりの時間が予想された。だが野乃花の背に腹は代えられない。
ひとまず授業中やレッスン中など、野乃花が動けない時間にポロンが校内の生徒を吟味することになった。
「なんでうちの学校限定なのよ。もっと広範囲から探したら?」
「いつ悪の組織がぼくを襲ってくるかわからないポロン。校内なら野乃花もすぐに対応できるポロンよね」
「でもどうやって私が、あんたの危機を察知するっていうのよ」
「そうだ、これを渡しておくポロン」
ポロンは腕時計を手渡した。ド派手なピンク色で、メルヘンチックな雰囲気。作りも安っぽくて、百均の女児玩具といった感じだった。
「こんなん恥ずかしくて付けてられるか!」
「でもこれがあればぼくとお話しできるだけでなく、一人で魔法少女に変身できるポロンよ」
「え、超便利じゃない」
「それに残りの魔力量チェックやバイタルチェック、録音や歩数計機能だけでなく、消費カロリーやダイエットアドバイスもできるポロン!」
「めっちゃ便利だけど、後半の機能要る?」
「それに、召喚獣の遠隔操作もできるポロン。お得ポロンよ~!」
「いやいや……って、遠隔操作?」
詳しく聞けば、召喚獣を呼び出しておけば、変身を解いた状態でも消えず、思いのままに操作できるとのこと。本来は敵の探索や、召喚獣に乗って移動する時など長距離移動用に使うらしい。この腕時計は魔法グッズなので、魔力を注げる(常に肌に直で触れる)状態であれば、いつでも使えるそうだ。
「そんな便利なものがあるなら、早く渡しなさいよ」
「忘れてたポロン♡」
ポロンはわざとらしく舌を出してドジっ子アピールをした。
「じゃあさ。今のうちに召喚獣を出して待機させておけば、私が駆け付ける必要ないよね?」
「でもたくさん魔力を使っちゃうし、変身する魔力がなくなるポロンよ?」
「召喚獣がいれば十分でしょ。本当に困った時は、萌音がなんとかするだろうし」
「そうポロンが……」
「そうと決まれば、変身!」
野乃花は勝手に魔法少女に変身した。そして召喚獣を呼び出した。そう、ナイト先輩そっくりなマッチョ男を。
野乃花はすぐに変身を解いたが、召喚獣はそのまま場に残り続けた。
「おお、いいわねコレ。準備もバッチリ!」
「でも野乃花、どこに待機させるポロン?」
「あ……」
こうして野乃花は自室に召喚獣を残したまま、登校する羽目になった。家族に見つかった時のダメージは甚大だが、致し方ない。それもこれも魔法少女を卒業するため──!
× × ×
さて、召喚獣を待機させた感想だが、一言でいえば「ステータスが常に毒状態」であった。
じりじりと体力を削られる様子は、まさに状態異常。疲れやすいので、ちょっとした運動でもすぐに息が切れる。
いっそ倒れて保健室に運ばれたら楽なのだが、三日もすれば「少しダルイ」くらいの感じで慣れてしまった。
この間に発見したことだが、召喚獣を常に体育座りさせれば消費魔力が少ないらしい。絵面はシュールだが、コスパは最高だ。
思ったよりも召喚獣を呼ぶ機会は少なかったが、待機させることは精神衛生上とても良かった。
敵が出たら腕時計がバイブするので、少し操作して「自動戦闘モード」に切り替えるだけ。あとはすべて召喚獣に丸投げできるので、野乃花は何もしなくてオーケー。授業中も思う存分寝れるのだ。
さらに毎回変身しなくていいので、痴態を誰かに見られたりバレたりする心配がない。
(もういっそ、常にアイツに任せといたらいいじゃない!)
最初はちゃんと敵が倒せるか心配だった。ポロン曰く、召喚獣が負けると野乃花に救援要請が入るらしい。しかし召喚獣がよほど強いのか敵がよほど弱いのか、今まで一度も連絡が入ったことはない。
ポロンは「野乃花が経験値を受け取れない」などと心配していたが、代わりに召喚獣がレベルアップするので問題ない。それに常に召喚しっぱなしなので、野乃花は普通に暮らすだけで、多少の経験値を得ることができた。倒した時ほど大幅に経験値は得られないが、どうせすぐ辞めるんだし考えるだけ無駄だ。
そんな感じで楽を覚えた野乃花だが、生活は決して楽ではなかった。
ポロンの決死の捜索にも関わらず代理は見つからないし、初ライブが迫っている。オートモードに慣れた頃からダンスレッスンは過酷になり、死相が深刻になっていく。
そんな中、ついに初ライブの日が訪れてしまった。