第10話 野乃花♡地下アイドル計画始動! ~私は女優だから最後まで演じ切ってみせる~
自宅までの帰り道で、野乃花は盛大に後悔していた。
(なんでこんなことになったのよ!)
ナイト先輩とは恋人ではなくビジネスパートナーになるし、(義妹予定の)萌音との仲は最悪になるし。他にも先輩の実家訪問、ママさんとのご対面などなど、今日は色んなことがありすぎた。
(今後のことを考えたら、萌音とは媚び売ってでも仲良くしなきゃいけなかったのよ。それなのに、なんであんな感じになっちゃったんだろう!)
野乃花は何度も反省したが、結局「萌音やボロロンとは合わない」という結論に至った。
だから今後は萌音をアテにせず、自力でナイト先輩との関係を深めていくしかない。
まあ、結局は「これまで通り」に落ち着き、何も変わっていないのだが。
野乃花にとって今一番の懸念材料は「地下アイドル活動」だ。先輩の顔面が良すぎて思わずオーケーしてしまったが、本当はやりたくない。能力や時間などの物理的な問題ではなく、野乃花の気持ちとして「やりたくない」のだ。
だが共同作業を通じることで、先輩との距離を一気に縮められる秘策でもある。もし断ったら、先輩と同じだけ距離を縮めるのに数か月はかかるだろう。
(やるだけやって、早々に先輩が諦めてくれればいいんだけど)
こうなったら一番無難なのは、売れないことだ。ナイト先輩が失敗するのは残念だが、努力した上で売れないなら諦めがつくだろう。お客様はコントロールできないし、先輩なら失敗からも何かを学びとってくれるはずだ。
だから「自分は手を抜かず、先輩を全力で応援した上で、それでも『ダメでしたねぇ♡』に持っていくのがベスト」と至ったのだ。
「でもそのためには、ある程度は舞台に上がらないといけないんだよなー。ああ、憂鬱」
「何が憂鬱でござるか?」
「!」
下を向いて歩いていた野乃花が視線を上げると、目の前に宗介がいた。
(こんなに至近距離まで気づかなかったなんて! まずい、突っ込まれる!)
野乃花は平然を装った。
「べ、別に。盗み聞きなんてキモイわね」
「そんなにデカい独り言を聞かされて、勝手でござるな」
野乃花は話題を変えることにした。
「いま帰り? 遅くない?」
「体験入部してきたでござる」
「へえ。特進科なのに部活する余裕あるんだ」
桜高の特進科は進学ガチ勢が多いため、ほとんどの生徒は部活に入らない。だから野乃花は意外に思った。
「実は同好の士が創設した部活があるでござるよ」
「へえ。あんたと趣味が合うなんて、よっぽど物好きね。どうせ二次元美少女でも追っかけるんでしょ」
「そういえば、魔法少女活動は順調でござるか?」
(やばい、墓穴掘った!)
野乃花はさらに話題を変えようと思ったが、宗介がグイグイ聞いてくる。
「新しい魔法は増えたでござるか? 新しい敵の幹部と遭遇してないでござるか? ああ、久しぶりにポロン殿に会いたいでござるね」
ポロンは緊張して疲れたのか、今は鞄の中でぐっすりだ。出てこなくてよかったと、野乃花は安堵した。
「あのねぇ。部外者は引っ込んでてくれる? アンタに話しても、こっちには何もメリットがないのよ」
野乃花が強めに釘を刺したので、ウキウキの宗介も見るからにムッとした。
「そういう言い方はないでござるよ」
「でもそうでしょ。頭がいい宗介クンなら正論だってご理解いただけるでしょ」
野乃花はビシッと指を突きつけた。
「人に指をさすのもよくないでござる」
「はいはい。そうやって人の揚げ足取りして生きてなさいよ」
「……野乃花にメリットがあれば、拙者にも話してもらえるのでござるな?」
「あればね」
「わかったでござる。拙者、野乃花の力になるでござるよ」
「はいはい。期待しないで待ってるわ。口だけボーイくん」
野乃花は颯爽と立ち去った。残された宗介は、ただ立ち尽くすばかり。
「見てるでござる。拙者、野乃花のためなら何でもするでござるよ」
宗介の中で、静かに闘志が燃え始めていた。
× × ×
翌日。悪い方面といい方面で、野乃花の期待を裏切る事態が二つ発生した。
悪い裏切りは、宗介が野乃花と同じアイドル研究会に入部したこと。
宗介のいう同好の士とは、モブ先輩のことだったのだ。もう一人の部員は不登校なので、現在のメンバーは野乃花・ナイト先輩・モブ先輩・宗介という、なんとも気まずい感じになってしまった。
いい裏切りは、ナイト先輩との距離がグッと近くなったこと。
先輩は部室で野乃花に会うなり、いきなり抱きついてきた。
「やったぞ、野乃花。最高だよ!」
突然のハグ。相当先だと思っていた「祝♡初ハグ」をあっさり達成してしまった。
先輩の体温と匂いを間近に感じ、野乃花の脳はキャパオーバー。脳から湯気が噴出しそうだ。
(先輩、超いい匂いする♡)
そんな感じで蕩けている野乃花を、宗介は不信な眼差しで見つめていた。この視線さえなければ最高なのだが。水を差してきて、本当に感じが悪い。
ナイト先輩は新入部員の加入にも野乃花の反応にも構わず、自分のスマホ画面を見せた。
「これ見てくれよ!☆」
角がバキバキに割れてることにも驚いたが、その内容に野乃花は目玉が飛び出そうになった。
画面に、魔法少女姿の野乃花の画像がデカデカと掲載されていたのだ。
「ふわぁ、なんですかこれぇ♡」
野乃花はスマホを奪い取り、サイト全体を確認した。
それは地下アイドル「魔法少女♡ののりん」のサイトだった。
素人が作ったとわかるクオリティだが、新着情報に活動記録、プロフィールにお問い合わせフォームまで。ホームページに必要な情報はすべて網羅されていた。内容は先輩が適当に作ったのか、ドルオタが好きそうな感じに仕上がっていた。
もちろん野乃花の素性はない。変身後は雰囲気が変わっているので、知り合いでもない限り、このサイトから野乃花は特定できないだろう。
しかし顔はモザイクなしのもろ出し。世界中の誰もが閲覧できるネット上に、魔法少女姿をガッツリ晒されてしまったのである。
(ちょっと待って。この写真、いつ撮ったの?)
画像集を見ると、背景に古ぼけた鳥居が見切れていた。
(あ、あの時!)
これは昨日、先輩の前で戦った時に撮られたに違いない。そういえば、先輩はスマホ片手に野乃花の戦闘シーンを見ていた。
悲しいかな、戦闘シーンが「激しくダンスしている」感じに写り、写真に迫力を与えている。いい感じにトリミングしたせいで、ろくな写真じゃないのにしっかりとポートレート写真に仕上がっていた。
「昨日あれから作ったんだよ☆」
「僕も手伝ったんだよ」
モブ先輩が控えに挙手した。
「あと見ろよ、この数字!☆」
ナイト先輩は野乃花からスマホを回収すると、別の画面を見せた。今度はSNSのトップページ。すでに二千人がフォローしていた。
(マジかよ、やべえな!)
野乃花は絶句した。
だが先輩はますます目を輝かせた。
「たった一日、いや半日でフォロワー数が二千を越えるなんてビックリだよ! 俺が見込んだ通り、野乃花は原石だ。いや、宝石以上だよ!☆」
「そんなぁ♡ 先輩が頑張ったおかげですよぉ♡」
熱く語るナイト先輩を見たら、野乃花は何も言えない。「勝手にサイト作るな」とか「こんな怪しいアイドル絶対に嫌だよ」とか、野乃花が怒りたかった。
しかし先輩の笑顔から発せられる神々しい光によって、すべての不満はかき消されてしまった。
「今月末にライブがあるから、今日から特訓しないとな!☆」
「えっ……。は、初耳なんですけどぉ♡」
一瞬素に戻る野乃花。今月末だと、あと二週間も残っていない。
野乃花は慌てて笑顔を取り繕うと、先輩も素敵な笑顔を向けてきた。
「昨日の深夜に申し込んだからな。まだ誰も知らない最新情報だぞ☆」
「あ、そうなんですねぇ……あははぁ♡」
一気に色んなことが起こりすぎて、野乃花は吐きそうだ。
先輩からそっと視線を逸らすと、モブ先輩は畏敬の眼差しで野乃花を眺め、宗介は小バカにしたようなニヤニヤ笑みでこちらを見ていた。
(宗介、後で殺す!)
乗り気なナイト先輩とテンションが上がったモブ先輩により、その日の部活動は野乃花の写真撮影会になった。
野乃花は第三者の前で魔法少女になるのは嫌だった。しかしモブ先輩がなぜか超高性能一眼レフカメラを持参していたこと、そして「撮影会の練習になるから」とナイト先輩が厳命したことにより、渋々宣伝用写真と生写真を撮影することになった。
不本意だが、ナイト先輩の指示なら仕方ない。野乃花は着替え(という名目で変身)して、モブ先輩に写真を撮られまくった。
さすがアイドル同好会を設立しただけあって、モブ先輩は写真を撮り慣れていた。ポーズ指示や「いいね」などの気分を上げる言葉が絶妙で、撮影は思ったより楽しかった。
その空気がナイト先輩にも伝わったのだろう。撮影中、ナイト先輩はモブ先輩にこう言った。
「さすがだな。野乃花の専属カメラマンにしてやろう」
「参ったな。もっといいカメラを用意しないと」
モブ先輩は少し困ったような顔で笑っていた。
その日は写真チェックとライブのスケジュールを確認して、部活は終了した。明日からダンスレッスンをするらしく、毎日ジャージを持ってくるように指示された。
野乃花は「はいですぅ♡」と素直に従っていたが、帰り道では表情筋が死んでいた。
「もう覚悟を決めるしかないわね」
こうなったら全力で取り組んで、それでもダメだと先輩に思い知らせるしかない。ナイト先輩からの好感度を考えれば、ビジネスは成功させた方がいい。しかしこの作戦は、野乃花の想像以上に心理的負担が大きすぎた。
「徹底的にやってやるわ!」
だがその覚悟は早々に折れることになった。