第1話 ドキ☆運命の出会い ~こうして少女は外面を磨く~
人は様々な理由で体面を取り繕う。恋愛のため、キャリアのため。プライドのため。いずれも己が欲を満たすために、人は外面を取り繕うのだ。
とめどない欲を満たすために、どこまで自分を偽れるか。これは綺麗な外面をフル活用し、願望実現に挑む少女たちの恥と根性の物語である。
こういえば大げさに思うかもしれない。しかし当事者にとっては、それほどに重大なことであるのだ。
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物語のはじまりは今年四月。佐倉野乃花が私立桜が丘高校に入学したことから始まる。
私立桜が丘高校──略して桜高──は、市内で三番目の進学校。微妙なポジションに思われるが、倍率は県内トップクラスの人気校だ。文武両道に力を入れる桜高、特進科は難関大入学者が続出。スポーツ科ではプロスポーツ選手を多数輩出し、化学部や文芸部ではノーベル賞にノミネートされた卒業生も多い。ジャンル問わず、卒業生は輝かしい功績を誇っているのだ。
そんな人気の学校に、野乃花もなんとか滑り込み入学できた。
だが野乃花にとって桜高の一番の魅力は、「ナイト先輩がいること」だった。
話は野乃花が中学三年生の夏にさかのぼる。
その日は高校のオープンキャンパスで、野乃花はしぶしぶ桜が丘高校を訪れていた。
実は当時の野乃花は学力が足りず、少し無理しないと入学できない状態だった。
本人的にはもう一つ下のランクの学校でいいのだが、ママは「絶対に桜が丘高校!」だと決めつけていたので、断ることができなかった。
個人的には家から徒歩五分の商業高校で簿記の資格でもとって、事務で緩く働きながら将来有望な旦那を見つけようと思っていた。
目指すは優雅な専業主婦ライフ。だから個人の自立を重んじる校風の桜高はノーサンキューであった。
五人一グループで、一人の生徒が校内を案内する。野乃花を担当したのは、いかにもがり勉といった感じのモサイ先輩。(通称:モブ先輩)その先輩の案内で、野乃花たちは校内を回っていた。
ちょうど半屋外の渡り廊下に差し掛かると、突如モブ先輩の側頭部にサッカーボールが当たった。何事かと一同が慌てていると、颯爽とその人はやってきた。
「ごめんごめん!」
「危険じゃないかナイトくん!」
近くにいた別の生徒が注意した。しかしナイトと呼ばれた生徒は困ったような笑顔を浮かべ、モブ先輩の頭を撫でた。
「大丈夫か?」
「うん平気」
「そっか。じゃあまたな」
傷がないか確認すると、ナイト先輩はサッカーボールを仲間に向けて蹴った。
去ろうとして、ナイト先輩は立ち止まった。
「入学後に会おうぜ、後輩諸君!」
ナイト先輩はグループに戻ると、また元のように狭いスペースで、サッカーに興じていた。
「君たちも、突然のボールには気を付けてね」
気を取り直して、モブ先輩は案内の続きを始めた。だが野乃花の心はその場に釘付けとなった。
(やばい。かっこいい)
そう。ナイト先輩は、少女漫画に出てくる爽やかヒーローのような、アイドル並みにカッコいいルックスだったのだ。
それから野乃花は努力した。
中三の夏に志望校のランクを上げるのは、野乃花が想像した以上に地獄だった。合格判定はC。正直微妙。桜高の人気を考えれば、まったく安全できない判定だった。
娘がやる気を出したので、母は喜んで塾に通わせてくれた。だが、この塾が地獄だった。
平日は二十二時まで勉強で、帰宅したら学校の宿題をする。寝るのはいつも三時近かったので、学校でも終日眠くてかなわない。
休日はもっと大変で、朝から晩まで勉強漬け。一日十六時間勉強。遊ぶどころか、寝る余裕すらない日々が続いた。
でもその苦労もすべて、憧れのナイト先輩と一緒の高校に通うため。野乃花はストレスで生理がとまったり血尿になりながらも、なんとか勉強地獄に耐えた。そして無事入学したのだ。
入学が決まってから、野乃花は女磨きを始めた。ティーン向けのファッション雑誌を読み漁り、SNSでトレンドを追いかけ、動画でメイクを学んだ。
男子に好かれる仕草を徹底的に学び、歩き方や仕草も強制した。
幸か不幸か、受験が終わる頃には十キロも痩せていた。標準体型から美容体型に早変わりした野乃花は、目鼻立ちがスッと通り、輪郭もスッキリした。腫れぼったい目が自然と二重になり、化粧なしでも華やいだ顔になった。
すべてはナイト先輩のための努力なのだが、図らずも野乃花は高校デビューすることになってしまった。
さて、桜が丘高校は成績がいい喪女からDQN風味なギャルまで、幅広い女子生徒が所属している。当然、男子たちの女を見る目も肥えているわけだが、野乃花はそんな中にあっても「今年入学した飛びきり可愛い子」に分類されていた。
だが、いくら男子がチヤホヤしても、野乃花の食指は動かない。すべてはナイト先輩への愛ゆえ。男子の称賛も、ナイト先輩と付き合うための踏み台に過ぎないのだ。
先輩と付き合う第一難関として、本人と顔見知りになる難しさがある。しかし学校案内で知り合ったモブ先輩がナイト先輩と友人であるため、あっさりとナイト先輩の情報が知れた。
ナイト先輩はスポーツ万能。成績はイマイチだけど、積極性と愛嬌でカバー。生徒会には属していないが、生徒会長より影響力がある人物。校外にファンクラブができるほどの、話題の人物だった。
一番気になるのは彼女の存在だが、現在はいないとのこと。ナイト先輩のタイプは「可愛くて守ってあげたくなるような子」らしい。「桜高 速水ナイト」で検索したらすぐにSNSアカウントが出てきたので、野乃花はアカウント開設当初まで遡ってチェックした。
SNSには歴代彼女の写真が載っており、野乃花は何度も激しい嫉妬に襲われた。しかしナイト先輩攻略の対策と傾向を知るには、歴代の顔ぶれを見るのが一番の早道だ。「過去問を振り返るのが、一番効率が良い勉強法」というのが、地獄の受験で野乃花が唯一「人生に役立つ」と思えた情報である。
全彼女を見た野乃花は、こう思った。
「ふーん。ナイト先輩って、地雷系が好きなんだ」
だから野乃花は決意した。徹底的に、先輩好みの女子を演じようと。
入学から一週間。ナイト先輩の事前調査を終えた野乃花は、アイドル研究会に入部した。
先輩男子が三名在籍しており、野乃花の入部をもって正式に部活動として認定されたような、弱小部である。
本当はオタクがブヒるだけの部活なのだが、仲良しのモブ先輩に協力しようと、ナイト先輩が加入した経緯がある。正反対な二人なのだが、なぜかナイト先輩はモブ先輩を慕っている。だからアイドルに興味ないが、ナイト先輩はちょくちょく部活に顔を出すと噂だ。
こんな弱小部かつナイト先輩と近づけるなら、女子部員が殺到するだろう。野乃花もそう思っていた。しかし他の男子二人がガチオタすぎて、生理的に受け付けない女子が多い。だから女子からは敬遠され、かなりの穴場となっていた。
野乃花も本当は嫌だったが、モブ先輩と知り合いだったのが大きな決め手となった。
モブ先輩は学校見学のことを覚えていて、折に触れて野乃花に良くしてくれた。過去問やノートを貸してくれたりと便利なので、野乃花はありがたく頼ることにした。
それにガチオタに引いて先輩を遠ざけるような女子とは一味違うことを、野乃花はナイト先輩に見せつけたかった。だから胸を張ってアイドル研究会に所属したのだ。
入部後、ナイト先輩と接するにあたり、野乃花は行動を改めた。努めてナイト先輩好みの女子を演じたのである。
まずメイクや髪型は地雷系にし、意味もなく「ふみゅ~」と言ったり語尾をだらしなく伸ばすようにした。
演じる身としては「こんな女子は嫌いだ」「軽蔑する」と思ったが、背に腹は代えられない。
野乃花は自分と戦い、常に「ナイト先輩の理想の女性」を演じられるようになった。野乃花は毎秒「自分に主演女優賞を与えたい!」と思うほどに、完璧に外面を使いこなしていた。
その甲斐あって、初日からナイト先輩との距離をグッと縮められた。他にアイドル研究会に入部した後輩はいないので、野乃花はどの新入生よりもナイト先輩の近くにいられる存在だろう。モブ先輩の知り合いというアドバンテージもあって、ナイト先輩も気さくに野乃花に話しかけてくれるようになった。
(なんだかとってもいい感じじゃない!)
野乃花は日々、手ごたえを感じていた。
だが、あと一歩。あと一歩後押しがあれば、ナイト先輩と付き合える。
今の関係は、まだ薄氷のように浅い。強すぎないけど強力な後押しが必要だ。その「後押し」が何であるかはわからないが、野乃花は虎視眈々とチャンスを待っていた。
ある日、ナイト先輩が先に部活から帰ろうとした。だから野乃花は思い切って声をかけた。
「せんぱぁい。一緒に帰りませんかぁ?」
「いいね。一緒に帰ろう☆」
(いよっしゃあーーー!)
今日はナイト先輩の下校時間を独占できるだけでなく、堂々と隣を歩ける! しかも他の女子にナイト先輩を見せびらかすことができるのだ。
後から「あの女子は誰!」と、他の女子から恨まれるに違いない。しかし「先輩が」野乃花と一緒に帰ることを選んだ。だからちっとも野乃花は痛くない。むしろ妬むばかりで行動できない女子に、何歩も差を付けられるのだ。快感でしかない。
案の定、正門を出るまで、校内の女子の視線を独占した。
美形男子に見とれる熱っぽい視線。
隣の女子を僻む重苦しい視線。
色んな視線を感じたが、どれもこれも野乃花には全部関係ない。野乃花には、ナイト先輩しか見えていなかったのだから。
中途半端な時間に帰ったので、いつも騒がしい通学路が、今日は静かだった。もう少し早かったら帰宅部と一緒になったし、もう少し遅かったら運動部の下校ラッシュに巻き込まれただろう。他に会話を聞く人もいないので、野乃花たちは色んなことを話した。
「俺、将来はビッグになりたいんだよね☆」
「はひゅうぅ~素敵ですぅ! もう夢とか決まってるんですかぁ?」
「ビジョンはまだ見えてないけど、オトンみたいに誰もやったことがない新ビジネスでガッツリ稼ぐつもりなんだ。だから色んなことに挑戦して、自分磨きをしているところかな☆」
「スゴイですぅ!」
そんな先の未来まで見据えて生きていることに、野乃花は惚れ直した。
自分は「将来有望な旦那を見つけて楽な暮らしをする」としか考えていない。旦那候補と出会うための努力はしているが、ナイト先輩は自分よりもはるかに視座の高い、高尚で困難な目標に向かってチャレンジしている。
若いうちから努力を惜しまない姿勢とビジョンの大きさ、そして将来性に野乃花はウットリするのだった。そしてその隣には、自分がいる未来しか見えなかった。
(やっぱりナイト先輩いいなぁ。結婚したいなぁ)
そんな風に、野乃花は熱っぽい目で先輩を見る。ナイト先輩は熱っぽい目で、将来の夢を語る。だから周囲が不思議なくらい静かなことに、二人とも気がつかなかった。
二人の帰り道だが、校門を出て、駅まで徒歩で十五分。
ナイト先輩は駅前の大通りへ出たら、別の方向に向かう。野乃花はそのまま駅に行き、バスに乗る。
校門から大通りまでは約十分だが、裏参道から入って神社の表参道へ抜けると、大通りまでショートカットできる。
帰宅ラッシュ中は神社も騒がしいのだが、今の時間は静かだ。境内に入っても、誰もいない。虫や鳥の声すらなく、不自然なほどに静かだった。
(断然チャペルウエディングだけど、神前式もいいわね)
野乃花は神社を見ながら、そんなことを考えていた。人気のない神社。愛し合う二人。この時間が、ずっと続けばいい。野乃花はそんなことを吞気に考えていた。
だが静寂を破るように、キンキンのアニメ声で叫ぶのが聞こえた。
「助けてポロン~!」
「何か聞こえた?☆」
「えぇ~怖いですぅ♡」
ナイト先輩も野乃花も、周囲を見回す。しかし誰の姿もない。
「なんだ、今の?☆」
「野乃花怖~いぃ!♡」
どさくさに紛れて、野乃花はナイト先輩の二の腕に抱き着いた。
(よっしゃー!)
内心、野乃花は野太い声で歓声を上げていた。だが喜びはそう長く続かない。目の前に、突如毛玉が舞い降りたからだ。
最初、それは桜の花びらに見えた。しかし桜はとっくに散っているし、花びらにしてはサイズが大きい。よく見ると、手のひらサイズの白い毛玉が、うっすらとピンク色に発光していた。
しばらくの間、その毛玉はくらげが舞うように空中を漂っている。
(何コレ。なんだかケサランパサランみたい)
野乃花は、先日SNSで流れてきたショート動画のことを思い出した。
「うわっ、これアレじゃないか? ほら、あの、なんだかよくわかんないアレ☆」
なんとなくナイト先輩の言いたいことはわかる。
(同時に同じことを考えるなんて、運命ね!)
野乃花は嬉しくなった。しかしここでさりげなくフォローするのが、内助の功というもの。野乃花はさりげなく答えを伝えることにした。
「野乃花も見ましたぁ。確かぁ、ケサランなんとかっていうやつですよねぇ」
「そう、ケサラン“サ”サラン!☆」
間違っている。しかも微妙な間違いなので指摘しづらい。かといって放置したら、ナイト先輩が馬鹿に見えてしまう。だから野乃花は自分が聞き違えたことに脳内補完して、さりげなく「あっそうだぁ♡ ケサランパサランですねぇ♡」と正解を伝えておいた。
そんな風に二人がはしゃいでいると、毛玉は二人の一メートル手前の空中で急に止まった。そしてクルンと空中で一回転した。
すると毛玉がみるみる膨らみ、手のひらサイズのテディベアへと変化した。毛玉と同じく薄いピンク色で、目が宝石のようにキラキラ輝いていた。
「ポロン!」
テディベア姿になった毛玉が鳴いた。突然の出来事に、二人は声を失った。もし野乃花が通常モードだったら、無視して去るだろう。しかし毛玉は、いかにも地雷系女子が好きそうな風貌をしている。絶賛猫かぶりモードの今、触れないわけにはいかない。
「か、カワイイぃ~!」
「すごいな。なんたらマップかな?☆」
ナイト先輩は興奮して野乃花に話しかけた。漠然としすぎているが、多分プロジェクションマッピングと言いたいのだろう。だから野乃花は「こんなところでプロジェクションマッピングが見られるなんて最高ですねぇ♡」と褒めておいた。
だが内心は、得体の知れない毛玉に消えてほしいと思っていた。せっかく先輩と帰っているのに、二人の時間を邪魔されるのは許されない。「さっさと消えろや、毛玉野郎」と内心で毒づいていた。
そんな野乃花の心境を知ってか知らずか、毛玉は野乃花に近づいてきた。
「こ、こんにちはぁクマさん♡」
野乃花は精一杯の作り笑いを浮かべた。
「こんにちはポロン」
本来なら「クマさんが喋ったー♡」となるところだろうが、さっき思いっきり喋っていたので今さら触れにくい。野乃花は危うく素に戻るところだったが、なんとかリカバリーできた。
だがその合間を縫われて、野乃花は毛玉のさらなる発言を許してしまった。
「ぼく、お姉さんにお願いがあるポロン」
毛玉は目を潤ませながら、じっと野乃花を見ている。野乃花はなんだか嫌な予感がした。自分を弱者だと知っている者が使う手法だ。絶対に面倒な事態になると悟った。
だがそう思った頃にはもう遅かった。先輩が興味本位で尋ねてしまったのだ。
「どうしたんだい?☆」
まずい。野乃花が止めようとしたが、毛玉が先に話し始めてしまった。
「お姉さんに、魔法少女になってほしいポロン!」
「えぇ!♡」