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地下鉄~ある女性の記録~

作者: 梅干 茶子

地下へ降りていく階段というのは、例え明るい日差しがあろうと、何故だか不気味に感じるものだと思う。


今日も出勤の時間だ。

いつもの駅に向かうために、私は地下道へ降りていく。


コツコツと、自分のヒールの音がやけに大きく響く。


私はため息を吐いた。


―――だから休日出勤は嫌なのよ。


平日であれば、人の多い駅だ。

だが、休日ともなれば人は殆ど居ない。


今日みたいに人のいない日も、珍しくはない。


1人だけで降りる、長い階段。

なにか、得体の知れないモノに引きずり込まれそうだ。


勿論それが気のせいなのは、分かってはいるんだけれど・・・。



「不気味なものは、不気味よね」



誰も居ないのを良い事に、声に出してみる。


小さな声だったのに、誰も居ない階段の壁にやたらと反響してしまって、それがまた怖さを助長させた。



―――まるで、世界で一人きりのような、恐怖。



誰でもいいから、人影を見たい。強くそう思った。









コツコツ、コツコツ。

下の道、なんだか今日はやけに暗く感じる。

照明は24時間ついている地下道の筈なのに。


ああ、あれか。

明るい所から暗い所に来ると、急に視界が暗く感じるようになるやつ。

夜、部屋の明かりを暗くしてから、トイレの電気付けて用を足して戻って来ると、部屋が真っ暗になる、なんて経験は無いだろうか。

よく足をぶつけるから、そんな例えを思い出してしまった。なんて下品な。


本当なら、トンネルに入るといきなり視界が悪くなる、とかの方が分かりやすいんだろうけど。




あれ、でも、おかしい気がする。

私は暗い階段を抜けてきたはず。

だとしたら、照明の明かりは明るく感じる筈ではないだろうか。

でも、暗いのだ。


天井を見るけれど、蛍光灯が切れている場所は・・・無さそうだ。

天井の所々で水が染み出しているような、黒い線が見える。

そんなのが見えるなら、明るく感じても良い筈なのに。


私は、目をこすった。

別に回復しなかった。


結局、薄暗く感じる地下道を進むしかなかった。



  ピーーン ――・・・  コーーン ――・・・



遠くに聞こえていた駅の改札の音が、少しづつ近くなってきた。



―――どうか、どうか人が居ますように。



何故だかとても心細くなって、祈りながら進む。

できれば普通の人を、見たい。

変な人じゃなくて。親子連れとか。



さっき遠くで子供の無く声と、それをなだめる親の声がかすかに聞こえていたから、きっとこの先に居る筈なのだ。



早く会いたい。

なんだか今日は息苦しくて、恐怖はどんどん増してくる。



私に安心を届けて欲しい。



目の前に改札が見えてきた。

私はカバンから定期入れを取り出した。


誰も居ない。

子連れはもう、下のホームに降りたのだろうか。

きっとそうに違いない。


大丈夫、下に行けば誰かいる筈だから。


駅の改札は、機械だけで人が居ないから。

こんな所まで怖いと感じてしまうけれど。



  ピーーン ――・・・  コーーン ――・・・


「あれ?お姉さんどっからきたの?」




無人の改札の前で、急に声をかけられて、私は固まった。


前を見て、歩いていたのに。

視界に人影はなかったのに。


思わず左右に首を振るけど、やっぱり人影はない。


「お姉さん、下。下」

「・・・ふぇ?」


声と同時にスカートを引っ張る感覚があった。

そちらに視線を落とせば、紺色の帽子を深くかぶった子供が一人。

目元が見えないし、胸の凹凸がある年じゃなさそうだから、性別は不明。

でも直感では女の子じゃないかなと思う。


多分。髪が、おかっぱだし。


「え・・・と、お母さんを探してる、とか?」

「違うよ。お姉さんどっから来たの?って聞いてるの」


唇を付きだしたすごい不満げな顔をされた。

漫画でしか見たことないよ、こんなに見事に唇突き出したの。


「あ・・・えっと、あっち?」


私は自分が歩いてきた方向を指差した。

改札を正面に見て左手側。

そっち側に延びる長い地下道を歩いてきた。店も無い一本道。


ちょっと、暗い道。


「ふぅん・・・そう」


顎に手を当てて、探偵みたいな格好でその子は指差した方を見た。


「・・・変だな・・・」

「何が?」


私がその子がボソッと言った一言に返すと、その格好のまま顔だけこちらに向けてきた。


「本当に、こっち?」

「?・・・そうだけど・・・」


私も暗い道を見る。

普通に、毎日通っている道なのに。


何がそんなに不思議なのかわからずに、私は首をかしげてその子を見た。


その子は私に振り返って、にっこりと笑う。


「お姉さん、時間大丈夫?」

「え?・・・あ!!」


言われて携帯電話を取り出して、焦った。


電車の出発時間3分前だった。


「ご、ごめんね!一人で大丈夫!?」

「へーきへーき。慣れてるから。ほら、行かないと電車着ちゃうんじゃないの?」

「そ、そうね!ごめんね!?」

「はいはーい。お姉さん、焦って階段落ちないように気を付けてね~」


その子はへらっと笑って手を振る。

私は急いで改札を抜けて、また階段を駆け下りた。










駆け下りた、はずだ。














それが真っ暗な穴だったとしても。


























「そりゃ、変でしょ」


見た目では分からなかった()()はつぶやく。


女性が来たと言って指差した方向。

そこには壁しかなくて。




「忘れられなかった、のかな」




そこには、かつて、地下道が、確かに、あった。


地上を走る環状線の下をくぐるように作られた道が。


だが、その道は数十年前に崩れ落ちている。



地上と地下道の間に、水道管があって、その補修作業中に事故は起きた。

どこかの水道管が破裂していたらしく、漏れた水が地下に流れ込み、地下道の天井が落ちた。



それは、工事が休工中の、日曜日に起こった事故。



人通りの少なかった地下道で、巻き込まれた人は3人。

親子連れと、休日出勤の会社員。女性。



生き埋めになったのは、親子だ。


会社員の女性は、ホームに降りる階段で、地震のような衝撃に足を踏み外して、落ちて死んだ。



「親子は先に片づけてたから、油断してたな」


少年は駅の改札をくぐる。

スマートフォンを片手に、ピッとやって。


「ま。電車までたどり着いていてくれれば、そのままあっちに行けるようにしておいたんだけど。ちゃんと階段降りれたかな?」


ぶつぶつ、呟きながら少年は階段を下りる。


「ああ。庄司様」


階段の下に、妙齢の女性。


「お疲れ様です、柊さん。どうですか?ちゃんと3人、来ました?」


柊と呼ばれた女性は、優しく微笑んだ。


「ええ。最後のお1人は階段を落ちそうでしたので、こちらで電車にお乗せしましたけど」


ふふ、っと笑って口元を隠す。

色の白い、しわも綺麗なおばあ様だ。


「それは、お手数かけました。今日は2人だけかと油断してたんです。そしたら最後のお1人が急に現れて」

「まあまあ。珍しいこともあるんですねぇ」

「いや、だって壁から出てきたんですよ」

「あらら。生前通っていた道がまだ記憶に残っていたんですね。もうずいぶん前の事なのに」

「なんか、強烈な道だったんじゃないんですか?怖かったとか」

「まあ、でも確かに。恐怖は()()()()からね」


電車のホームには、誰も居ない。


ここは普通の地下鉄で、普通の駅だ。


間違っても、お化けの通り道ではない。


電光掲示板に、次の電車が5分後に来ることも、表示されている。


老婆と少年は、ホームの中央の待機線に並んで立った。


「そうそう。なんかあのお姉さん、不思議なものを持っていたんですよ」

「まあ、どんなものですか?」

「あれね、電話みたいだったんですけど、二つ折りなの。僕初めて見ました」

「ああ、二つ折り携帯電話ですね。そうですねぇ。今はとんと見かけなくなりましたものね」

「ええ!?あれが携帯電話!?」


大きくて使いにくそうだった。

少なくとも、庄司少年の感想は、そうだ。


「そうですよ。ちょっと大きかったでしょう?庄司さんがお持ちなのは、すまーとふぉん、でしたよね」

「そうです・・・そっか。あれで時間を確認してたんだ・・・」

「携帯電話が一般に流通されてからは、二つ折りの機会をパカパカしている人を良く見ましたけどねぇ」


ああ、私もそうでしたねぇ。


ふふ、と笑って老女は着物の袖からスマートフォンを取り出す。

画面をすっ、となぞって時間を確認したようだ。


「ああ、もう来ますね」

「ですね」


線路の先から、フワァァン、と電車の警笛。


「そういえば、今日はどんな形の電車だったんですか?」

「今日はですねぇ、イタチの形をしておりましたよ。とっても可愛らしかったですねえ」


にこにこと、柊老女は笑う。


庄司少年は、地下鉄のホームまで、そこに迷う色々な『モノ』を誘導する役目だ。

柊老女は、この地下鉄に、『お化け列車』を呼ぶ役目を持っている。


だから、庄司少年は『お化け列車』を見ることはあまり無い。


「イタチ!?いいなあ。あれ可愛いんですよねぇ~」

「飼われたら如何です?良いんじゃありません?イタチ」

「うーん。最近はペットショップで見ますもんね~」

「ですねえ。昔は害獣でしたのにねぇ」


駅に電車が滑り込む。

イタチではない、普通の電車だ。

車内には、まばらだが、乗客の姿も見えた。


プシュー、と空気の抜ける音。ガタンとドアの開く音。


「今回は人数が少なくて、良かったですね」

「ええ。前の所は15人でしたもんねぇ」

「うう、思い出すだけで嫌だ・・・」

「うふふ。何人か、逃げましたもんねぇ」


庄司少年は、はぁ、っと溜息をついた。


「次も楽だといいんだけどな」

「そうですね。早く終われば普通のお休みが出来ますもんね」

「そうなんです!俺これから友達の家に―――」


音楽が流れ、ドアが閉まる。


庄司少年と、柊老女の声は途切れ、ドア越しの笑顔が流れて去る。







残ったホームには、もう誰も居ない。


誰も居ないホームに、次の列車の案内をする音声が響き―――








  ピーーン ――・・・  コーーン ――・・・








遠くに、改札の音が聞こえた。


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