第1章ー5
本編の描写と違う、というツッコミの嵐が起きそうですが。
本編の描写は上里松一の推測によるもので、真実はこちらということでお願いします。
琉球政府の公式の立場は、倭寇集団は決して許されるものではなく、積極的に取り締まらねばならない、というものである。
だが、現実にはそれは無理というか、不可能な話だった。
それこそ、大国の明でさえ倭寇集団の跳梁を阻止できておらず、「北虜南倭」と呼んで対策に奔走している有様なのである。
小国の琉球としては、触らぬ神に祟りなし的な立場を取らざるを得ず、琉球国内で暴れない限り、倭寇集団については目を瞑っているのが現実の話だった。
だから。
「わしが直に張敬修と会って話をするのはまずいな」
「ええ、お勧めできかねますね。会ったというだけで、良からぬ噂が流れかねない」
真徳と件の男は、そう話し合わざるを得なかった。
だが、それどころではない事態が間もなく起きた。
「何。朝徳が「波琉」の用心棒と喧嘩をして怪我をしただと」
「ええ、何でも安喜と強引に関係を結ぼうとしたらしく」
「それは、朝徳が悪い。こちらが詫び料を包まねばならん」
真徳は、執事とそんな会話を交わす羽目になった。
そして、頭の片隅で重大な決断を下した。
「済まんが。二人きりにしてくれ」
「しかし」
「周囲に目を配っていてくれ」
「分かりました」
真徳の指示に、不承不承、件の男は従って、周囲に目を配った。
それなりの配下も周囲にいる筈だ。
あの後、真徳は件の男を至急呼んで、張敬修との密会の段取りを調えるように命じた。
そして、今回の密会に至っていた。
「何事ですかな」
張敬修は20歳を過ぎたばかりの若者だった。
だが、それなりに肝の据わった男のように、真徳には見えた。
「済まんが、安喜を娶ってくれぬか」
「何故に」
「朝徳が、これ以上はバカなことをしでかさないようにな。安喜はお前と結ばれたいと思っておるようだし、悪い話ではないと考えるが」
「まるで、安喜の父親のような物言いですね」
「そうだと言ったら、どうする」
真徳は、張敬修と肚を割って話をすることにした。
張敬修は、真徳の表情と言葉から、それ以上は聞くべきでないと察して言葉を紡いだ。
「よろしいでしょう。父に断りを入れずに進めることになりますので、取りあえずは側室扱いで、ですが父の了解が得られるか、父が死に次第、正妻にしましょう」
そこで、一旦、沈黙した後、張敬修は偽悪的な表情を浮かべながら言った。
「安喜の婚姻費用は出されるのでしょうな」
「勿論だとも。但し、君を介してだ」
「成程、秘密のままという訳ですか」
どういう秘密かは、お互いに口に出さずとも察した。
安喜が真徳の秘密の子だというのは、この二人だけの話という秘密だというのだ。
そして、真徳は張敬修に金を密かに渡し、その金で年季奉公の前借金を安喜は返済でき、安喜は張敬修の側室に収まった。
その一方。
張敬修は、真徳の依頼を受けて、外国の毒薬を密かに調達して渡した。
琉球王国内では知られていない毒薬で、一見すると普通の病気のように見え、まず間違えられる。
真徳は、それを朝徳に対し盛った。
朝徳は病に罹ったと誤診されて亡くなった。
真徳としては、知らぬとはいえど、自分の娘を強姦しようとした男が、どうにも許せなかったのだ。
(それに朝徳に、安喜が妹であると話しても、認知もせず、養育費も払わずにおいて、嘘を言うな、無責任な父が、と反発されるだけに終わるのが目に見えていたのもある)
そして、安喜は、張敬修の側室になったすぐ後に張娃を産んだ。
更に、ほぼ同時期に張敬修の父が死んだことから、張敬修の正妻に安喜は直り、夫婦揃ってそのままマニラに去って行った。
真徳にしてみれば、いや、張敬修にしても、お互いに全てが丸く収まった話で終わる筈だったが。
この約10年後、思わぬ第二幕があがることになった。
ご感想等をお待ちしています。