第1章ー4
真徳が、久々に訪れた「波琉」自体の雰囲気は、そう変わっていなかった。
勿論、10年以上の歳月が流れている以上、変わっている点は多々ある。
だが、尾類はいるが、芸と料理と酒を愉しみ、売春は基本的にお断り、という高級遊郭としての地位と格式を、未だに「波琉」は維持し続けていて、その雰囲気を肌で感じ、真徳はかつてのことを想い起こした。
「波琉」の主は、往時のままで健在で、真徳に直に会って話をしてくれた。
「安喜のことですか」
「うむ。朝徳が安喜に入れあげている、という噂を小耳に挟んでな。少々なら目を瞑れるが、流石に家の金を無断で持ち出す程、入れあげだしたのなら、叱らねばならんからな」
真徳は、表向きは息子を心配する父親の顔で、主と話をした。
「そうですなあ。何でしたら、安喜と直に話されては。私との話だけでは不安でしょう」
主は、真徳の立場を忖度して、そう提案した。
この頃の真徳は、もうすぐ三司官になれるのでは、という状況ではあったが。
裏返せば、それだけ足を引っ張ろうとする者も多い状況にあった。
朝徳の一件は、家庭内の取り締まりもできない者等、三司官に相応しくない、という(高級官僚間の)世論を高めることになりかねない。
だから、主はそう提案した。
父から息子と付き合うな、とその尾類、安喜に言ったらどうか、と暗に言ったのだ。
だが。
真徳としては躊躇わざるを得なかった。
もし、安喜に実の父と見破られたら、でも、断ったら、逆に不自然に思われるだろう。
暫く迷った末に、安喜と逢うことを真徳は決めた。
「安喜と申します」
真徳の見る限り、初めて会った安喜は、母譲りの美貌と芸の才能を持っていた。
そして、将来、母と同様に「波琉」の名を名乗ることも可能なように、(父の贔屓目もあるのだろうが)真徳には思われてならなかった。
主がそっとささやいたのも無理はない。
「父子で安喜を取り合うようなことになるかもしれませんぞ」
勿論、主に悪意はないだろうが。
知られてはいない筈だが、安喜の母の「波琉」と自分の情事を察していた可能性のある主である。
真徳としては、裏まで考えざるを得なかった。
それはともかくとして。
「ほう、張敬修という贔屓客を、もう掴んでおるのか」
安喜は、真徳の探りに対し、朝徳との関係を否定した。
「波琉」では、尾類が同時に二股を掛けるのは厳禁であると指導されており、今は、朝徳に芸の披露はしても、それ以上の関係を持つつもりは無く、張敬修と結ばれたいことを、安喜は明確に言った。
それを聞いた真徳は、あることを思い付いた。
この際、張敬修と安喜を結ばせるのはどうだろうか。
張敬修という名に心当たりはないが、「波琉」によく来て贔屓客になれるということは、それなり以上に富裕な男なのは間違いない。
それに張敬修と安喜が結ばれれば、朝徳も目が覚めるだろう。
最もその前に、張敬修の人柄等を見極めるべきだろう。
秘密の娘を不幸にするわけにはいかんからな。
これは良い考えだ。
真徳は一人合点し、安喜の下を辞去した後、件の男を呼び、今度は張敬修とはどんな男かを探らせた。
件の男の張敬修についての調査は、10日近く掛かった。
「私の目からすれば、余り好かない男ですな」
もし、対等な立場同士なら、鼻を鳴らしそうな口調で男は言った。
「ほう、どんなことが好かないのだ」
「いえ、義侠心があって、金持ちなのは確かだ。でも、あいつは華僑で、しかも琉球の人間じゃない。しかも裏で倭寇集団とつるんでいるのは間違いない」
「ふむ」
真徳としては、張敬修と繋がるのは、かなり躊躇わねばならなかった。
琉球は明との繋がりを重視している。
倭寇集団が明を荒らしている以上、自分はどうすべきか。
少し補足説明します。
この当時、倭寇集団と琉球王国政府は、少なくとも表面上は敵対関係にありました。
だから、琉球王国政府の高官の真徳と、倭寇集団とつながっている張敬修は会いつらい関係なのです。
(現代風に言えば、沖縄県庁の高級官僚が、チャイニーズマフィアの幹部と会うようなものです)
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