第1章ー3
真徳がそれを知ったのは、偶然の産物だった。
「おい、金が合わないのではないか」
家政のことは、それこそ正室と執事に事実上は任せていたのだが、次男の朝徳がぐれ出したことから、朝徳が家の金を持ち出すことを警戒し、時折、自身でも確認することにしたのだ。
それなりの小遣いは渡しているし、それに下級とは言え、自分の口利きで官吏にもなっている。
だから、妻子を持つと苦しくとも、親の家で部屋住みでいる限り、悠々と暮らせるはずだが。
悪いことにのめり込んでいるならば。
正室と執事に確認したところ、やはり、朝徳が怪しいとしか、言えなくなった。
真徳は、(分かりやすく言えば、日本で言えば時代劇に出てくる岡っ引きの)ある男に依頼して、朝徳の動きを調べさせた。
数日後。
「何、「波琉」に何度か、朝徳が上がっているようだと」
「ええ、あそこの尾類と遊ぶとなると、それなりどころではない銭が掛かる筈で」
「相手というか、お気に入りの尾類は」
「安喜と聞きました」
「どんな尾類なのだ」
「何でも、実母が何代か前の「波琉」だったそうで、遊郭街でもそれなりに知られています」
「「波琉」の娘だと。「波琉」は、大体がそれなりの金持ちの男に縁付いている筈で、娘が尾類に身を落とすことは、まずはないと言ってよい筈だが」
「真徳殿なら、当然、覚えておられる筈では。かつて、「波琉」にまでなりながら、年季奉公明けに故郷の幼馴染に嫁いでいって、話題になったあの「波琉」の実の娘ですよ」
「何だと」
目の前の男の言葉に、真徳は目を見開く羽目になった。
「追加の金を出す。安喜の詳しい事情を、できたら裏まで調べてくれ」
「分かりました」
目の前の男は、真徳から追加の金を受け取り、真徳の眼の前から去った。
男が再度、真徳の前に現れたのは、1月近く経ってからのことだった。
「どうも、安喜の故郷にまで行ったので、報告が遅くなりました。オマケに周囲の口も堅くて、色々と周囲から聞かないといけなくて」
「まあいい。分かったことを教えてくれ」
「ええ」
男は自分が把握した事情を語った。
安喜が、波琉の娘なのは間違いなかった。
安喜は波琉と件の幼馴染との間の一人娘だった。
それこそ嫁いで早々に産まれた娘で、夫婦ともに安喜を可愛がり、それこそ唄三線については、母譲りの見事な才能を幼い頃から示していたという。
ところが。
安喜が10歳になった頃、運命が暗転した。
波琉が亡くなり、父の幼馴染は後添えを貰ったのだが。
後添えに連れ子がいたのだ。
更に父もその後、暫くして亡くなった。
「そんな事情から、家族を養え、と継母が「波琉」に安喜を年季奉公で送り出したようです」
「その程度なら、何で周囲の口が堅かったのだ」
「いえ、父親は信じてなかったようですが、安喜は父の実子ではないのでは、という噂が、故郷ではずっと付きまとっていたようで、それもあって安喜は「波琉」に行ったそうです。あんなに仲のいい夫婦に、安喜以外に子ができないのは怪しい。安喜は別の男の種ではないかって。そもそも尾類だったし、とか。それもあって、安喜は故郷にいたたまれなかったようで。それで、結果的に安喜を故郷を追い出した後になって、罪悪感に周囲は駆られたようで」
「成程な」
真徳は、そこまで聞いた後、目の前の男を、暫く考えたいことがある、と言って帰した。
真徳は、あらためて安喜に逢いに行くことにした。
状況からすれば、自分の娘の気がしてならない。
本当に件の幼馴染との間の子なら、他にも子が産まれてもおかしくない。
だが、安喜は一人娘なのだ。
ともかく、朝徳が安喜と関係を持つのは阻止せねば。
異母兄妹で関係を持たせる訳には行かんしな。
真徳はそう決意を固めた。
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