エピローグ
エピローグで、張娃と松一の結婚式、披露宴になります。
「いやあ、目出度いのう」
自分でも少なからず空々しい、と想いながら、真徳は目の前に広がっている光景を見つつ、呟いた。
自分の目の前では、結婚式というか、披露宴が執り行われている。
とはいえ、実際に行われている内容はというと。
「お母さん、これからはよろしくお願いします。腕によりをかけて作った料理です。異国の料理ですので、お口に合えば、と想っています。お父さんは、美味しい、といつも言ってくれるのですが」
「どうも、ありがとう。でもね、今後は私がこの家の女主人になるの。味付けは私が決めるわ」
「そうですね。でも、家庭の味は家族で決めるものでは?」
上里松一が、アユタヤから連れてきた長女の美子(タンサニー)が、結婚式の料理の一部を自ら作っており、それを今後、養母になる張娃に振舞っている中でのやり取りなのだが。
その会話は聞く人が聴けば、背中が凍るようなやり取りになっている。
お互いに満面の笑みを浮かべた中でのやり取りではあるのだが、何しろお互いの目が全く笑っていない。
片や、これまでの父との共同生活をアピールし、私の料理の味を受け入れろ、と暗に言っている。
片や、新たな養母の云うことを今後は黙って聞け、家の味は私が決める、と暗に言っているのだ。
この会話を聞いた松一が、こっそりと利き手で胃の辺りを抑える仕草をした。
真徳は、目で松一と会話をした。
「暫く辛抱するしか無い」
「勘弁してください。こんな妻と娘の会話が続く日々、胃に穴が空きます」
「アユタヤでプリチャと安楽な生活を送った報いだな」
「こんな報いがあると分かっていたら、最初に断っていました」
「まあ、今更の話だ。精々、頑張れ」
義理の孫に対して、そんな男同士の会話で精一杯のエールを送りながら、真徳はあらためて、張娃の祖母の波琉を想った。
ちなみに、この披露宴の会場は「波琉」で、貸し切りで使っている。
それこそこの披露宴は、真徳の私邸でやってもよかったのだが、実際はともかく、張娃は表向きは赤の他人であり、松一に至っては言うまでもない。
だから、真徳の私邸で披露宴をやるのはどうか、という話になり、それなりに人が集えて、料理等の準備が整えられて、となると、中々場所が定まらずという次第になり、半ば消去法の末に「波琉」が披露宴の会場ということになったのだ。
「波琉、お前の孫娘が結婚することになったぞ。わしの孫娘であるとも信じてはいるが。まさか、その結婚相手が400年未来の男になると思っていたか。更に言えば、シャム人の子5人を連れてもいるぞ」
酔いの回った頭で、真徳は、張娃の祖母の波琉に語り掛けた。
そんなことを真徳が思っていると。
「それでは、一曲、唄います」
いつか、酔わされたのだろう。
張娃の目がトロンとしており、そう言って、三線を抱えて唄い出した。
張娃の得意とする、最愛の夫が別の女性に奔ったのを嘆く唄だ。
だが、この唄の最後は。
そんなことを真徳が思っていると、松一も分かったようだ。
真徳は酔った頭で、いい曲は400年と言う時空を超えるのだ、と想った。
張娃は最後まで唄い終えた。
「流石だな」
真徳は,そう想うだけで口には出せなかった。
真に良い曲と言うのは、余韻を楽しむため等々から、人々に沈黙を強いてしまう。
だが、その曲が向けられた人は。
松一は酔眼だったが、黙って張娃を抱きしめ、
「済まなかった」
と心から言った。
そうこの曲は、妻の真心に気付き、夫が還ってきて、夫婦が抱き合ったところで終わる。
張娃も、松一を抱き返した。
美子らも旋律等からその内容を察したのだろう。
いつか、松一と張娃を美子らは取り巻いていた。
真徳は想った。
こんな風に仲の良い家族になって欲しいものだ。
これで完結します。
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