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第6章ー3

 プリチャがアユタヤを去って、半年余り経った頃、上里松一も子どもらを連れて共に、アユタヤを去ることになっていた。

 上里屋が日本国営の貿易会社(?)インド株式会社の一部門として(表向きは)買収されたためだった。

(最も、それは実際には方便に過ぎず、松一も積極的に受け入れた結果だった)

 とはいえ、だからといって、松一が悠々自適の生活を送れるようになる訳はなく。


「ねえ、お父さん、日本に着いたら、お父さんはどうするの」

「うん。インド株式会社の代表取締役の1人としての生活が待っているな」

「代表取締役って?」

「経営者の一人ということになるな」

「それなら、上里屋の主と変わらない気がするけど」

「詳しく言い出すと違うけど、お前としては、同じと思ってくれればいいよ」

 そんな会話を、アユタヤから日本に向かう船上で、潮風に吹かれながら、長女(?)の美子と松一は、のんびりと交わしていた。

 なお、その2人の傍には、養子も含めてだが、松一の子ども4人がいて、姉と父の会話にこっそりと耳をそばだてていた。

 更にこの航海の途中で。


「琉球にいるお母さんって、どんな人なの」

「とても綺麗な人だよ」

「歳は私より6歳程年上だったっけ」

「その通りだな」

「お父さんは、素直にお父さんと呼べるけど、お母さんと呼べるかな」

「お前の心がけ次第だな。それこそ昔のお前の振る舞いを見ると不安でしょうがないが」

「昔のことは言わないでよ。本当に今となってはだけど、反省はしているからね」

 そんな会話までも、美子と松一は交わしてもいた。


 最初は張娃が、アユタヤに来るはずだったのだが。

 いきなりプリチャが産んだ子5人(しかもその内2人は、松一の子でさえない)を養母として育ててほしい、と松一に言われた張娃は完全にへそを曲げた。

 せめて結婚式は琉球で挙げて欲しい、その上でアユタヤに私は行く、と張娃は駄々をこねたからだ。


(勿論、張娃なりの理屈はある。

 こんな状況で、アユタヤに自分が赴いて、結婚式を挙げては。

 どう見ても、プリチャの子を自分から喜んで養子等に迎えるために、アユタヤに張娃は向かったように見えるからだ。

 幾ら何でも、私の腹の虫が収まらない、という張娃の理屈も、もっともだというしかなかった)


 そして、張娃の説得に手間取っている内に、上里屋の買収話の方が順調に進んでしまい。

 松一は、子どもたちを連れて、日本本土に向かうという事態が起きてしまった。

 こうしたことから、松一と張娃の結婚式は皮肉にも滞りなく琉球で行われるという事態になった。


 それにしても、娘の美子と話をしながら、松一は考えざるを得なかった。

 義父の張敬修を置いてけ堀にした結婚式になったな。

 

 何しろ時代が時代である。

 自分と張娃の手紙のやり取りに時間等を取られた結果、琉球での結婚式に張娃の実父、張敬修の参列は不可能になってしまった。

 いや、むしろ張娃がそう企んだ節がある。

 張娃にしてみれば、これまで、自分と松一との結婚を散々に振り回しまくった実父へのせめてもの腹いせのつもりなのかもしれない。


 そんなことを松一が思っていると。

 真顔になって、美子は言った。

「ねえ、もしも張娃さんと上手く行かなかったら」

 そこで言葉を切って、上目遣いになり、弟妹に聞こえないように美子は小声で松一の耳元でささやいた。

「プリチャお母さんとは結婚していないのだから、私と結婚してもいいのよね」


 松一は背筋が凍る想いがした。

 まさか、美子のこれまでの行動は。

 松一の想いが顔に出てしまったのだろう。


「もう、冗談が分からないお父さんね」

 美子は笑いつつ、松一の傍から離れた。

 だが、松一は想わざるを得なかった。

 どう考えてもあの声は冗談に聞こえなかった。

 第6章の終わりです。

 次のエピローグで完結します。


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