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第6章ー2

 美子は大人になってからも、その日のことを何度も思い返さざるを得なかった。

 何であそこまで言ってしまったのか。

 でも、本当に何で、という想いが先だって、口走ってしまったのだ。


 その日の朝食の時間、両親(といっても父は義父、養父だが)間の空気は張りつめていた。

 前日、出征から無事に父は帰還していて、私の2番目の妹を智子と父は名付けたばかりで、これからは両親が揃った楽しい日々が戻ってくる、と私が幸せな想いで眠りにつき、目覚めた筈だったのだ。

 だが、朝食が済んで早々に大事な話がある、と私は母に呼ばれ、小部屋で母と私は二人きりで向かい合うことになってしまった。


 私の記憶ではだが。

 小部屋で二人きりになって早々、母は骨壺を私に示して言った。

「あなたのお父様が亡くなりました」

「嘘。だって」

 そこまで言った瞬間、私は気付いた。

 目の前の骨壺に入っている遺骨は、私の実父サクチャイの遺骨だ。

 でも、いつの間に。

 私が動転している間に、母は淡々と説明を始めた。


 松一父さんは、皇軍、日本軍の軍属として、マラッカ攻略作戦に参加したこと。

 マラッカ攻略作戦が終了後、傷病者が集められた病院を訪問した際に、右足切断の重傷を負い、高熱と痛みに苦しんでいたサクチャイ父さんと、松一父さんは出会ったこと。

 サクチャイ父さんは苦しさに耐えかねて、松一父さんに楽にしてくれ、と頼み込み、松一父さんは、サクチャイ父さんを安楽死させたこと。

 更にサクチャイ父さんは、母に再婚するように勧め、子どもたちを心配しながら逝ったこと。

 そうしたことを母は語った。

 そして。


「松一が、夫のことを想ってくれて行動し、私に遺骨を届け、遺言を伝えたのは感謝しています。でも、夫を殺した人と、私はこれ以上は暮らせません。私は松一との間の子を松一に託し、この家を出ます。タンサニー、私を選ぶか、松一を選ぶか、今ここで決めなさい」

 母はそこまで私に迫った。

 そのことが、私を反発させた。


「どうして。どうして。松一父さんは、サクチャイ父さんを楽にしようと考えて行動しただけじゃない。松一父さんは悪くない。サクチャイ父さんはお母さんに再婚するように勧めもしたのよ。この際、お母さんは松一父さんと再婚して、正室になればいいのよ」

 私は想わず言ったが、母の顔は険しくなり、次の言葉を言った。

「夫を殺した人間の正室になれ、と実父を殺された身であなたは母の私に言うの」

 母もかっとなっていたのか、思わず言った。


 もう後は売り言葉に買い言葉になった。

 私と母は口喧嘩ではあったが、大喧嘩をしてしまった。

 だから。


「お姉ちゃん。お母さんが出て行くのを見送らないの」

 すぐ下の弟、勝利(サクチャイ)が、私に恐る恐る言って来た。

 なお、母がこの家を出て、日本に向かうのを父(松一)は見送ろう、と共に出かけようとしている。


「言ったでしょう。お母さんが割り切れば済む話なの。サクチャイ父さんも願っていたことなの。何であそこまでお母さんが意固地になるのか」

 私は呆れ返ったように、勝利に言ったが。


 私自身も自分が意固地になっているのを内心では認めざるを得なかった。

 本当に母が遠い異国の日本に旅立とう、としているのだ。

 この際、母を見送りに私は行くべきだろう。

 でも。


 あそこまで派手な口論、大喧嘩をしてしまった以上、私はどうにも母に頭を下げる気にはなれなかった。

 なお、父(松一)には、この大喧嘩について、直に言い訳、弁解はしている。

 その際に父から母に謝罪してはどうなのだ、と示唆されたが。

 意固地になっていた私は、私は悪くない、母が悪い、と思わず言ってしまっていた。


 こうして、私は見送りができないまま、母は異国の日本へと旅立って行った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ありきたりですが、大人の事情に子供を巻き込むな!と言いたいところですね。  そう考えれば張娃にしろ美子にしろ、周囲の大人に振り回された被害者と言えなくもないですね。  ただ個人的には、…
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