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第5章ー3

「貧賤の知は忘るべからず、糟糠の妻は堂より下ろさず、という言葉を知っているか」

「それは知っています」

 父の張敬修の言葉に、張娃は即答した。


 張娃とて、人質(?)生活の間、ずっと遊んでいた訳ではない。

 将来、良妻賢母になれるように、(当時では常識とされる)文芸や楽曲等の勉強をしている。


「お前には気に食わない話だと思うが、プリチャは賢女で懸命に松一に内助の功を尽くしてきた。だから、アユタヤ支店は上里屋として、暖簾分けをする程に発展した」

「暖簾分けですか」

「マニラの商売よりも、アユタヤの商売の方が、今は大きく、しかも利益も上がっている。だから、上里屋として暖簾分けをすることになったのだ。これがどういう意味か分かるか」

 父の言葉が、張娃にはすぐには分からなかった。


「つまり、松一はわしの部下ではなく、対等な商売の相手になったということだ。いや、対等ではないな、向こうの方が規模が大きいのだから、お前が松一に嫁ぐのは、今や小さな店の娘が大店の主に嫁ぐようなものだ。そして、大店の主には、糟糠の妻といえるプリチャが既にいる。お前が正妻として、すぐに松一と結婚できると思うのか」

「それは、お父様がプリチャを松一に勧めたせいでは」

 父の言葉を聞いて、張娃は思わず反論した。


 実際はそれが正しいのだが、今はそうではない、と張娃を誤魔化す必要がある。

 張敬修は懸命に説得に掛った。

「ともかく、わしの目が曇っていたのは認める。それこそ、単なる愛人のつもりで宛がったら、愛人では済まずに、家の内外のことをプリチャは懸命に切り盛りして、才能を発揮したのだからな。それにな」

 張敬修は、そこで言葉を切って、爆弾を娘に投げつけた。

「上里屋で働いている面々、ほぼ全員が、プリチャのことを認めて、自発的に奥様と呼んでいたぞ」

 その言葉を聞いた張娃は呆然とした。


 張娃にしてみれば、プリチャはそれこそ(今の日本流に言えば)単なる泥棒猫、女狐に他ならない。

 しかし、今のプリチャが、上里屋の内部で奥様と呼ばれていると聞いては。

 奥様と呼ばれる女性がいるところに、自分が赴けば、どうみても自分の方が新しい愛人だ。

 しかも松一や、いわんやプリチャの方から奥様と呼ぶように仕向けた訳ではないとのことなのだ。

 完全にプリチャが実力でもぎ取ったと言える。


「それにな、さっきも言ったように、プリチャが二人目を妊娠したのだ。そういったところに、お前が押しかけて行って、周囲から歓迎されると思うのか」

 父の言葉に、張娃は打ちのめされてしまい、うつむき、更にはすすり泣きをし出した。


 張敬修は、改めて娘のことを気の毒に思った。

 本当に5歳、いや3歳でいい、もう少し年上だったら、アユタヤに上里松一の妻として赴けたのに。

 あの時、(数えの)12歳だったから、異国で戦乱に巻き込まれることを懸念して琉球に残した。

 それが、こんな結果を生むとは。

 本当に人生はままならないものだ。


「お父様、婚約破棄したいです。ダメですか」

「ダメだ。松一からも婚約を維持したいと言っている。それに、プリチャも身を引きたいとは言っている」

「それなら、さっさと身を引けば」

「妊娠中の糟糠の妻に、家から出て行け、と言うのか」

 張娃は絶句してしまい、その後の泣き声は号泣に近くなった。


 張敬修は想った。

 プリチャ自身は、本音では松一と別れたいらしいのだ。

 松一にしても、本音では張娃との結婚の日を指折り数えているのに。

 子がかすがいとして、プリチャと松一の仲をつなぎとめている。

 皮肉なのは、その子が二人の間の子ではなく、プリチャの連れ子で、義父を慕う余り、母と義父を別れさせまいと策動していることだ。

 何でこうなったのだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでくると本当に張娃が可愛そうになってきますね。 結局の所は最初から一緒にアユタヤについていかせるという選択が一番だったのでしょうか。
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