第5章ー1 上里屋
第5章の始まりです。
なお、この当時のシャム王国の民法典くらい調べてから、この小説を書け、と言われそうですが。
私の能力、知識不足からできませんでした。
本当にすみません。
「上里屋にするのは、張娃の目を覚まさせるためでもある。私のアユタヤ支店長に嫁ぐのなら、自分が特別と思っても当然だが、上里屋に嫁ぐのなら、張娃がそう想うことはないだろうからな」
「そう言われてみれば、張娃の意識が変わりますね」
張敬修の言葉に、上里松一は肯きながら言った。
表面上は、松一は張敬修の部下なのだ(実際には、皇軍の関係から部下というよりも協力者で、アユタヤ支店にしても自己判断で、松一は今は経営している有様だった)。
だから、張娃が父の部下と結婚する意識を、半ば無意識の内に持っている可能性は高かった。
それ故にプリチャに対しても基本的に許せない、という感情を張娃は抱いているのだろう。
だが、上里屋を独立経営するようになり、父とは対等、いや上位の経営者に松一がなっている、と言えば、張娃は自分の考え、態度を徐々に変えざるを得ないだろう。
「それにしても、部下の態度が妙だ。誰かが裏で動いている気がする」
張敬修は少し話を変えた。
「妙ですか」
「ああ、3年程、この店を松一に任せ、更にプリチャが懸命に働いてくれたのは認めるが、だからといって、私の娘の張娃を、あそこまで部下達が軽んじるのはな。何しろ本来から言えば私の部下だぞ」
「確かに」
張敬修とのやり取りで、あらためて松一は、異常なことが起きていることに気付いた。
そのやり取りを横で聞いたプリチャの脳裏に、娘タンサニーの姿が浮かんできた。
タンサニーは、自分と松一を完全に結ばせようと暗躍している気配がある。
タンサニーにしてみれば、張娃は完全に邪魔者なのだ。
タンサニーが裏で動いているのではないか。
とはいえ、張敬修の目の前で、この話はできない。
プリチャは素早く頭を回転させ、張敬修が去った後、松一と二人でタンサニーを問い詰めることにした。
張敬修は微妙に居心地が悪いことを感じたらしく、別の宿を確保していた。
そのため、その夜、タンサニーを松一とプリチャが問い詰めるのを、張敬修に気付かれずに済んだ。
「タンサニー、正直に言いなさい。張娃と松一の結婚を阻止しようとしているのが分かったのよ」
プリチャは、タンサニーを睨みながら言った。
その横では、松一も厳しい顔でタンサニーを睨んでいる。
タンサニーは、嘘は通じないと覚ったのか、あっさりと認めた。
「だって、お母さんが正室になるのが当然でしょ」
プリチャは溜息を吐きながら、娘を諭した。
「いい。あなたの実父は行方不明なの。だから、今のままでは私は再婚できないの」
「そうなの」
タンサニーは目を見開いた。
「ええ、実父の死亡が分かるか、実父が現れて離婚するかしないとね。私は本来は夫がいる身なのよ」
プリチャは少し嘘を混ぜて話した。
細かいことを言えば、今でもそれなりの手続きをすればよい。
というか、それこそ民法を無視してのプリチャの再婚は不可能ではないが。
タンサニーを誤魔化す必要があった。
「それにな、張娃の父、張敬修殿には色々と私はお世話になっている。今回の私の張娃との結婚の贈り物として、このアユタヤ支店を暖簾分けして、上里屋として独立することまで、張敬修殿は配慮してくれているのだ。その恩人の娘を、私は正室に迎えない訳にはいかないのだ」
松一も娘を諭した。
タンサニーにも、両親の言葉が頭に染み渡ってきた。
「でも、お父さんとお母さんが結婚して、お母さんが正室に私はなってほしい」
タンサニーは涙を零しながら言った。
松一はタンサニーに溜息を吐きながら言った。
「ともかくお前の気持ちはわかるから、すぐに張娃と結婚はしないが、何れは張娃は私の正室になる。それはどうしようもないことだ」
沈黙の時が流れ、3人は暫く身動きができなかった。
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