第3章ー1 プリチャと上里松一
新章で、プリチャと上里松一が愛人、側室関係を結ぶ経緯の章です。
「奇貨居くべし」とは、このことではないか、と私、張敬修は想わずにはいられなかった。
目の前の女性の不幸には心からの同情を抱かざるを得なかったが、ここまで自分の考えていた条件と一致する女性が、アユタヤに着いて早々にいるとは思わなかった。
私は、内心でそういった想いを抱いていたこともあり、敢えて悪い口調で言った。
「ふむ。いっそのこと、私の娘の婚約者の愛人になってくれないか。勿論、子どもと一緒に安楽に暮らせるように、お金も出そうではないか」
目の前の女性は、そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。
「酷い。私の弱みに付け込むなんて」
と呟いた。
「ああ、そう言われても仕方がない。だがな、私もお金が有り余っているという訳ではない。それに、子どもと安楽に暮らせるというのが、いかに難しいか、大方は察しているのではないか」
私は敢えて言った。
「一晩、考えさせてもらいますか」
目の前の女性は、そう言って、私の目の前を去った。
私自身、ここまできつい事を言いたくはなかった。
だが、後々のことを考える程、それなりの覚悟を彼女に固めさせる必要があった。
何しろ、夫を失ったばかりの女性に、他の男の愛人になれ、と言うのだ。
ある意味、そんな状況だから仕方ない、と軽々しく愛人になるようでは、却って、娘の婚約者の愛人として安心して宛がうことはできない。
渋々、愛人になったのだ、だから、この男が結婚する際に別れることが出来て幸いだ、という思考に、いざという時には彼女には流れてほしいのだ。
そう言う方向に流れてくれないと、彼女と娘が娘婿を取り合う事態が生じかねない。
自分自身、虫のいい考えをしているとは思うが、そういう流れを期待していた。
張敬修の目の前にいた女性、プリチャは、張敬修の言葉を聞いて、打ちのめされてしまっていた。
いきなり、同郷の出身の夫サクチャイが、故郷にお金を持っていったところ、ビルマ王国軍の人狩りに遭って攫われたという知らせを受けて、そう間もない時だったのだ。
更に故郷の村も同時に被害を受けて、復興が大変だとも聞いた。
これでは、自分達母子が故郷に帰って暮らすというのも困難だ。
それで、四方八方に何とか母子で一緒に暮らせる方法はないか、と相談したのだが。
それこそ、娼婦にでも身を堕とさないと母子で一緒に暮らすのはとても無理だ、と徐々に自分は思わざるを得なくなった。
そうした中、夫の本来の雇用主である張敬修が、急にアユタヤに来たと聞いて、一縷の望みを抱いて、その慈悲にすがろうとしたところ、自分の娘の婚約者の愛人になったらどうか、と宣告されたのだ。
もう、自分の身体を売るしか、生きる術はないのだろうか。
プリチャは、半ば絶望して子どもたちのいる自分の家に帰った。
「お母さん、いい仕事は見つかったの」
もうすぐ6歳になる長女のタンサニーは、無邪気に家に帰ってきたプリチャに尋ねた。
余り心配を娘にかけまい、とプリチャは無理に笑顔を浮かべて言った。
「無くはなかったけど、あまりいい条件じゃなかったの」
「そう。私、お母さんと一緒なら、どんなに苦しくてもいいよ」
タンサニーは、どこまでのことを自分が言っているのかを、半ば分からずに母のプリチャに言った。
その言葉を聞いたプリチャは、逆に覚悟を固めた。
この際、張敬修の娘の婚約者の愛人に、自分は身を堕とそう。
5歳の娘が、ここまでのことを言うのだ。
母の自分が覚悟を固められないでどうしようか。
娼婦として媚びを売って生活するより、愛人になる方がマシではないだろうか。
夫を失って早々に、他の男をくわえ込むふしだらな女と思われるだろうが。
子どものためなら、悦んで自分を犠牲にしよう。
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