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プロローグ

「全く冗談じゃない」

 アユタヤにいる婚約者の上里松一から届いた手紙を読み終えた頃合いに、(自分としては秘密の孫娘と考えている)張娃が怒りの籠った声で呟くのが、真徳の耳に入った。

 その声が真徳にしてみれば、どうにも気になったことから。

「何かあったのか」

 少し飄げたように、真徳は張娃の下に顔を出して言った。


「いえ、何でもありません」

「嘘を言え。婚約者の上里松一からの手紙を受け取って、その手紙に目を通したばかりだろう。大方、もう少し待ってくれ、とでもその手紙に書いてあったか」

「そんなことはありません。速やかにアユタヤに来てくれ、結婚しようと書いてありました」

 張娃は、少し横を向いて、真徳とやり取りをした。


「それなら、素直に喜べばいいだろうに」

 真徳の言葉は、全く真徳自身は意図していなかったが、張娃の堪忍袋の緒が切れる事態を引き起こした。

「新婚早々に、夫の愛人が産んだ子を5人も引き取って面倒を見てくれ、と言われて悦ぶ正妻がどこにいるのですか。しかもその内の2人は、夫の子でさえ無いのですよ」

 張娃の言葉の最後は絶叫に近かった。


 真徳は、思わず目を見開きながら想った。

 一体、上里松一の愛人の、いや側室、現地妻と言うべきか、プリチャに何があったのだろうか。

 上里松一に密かに他にも愛人を作るような甲斐性はない筈だから、5人共、プリチャの子どもなのは間違いないだろうが。


 それにしても、張娃が怒るのも無理はない。

 確かに、夫の愛人が産んだ夫の子を、正妻が引き取って面倒を見ることはよくある話ではあるが。

 それは正妻が跡取りを産んでいない等の事情があることが多く、正妻としては引け目があることが多い。

 だが、新婚早々、夫の愛人の子を、それも5人も面倒を見ろ、では張娃が怒るのも無理はない話だ。

 更に言えば、張娃は初婚で18歳の身の上なのだ。


 肚の底に溜まったものを、一旦、吐き出したせいか、張娃の愚痴が止まらなくなった。

「大体、お父様もお父様です。娘の婚約者に、側室を勧める父親がどこにいるのですか。確かにお父様の理屈も分からなくはないです。もしも、梅毒等にり患したら困る、と言うのは確かです。しかしですね。完全に側室に溺れて、私を中々迎えず、挙句の果てに愛人の子を5人も私に押し付けて、私から婚約を破棄したくなりました」

「じゃあ、そうするか」

 真徳は、合いの手を入れた。


「商売を傾けたというのならともかく、愛人の子どもの面倒を見ないといけないから、と言う理由等でこの婚約を破棄できますか。しかも、その子も赤の他人とは言えないのに。それに松一は有能な商人です。軍人だと思って婚約したら、今や父より大きな商いをする大商人ですからね。父自身、自分の勘がここまで外れるとは思わなかった、息子に商才が無いなら、松一に自分の店を譲らねば、というのです。本当にこんな婚約を私の我が儘で破棄できるものですか」

 張娃は更なる愚痴を吐いた。


 確かになあ。

 自分が張敬修でも、張娃が婚約を破棄したい、と言い出したら、娘を叱り飛ばして、上里松一との結婚を推し進めるだろう。

 上里松一が無能なら、張敬修にしても、張娃の婚約破棄の我が儘を認めるだろうが。

 今やマニラにある張敬修の店よりも、アユタヤにある上里松一の店の方が、日本政府とのつながりもあって大きくなっているのだ。

 そのつながりが無くても、上里松一の才能があれば十分の気もするが。


 こんな有能な婚約者を、愛人の子どもを引き取って面倒を見ないといけないから、という理由で破棄したい等、張娃の我が儘にしか、自分でも想えない。

 更に言えば、愛人にしても。

 真徳は本当に奇妙なことになったものだ、と思わざるを得なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やはり張娃は荒ぶってますね。 今更ですが張娃が16歳で結婚可能になった時にでも呼んで結婚しておけばよかったのではないかとは思いますがそれどころではなかったというのも事実ですしね。
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