桜庭、春巻回想(前編)
最近どうしたのかしら私、毎日が少しずつ色づいていく気がするわ。
それもこれもあの男のせいなのね。今までの自分?ぽくないわね。あの男が悔しがるのは、なんだか滑稽で。面白いわ。
私の名前は桜庭未来。特に名前に思い入れはないわね。自己紹介?本はすきかしら。
あとは教室の後ろの端の席は、なんだか空間が作りやすくて、まあまあ、居心地がいいところだわ。
自分でもわかってる。人とあまり関わらないようにしてるって。でも、それも個性だと思うの。
私は容姿だけなら好かれるようで、そういう男子からは嫌というほど告白されたわ。
ほんと、容姿だけならって、あんたたちがそう思っているだけで、勝手にイメージがついてしまって、名誉棄損だわ。
まあ、そんな男たちとは違って、あの男は、春巻湊という男は、なんというか、その、バカで安心した。
そう、バカなの。最初は確か、途中から同じ時間の同じ車両で見るようになって、というかあっちからチラチラ見てくるんだけど、見返したら怒ったような顔してそっぽ向くの。何かしたかしら。
それからといえば、昼休みに、こっちの教室多分覗いてて、タイミング悪かったのか三鶴木先生と入れ違いで、凄くビビッてた気がする。確かに、目先は鋭いけど、そこまで態度に現れることかしら。
そこで春巻は、なんということかしら、私の名前を出したの。クラスの視線が飛んでくるわ。うっわ。
そこで明らかに不機嫌になってしまった私は悪くないと思うの。でも、そんなことしたからかしら。
春巻くんは自分の教室に帰ってしまったようで、結局何しに来たのかそのときはわからなかった。
でも、授業を挟んだ後かしら。春巻くんが今度は律儀に入ってきて、私の席の前に来たかと思えば、電車でのことを普通に謝ってきた。
まあ、あれは辱めというわけでもないし、多分電車での遭遇が物珍しかっただけだろうとすぐに嫌な気は失せたわ。
何と返そうか迷っていた私に、春巻くんは、学食で何かをおごるようなことを私に言ってきた。
そんな体験は、私一度もしたことないのだけれど。相手から言ってくるんだしね。
約束はしたけど、肝心の何を買ってもらうかの時点で止まっている私だから、何ももらっていない。
多分、彼はいい人なのね。確か、その後の委員会、誰かの代わりで来たような感じだったから請け負ったのかも。
確か、三上さんだっけ?私とは真逆、クラスでも明るく、誰とでも親しくできる委員長だ。
その人が来ていたら、きっときっと私は霞んでいて、淡々と仕事をするだけだったかもしれない。
そこに関しては、春巻くんはちょうどよかったという感じね。寧ろ優位に立てる。
そこでも、彼とは多少お話ししたわ。冗談もおもわず口から出てしまうほどで、私は楽しかったし、また不貞腐れるような顔をする春巻くんも見物だった。
その後も、特別な理由はなかったけど、三上さんに話しかけて、春巻くんの連絡先とかツールを持っているみたいだから教えてもらって、改めてよろしくとあいさつもした。
どうやら春巻くんには、妹がいるようね。三上さんもで、妹思いでいい人だから仕事を任せたらしい。
彼は委員会には入っていないけど、他人を優先してくれる優しい性格を持った人だった。
あだなは「ハルミー」って言われてるらしいから、仲良くなったら一度そう呼んでみたい。
そこからはあまりイベントみたいなことはなかったかしら。教室に訪ねてくることも、委員会で代わりに来ることも頻繁にはなくなったかもしれない。
あとは、、そうだ、一時間目の体育の終わりだったと思うけど、隣の教室に、春巻くんがいたのだ。
他に男子の姿が見当たらなかったので、一人教室に帰ってきたようで、それならと私は春巻くんにメッセージを送ることにしたのだ。
アプリから春巻くんの個人会話ブースに、ちょっといたずら心が芽生えたが、何とか会話にもなったと思う。
用は、私が、本が好きなので、本を紹介したということだ。
そうしたら、返信でも機嫌悪そうな春巻くんだったけど、きちんと返信してくれることが、何よりうれしいし、他の男子とは違って見える。
と思っていたら、教室に三鶴木先生に携帯を持っているところを見つかってしまったが、母に電話しようとしていたところですと苦し紛れの言い訳で難を逃れることができた。本当に危なかったの。
しかし、三鶴木先生はそのまま、春巻くんのクラスのほうの廊下に歩いていき、そこで足を止め、教室に入った。
出てきた三鶴木先生はなにやら携帯電話のような物を持っていたし、私は少し気になって春巻くんの教室にいってしまった。
これじゃ、まるで、からかう野次馬のようじゃないかと後で思ったけどしょうがないわよね?
案の定、携帯をとられていた春巻くんは、たいそう落ち込んでいて、私はそこに漬け込むように何かを言ってしまったんだと思う。
すると、春巻くんは、さらにヘロヘロになってしまった。水を得た魚みたいだったのに。あ。
ちょっとかわいそうだったし、自分が言ってしまった内容もそうだけど、春巻くんは流してくれて、こっちを本気で嫌ったり、怒ったりした様子を見せない。
そんなことを思っていた私は、ようやく自分が甘い考えだったことに気が付いた。
それが、とある雨の降った、風変わりな天気でのことだった。