Cafe Shelly 四十一歳の春だから
四十一歳。そして季節は春。
世間ではアラフォーだとか言われているが、私の中ではもっと感慨深いものがある。子どもの頃見ていたアニメ、元祖天才バカボン。あのエンディングで歌われていた歌詞。
「四十一歳の春だから」
気がつけば自分もそんな年齢になってしまった。だからといって何かが変わるわけではない。今日もまた平凡な日常が訪れる。
「行ってきます」
「あなた、今日は何時頃になるの?」
「うぅん、プロジェクトリーダー次第なんだよなぁ。何もなければ七時には家に帰れるとは思うけど。わかったらメールするよ。じゃぁ行ってきます」
「いってらっしゃい」
こんな会話が版で押されたように続く毎日。妻と二人の子どもを持つ父親。二十八で結婚し、三十で子どもができ、さらに三十四で二人目誕生。今は課長代理という肩書きで、システム部というところで働いている。課長代理というと管理職のように聞こえるが、正直なところ体のいい雑用係だ。命令は課長が出し、実務は係長以下が飛び回る。私はその間に立ち、さらにお客様のご機嫌をとりながら仕事を管理する。仕事を管理すると言いながら、自分自身は仕事で管理されている。それでも給料はそれなりにあるのが魅力だ。
多少の不満を持ちつつも、それなりに幸せという暮らしをしている毎日。でも何かが足りない、何かが満たされない。それは何なのだろうか? 最近、通勤の途中でふとそんなことを考えるようになった。そんなある日、ちょっとした事件が起きた。
「えっ、書類がまだ届いていないだと?」
商社のシステム改修の契約をとるために打ち合わせにいった部下から突然電話があった。話しによると、先方には三日前にシステム案の資料や契約内容が書かれた書類を郵送したらしい。ところが先方はまだそれを受け取っていないということで話しがこじれているらしい。
「その書類のバックアップは?」
「はい、サーバーの共用フォルダに入っています」
「メールで送るわけにはいかないのか?」
「ちょっとデータ容量が大きくて。それに先方の次長さん、ペーパーじゃないと納得しないタイプなんですよ」
その気持はよくわかる。私もパソコンで送られた資料をわざわざプリントアウトして読むタイプだ。紙の無駄とわかっていても、結局そうしないと落ち着かない。
「わかった、じゃぁ急いでプリントアウトしてそちらに持っていく。一時間くらいかかるだろうから、なんとか場つなぎをしておいてくれ」
ったく、なんてこったい。大慌てで資料と書類をプリントアウト。そしてタクシーを飛ばして先方の会社へと急いだ。なんとか一時間かからずに到着。部下のいる会議室へと急いで案内してもらった。
「こちらです」
「あ、ありがとう」
部屋に入る前にネクタイと髪を整える。これはビジネスマンとしてのマナー。
コンコン
「失礼します。オリエンタルシステムの佐倉です」
「どうぞ」
中から低い男性が声で私を招き入れてくれた。先方の四星商事営業、川田次長の声だ。私はこの人があまり好きじゃない。どうもワガママなんだよなぁ。今回もこの人のおかげで私はここまで走らされたようなものだ。
「あ、佐倉代理、ありがとうございます」
私の部下が安堵の表情で私を迎えてくれた。
「この度は大変ご迷惑をおかけいたしました。こちらがシステム改修についての資料と書類になります」
私は深々とお詫びをして川田次長へ資料を手渡した。
「あぁ、わざわざすまんね。沢田くん、中身を確認してくれたまえ」
そう言って川田次長が女性社員へ資料を手渡した。ん、この女性、どこかで見たことあるような気が。誰だったかな、よく覚えていないが。
そこから私を含めて契約の話しが進行。このとき、先ほど川田次長が書類を渡した女性、沢田さんの妙な行動に気づいた。なぜか私の方をチラチラ見ている。
沢田さん、年齢は私と同じかちょっと下くらいだろうか。長い髪をアップにして、スーツ姿が似合っている。できるキャリアウーマンといったタイプ。メガネをかけているが、パッと見た感じ妙齢の美人である。
「ではそういうことでお願いいたします。おっと、ウチの沢田は始めてですよね。まだご紹介もせずにすいません」
契約も無事終了したところで、あらためて先ほどの沢田さんを紹介された。私はいつものように名刺を取り出し、当たり前の名刺交換をするつもりだった。が、沢田さんの方からこの言葉を聞いてびっくりした。
「佐倉くん、お久しぶり」
えっ、お久しぶり? しかも私のことを佐倉くんなんて呼ぶとは。
「あれ、まだわからないんだ」
そう言って沢田さんはメガネをとり、アップにした髪をほどいてふたたび私をジッと見つめた。その瞬間思い出した。
「あぁっ、岩永さん!」
目の前の女性は岩永智美、私の高校生の時の同級生だ。
「おや、沢田くんは佐倉さんのことを知っていたのか?」
「はい、高校時代の同級生です。卒業以来ですからもう二十年以上ぶりです」
その瞬間、私の心は高校時代へとタイムスリップをしていた。あの頃、どちらかといえば暗くひきこもりがちな私。男友達はいたが女性の友達というのはいなかった。しかし私も思春期の男。恋はしていた。それが今目の前にいる岩永智美であった。
彼女とは高校二年と三年の時に同じクラス。成績優秀でクラス委員長もやっていた。けれど、自分の恋心を知ってもらうこともなく高校を卒業。確か彼女は東京の大学へと進学したはず。私は地方の二流大学へ行き、彼女とはそれっきり。転職で地元へ帰ってきて今に至る。
「そうか、まさかの再会ということなんだね。いやぁ、沢田くんはわが社でも優秀な人材でね。今回のプロジェクトでは女性ならではの視点でいろいろと意見をもらっているんだよ。まぁこれを機に今後ともよろしく頼む」
川田次長はなぜかご機嫌になった。おそらく岩永さん、いや今は沢田さんか、その自慢をしたかったのだろう。
「佐倉くん、また改めて連絡させてもらいますね。今後ともよろしく」
沢田さんは握手を求めて手を差し伸べてきた。私はその手を緊張しながら握る。高校時代に彼女に触れることにどれだけ憧れたことか。それが二十年以上も経った今、実現された。
四星商事を出た後、まだ頭がポーッとしていた。高校時代の憧れのマドンナと手を握った。いい年をとったおじさんが、たかが女性と手を握っただけで舞い上がるとは。しかし私にとっては大きな出来事だ。
「代理、どうかしましたか?」
帰りのタクシーの中、部下は不思議そうに私の顔をのぞき込む。
「あ、いや、なんでもない。ちょっと考え事をな」
考え事、というよりも頭の中では高校時代の岩永さんが居ついてしまった。おかげで他のことが考えられない。そしてその日の夕方、私にとっては信じられない出来事が起きた。
「はい、佐倉です」
突然鳴った携帯電話。相手は見知らぬ番号。
「あ、佐倉くん、沢田です」
なんと、相手はあの沢田さん、旧姓岩永さんではないか。
「あ、先ほどはどうも」
「うふふ、なんだか他人行儀ね。ねぇ、今日はこれから時間とれないかな?」
なんと、沢田さんからのお誘い。この言葉に気持は舞い上がってしまった。幸い、今日は珍しく残業なし。早く家に帰れると思っていたところだった。妻にはまだ帰るとは連絡をしていない。ちょっとくらいいいか。
「えぇ、大丈夫です」
「じゃぁ、軽くお酒でもどう?」
沢田さん、なんと私を積極的に誘ってくるではないか。それを断るなんて、私の中ではそんな選択肢はなかった。もちろんイエスの返事をして、七時に待ち合わせ。
「おっと、家に電話をしておかないと」
妻が電話に出たとき、口の方からこんな言葉が先に飛び出した。
「あ、今日は残業で遅くなる。下手をすると十一時を過ぎるかもしれない」
真っ赤な嘘だ。正直に昔の同級生と飲みに行くと言えばいいのに。相手が相手なだけに、どこか後ろめたい気持ちがあったのだろう。いや、私の中で何かを期待する気持ちの方が強かったのかもしれない。まさか、そんなことはありえないはずなのに。私は冷静を装いながら退社。だが心の中は期待と喜びで小躍りしている自分がいた。おかげで待ち合わせより十五分も早く到着してしまったほどだ。
「お待たせ。どこに行こうか?」
時間ぴったりに現れた沢田さん、妙に気軽に私に話しかけてくる。
「そうですね、近くの居酒屋でいいですか?」
「うふふ、佐倉くんなんか他人行儀ね。あ、居酒屋よりちょっといいお店があるんだけど。少し歩くけどいい?」
他人行儀か、まだ緊張しているのかな? 案内されたのはイタリアンのお店。大人の雰囲気が漂う。部屋も個室で、男女の密会にはぴったりの場所だな。
「乾杯っ」
ワイングラスがチンっと鳴る。そこから大人の会話がスタートした。
「佐倉くん、高校卒業以来だね」
「奥さんはいるんでしょ?」
「お子さんは?」
「休みの日とか何をしているの?」
沢田さんは私に次々と質問を重ねて来る。別に隠す必要はないので、正直にそれに答えていく。そしてこんな質問が飛び出した。
「高校のときにさ、誰か好きな人いた?」
この質問、とっさには答えられなかった。なにしろその答えとなる人が目の前にいるのだから。答えるのに躊躇していると、沢田さんはニヤッと笑ってこんな事を言い出した。
「あのね、私高校のときの先輩と結婚したんだ。野球部でピッチャーだった沢田先輩。覚えてる?」
覚えてるも何も、沢田先輩は有名人だったから。男の目から見てもカッコいい人だった。そうか、沢田先輩と結婚したんだ。
「でもね、子どもができなくてさ。だから私、仕事に走ったの。おかげで今は家庭崩壊寸前だけどね。まぁ、彼も他に女つくってるみたいだし」
あっさりと言う沢田さん。そこから沢田先輩に対しての愚痴が始まった。私はただうなずいてそれを聴くだけ。大変な人生を送ってきたんだな。
「佐倉くんは今、幸せ?」
突然そう聞かれて、私は答えに詰まった。家族と特に問題もなく暮らしている。それはそれで幸せ。仕事も多少の不満はありながらも、それなりにやらせてもらっている。これも今のご時世からすると幸せなのだろう。けれど何かが足りない。それが何かわからない。この思いが私にこんな答えを出させてしまった。
「見た目は幸せかもしれないけれど、心の奥ではそうじゃないんだよ」
「それ、どういうことかな? よかったら教えてくれる?」
沢田さんのするどい突っ込みに、私は今まで考えもしなかった答えが口から飛び出し始めた。
「妻とはそれなりにうまくやっている。家庭も安泰だし、仕事も不満はあるけれどそれなりの給料ももらっているし。けれど何かが足りないんだよ、何かが。心のどこかにすき間がある気がして。そこが埋まれば、もっと幸せを感じられるのかも知れない」
「じゃぁ、そのすき間を私で埋めてみない?」
私も大人だ。それが何を意味するのかくらいはわかっている。高校時代の憧れのマドンナが私を誘っているのだ。これ以上何を望めというのだ。
改めて沢田さんの目をのぞき込む。からかっているのではないことはわかる。私を欲している目だ。この後、沢田さんと大人の関係になるまでに時間はかからなかった。
「佐倉くん、よかったわ。また会ってくれる?」
この時、私はすでに沢田さんに心を奪われていた。
「もちろん」
二つ返事でOK。この日から、心の中にあったすき間が埋まった気がした。
妻に対しての罪悪感は不思議となかった。それどころか、妻に対して逆にやさしく接してあげられる自分がいた。仕事に対しても、上司への不満が薄れた気がする。というよりも、ふと気がつくと沢田さんのことで頭がいっぱいになっているので、上司のことなんか考えている暇がなくなった。彼女は俗に言うあげまんなのか?
四十一歳の春、ここを境にして人生が変わってきた。そんなある日、沢田さんからメールが届いた。
「プロジェクトの件で打ち合わせを行いたいため、来社していただけないでしょうか?」
今回は真面目に仕事のメールだ。もちろん即OKの返事。
「課長、四星商事から打ち合わせの要望が来たので出かけてきます。長引いた場合は直帰してもよろしいですか?」
これはもちろん、沢田さんとのアフタータイムをにらんでのことだ。課長も仕事ならばということで了承してくれた。
打ち合わせは大した内容ではなく、あっという間に終了。どうやら沢田さんも私に会うための口実だったようだ。
「ちょっと気分転換に出ない? たまには外でお茶でも飲もうよ。この前ね、ちょっと面白い喫茶店を見つけたの。そこに行きましょ」
沢田さんの提案に乗らないわけがない。二つ返事で私たちは外に出た。すっかり暖かくなり、もうじき桜も咲き始めるだろう。
沢田さんが案内してくれたのは、カフェ・シェリーというところ。パステル色で敷き詰められたタイル貼りの通り。道幅は車一台が通る程度。その両側に雑貨屋やブティック、中には歯医者まである。この通りは何度か来た事はあるが、店に入ったことはない。
「ここなの。ここのコーヒーのおかげで、私変わることができたのよ」
コーヒーのおかげで? どういう意味だろう。それに変わることができたというのも気になる。沢田さんは軽快に階段を駆け上がり二階にある喫茶店、カフェ・シェリーの扉を開いた。
カラン、コロン、カラン
軽快なカウベルの音。それとともに聞こえてくるいらっしゃいませの声。中に入ると、甘い匂いがする。これはクッキーの香りだな。お店の中はとても小さい。十人も入れば満員になるんじゃないかな。私たちは店の真ん中にある三人がけの丸テーブル席へ案内された。このお店、なかなか落ち着く空間だな。
「ここのコーヒー、すっごく変わってるの。おかげで私、気持ちがふっきれちゃって」
椅子に座るなりそんな話をしだした沢田さん。さっきもそんなことを言っていたが、どういうことなのだろう?
「はい、どうぞ」
かわいらしい店員さんがお冷を持ってきてくれた。
「シェリー・ブレンド二つ、おねがい」
「かしこまりました」
メニューを見る間もなく、沢田さんは注文をする。それほどここのコーヒーに惚れ込んでいるのか。
「佐倉くん、前にも聞いたと思うけど、今幸せ?」
始めて会った日の夜、この質問をされた。あのときは心にすき間があるって答えたな。しかし今はそのすき間が埋まっている。いや、埋まっているどころか、すき間を埋めてくれた沢田さんの存在の方が大きくなってきている。
「君のおかげで、今人生がすごく充実している。この出会いが無ければ、どこかに虚無感を感じながら生きていただろうな」
「うふふ、ありがとう。私ね、沢田とうまくいっていないってこと、話したよね。そのとき、すごく悩んだの。彼と離婚しようか、それともガマンをしてこのままいこうか」
沢田さんはお冷の氷を指先でくるくるかき回しながらそう言う。その仕草が妙に色っぽくドキッとする。このままだと沢田さんにさらに引き込まれそうな気がして、話題を変えることにした。
「と、ところでここのコーヒーが君を変えることができたってどういうことかな?」
「うふふ、それは佐倉くんもシェリー・ブレンドを飲めばわかるわよ。あ、きたきた」
「おまたせしました、シェリー・ブレンドです」
このコーヒーが人の気持ちを変えることができるだなんて。未だわけがわからず、とりあえず口にすることにした。コーヒーを口に入れたとき、妙な味がした。妙な味、という表現もおかしい。確かに味はコーヒーなのだ。けれど何かを思い出させるような、そんな感じがする。さらに口の中にコーヒーを流す。このとき、一瞬頭の中に自分の姿を見た。
その姿は男としてとてもたくましく、周りから頼られているものだった。まるでスーパーマンのような自分だ。そういえば昔、そんな自分にあこがれていた時期があったな。仕事も家庭も、そして恋もバリバリこなしている。昔、トレンディドラマが流行った時期にそう思った。しかし現実はそう甘くない。仕事も家庭もそこそこレベル。特に活躍もしていなければ問題も起きていない。まぁこれが平和というものなのだろうが。では恋はどうなのだ?
「ねぇ、どんなものが見えた?」
ちょうどそのときに沢田さんが私に声をかけてきた。あれっ、さっきの感覚はなんだったんだ?
「うふふ、びっくりしたでしょう。私も最初はそうだったわ」
「一体、何が起こったんだ? 一瞬別のことを考えてしまっていたけど…」
「このコーヒーはね、今自分が欲しいと思っているものの味がするの。人によってはその光景を見せてくれるのよ。私はそれで本当に自分が何を求めているのかに気づいたの」
まさか、そんなことが。けれど、沢田さんの言葉は嘘ではないようだ。事実、私もスーパーマンのようなたくましい自分の姿をちらっと見た。トレンディドラマが流行った時代に憧れていた、あの自分の姿だ。
「ねぇ、佐倉くんはどんな味がした? 何か見えた?」
そう尋ねられるが、さっき見たものを恥ずかしくて口には出せない。
「そうだな…見えたものはないけれど、なんだか元気になるような味がしたかな」
ちょっとごまかしてしまった。
「ってことは今元気がないのかな? 佐倉くん、あっちの方は元気だったくせに」
沢田さんは私の耳元でそうささやいた。
自分が欲しいものの味がする、そしてその光景が見える。これが本当なら、私が欲しいものって…。
「そういう沢田さんはどんな味がしたの?」
「私はね、今日もステキな味がしたの。束縛から解放されて、自由に空を飛び回る鳥のように。そしてそこに快感を覚える。私は私のやりたいようにやる。誰にも何も言わせないわ」
そう語る沢田さんの目は、どこか遠くを見ているようだった。沢田さんの話はさらに続く。
「私ね、この店に来る前まではとても苦しかったの。夫の沢田は野球部でピッチャー、おまけにキャプテンだっただけに何でも自分の思い通りにしたがるの。最初はそれがうれしかった。頼れる存在に思えた。けれど、私の思ったことをやろうとしたら、それはことごとく否定されてた。それでもよかった。彼を愛していたから」
愛していた、というわりには寂しい目をしている。
「子どもができないとわかってから、彼は徐々に私から離れていったわ。それは仕方ないことだと自分に言い聞かせてた。だから私は仕事を一生懸命やるようになった。現実を見たくなくて、仕事に逃げてたのね」
その言葉は私の心にぐさっときた。私は家族を省みないわけではないが、時折家族を見たくないときがある。家では妻が子どもの教育に熱心。それに関わりたくなくて、仕事に逃げている私。不満とは違う。なんだろう、居場所がないという感じがするのだ。
「そういう点では、一緒かもしれないな」
私はポツリとつぶやいた。
「うふふ、似たもの同士か。それもいいかもしれないわね」
「それで、このコーヒーで自分の望んでいるものを見たのか?」
「えぇ、たまたま入った店なんだけど、こんなに人生を変えてくれるとは思わなかったわ。よほど暗い顔をしてこの店に入ったのね。さっきコーヒーを運んでくれた女性の店員さん、あの方マイさんって言うんだけど、声をかけてくれたの。なんだか元気が無いですねって。そしてこのコーヒーを奨めてくれたのよ」
「そうなんだ。でも、コーヒーを飲んで未来を見て、それで人生が変わるものなのか?」
「それだけじゃないの。そのあと、あそこにいるマスターとお話をして。そこで気づいたの。もっと自分のことを好きにならなきゃって。今までの私は私が嫌いだったの。夫を愛していたはずなのに、夫は私を見てくれない。それは私に魅力がなくなったから。そう思っていたわ」
彼女に魅力がないなんてことはない。現に私は沢田さんの魅力に引き込まれているのだから。そのことを伝えようと思ったが、沢田さんの話が更に続いた。
「女ってさ、いくつになっても輝いていたいのよね。だから私は輝くことにしたの。今までの自分の枠をはずして、思ったとおりの行動をすることにしたわ。そんなとき、佐倉くん、あなたに再会したの。一瞬でピンときたわ。この人だったら私の枠をはずしてくれるって」
沢田さんの目は、特別の何かを欲しがっている。直感でそう思った。このとき、あの歌詞が頭の中で響いてきた。四十一歳の春、元祖天才バカボンのエンディング。
枯葉散る白いテラスの午後三時
じっとみつめて 欲しいのよ
特別の愛で ふるえて欲しい
四十一才の春だから
元祖天才バカボンのパパだから
冷たい目で見ないで
特別の愛でふるえて欲しいの。そうか、沢田さんはだれかからの特別の愛を欲しがっていたんだ。そして私もそうだ。お互いに心の中で特別なものを求めていたのだ。けれど、本当にそれでいいのだろうか。お互いに家庭を持っている。今はいわゆる不倫の関係。社会的にそれが許されるものではない。感情の高まりで、私は沢田さんと関係を持ってしまった。このまま進んでしまうと、お互いの家庭を壊すことにならないのか?
「大丈夫よ、私はあなたの家庭を壊すバカな女じゃないから。安心して」
私の心を見透かしたように、沢田さんはそう言う。
それからしばらくはたわいのない会話を続けた。そして夕方になり、沢田さんと夜の街へ。家には残業で遅くなると伝えてある。この関係、いつまで続けられるのだろうか。罪悪感は不思議と無い。そんな自分がなんとなく恐ろしくなってきた。
それから二日経った土曜日。今週は休日出勤もなく、めずらしく朝から家にいる。
「ねぇ、今日街にお買い物に連れて行ってよ」
妻からそうねだられて車を出すことになった。今までの罪滅ぼし、というわけではないが快く引き受けた。車の中では妻が一方的に私に話しかける。内容はなんてことない、まぁ女性ならではの世間話だ。
今日は長女の新しい服と、長男が今年から小学校に上がるため、そのためのいろいろな道具を買いに来た。正直なところ、私は妻と二人の子どもの後ろをついてまわるだけ。別に私がいなくてもよさそうだ。ここで妻に提案。
「ちょっと行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「仕方ないわね。たまにはゆっくり羽根を伸ばしてらっしゃい」
妻の許可が出た。私はあるところへ足を運ぶ事にした。そのあるところとは、カフェ・シェリーである。なぜだか、またあのコーヒーが飲みたくなってきた。
あの時に見た、なりたい自分の姿。あの正体をもう少しはっきりさせたい。その思いが強くなってきた。
カラン、コロン、カラン
カフェ・シェリーの扉を開くと、甘い香りといらっしゃいませの声が私を包み込んでくれた。この前と違って、店は結構お客さんが多い。通されたのはカウンター席。
「シェリー・ブレンドを一つ」
メニューを見ることもなく、私は店員の女性にそう注文した。
「この前はおいでいただきありがとうございます」
カウンター越しにマスターがそう声をかけてきた。これにはびっくりした。前回沢田さんと来たときには、ここの店員やマスターとは特にしゃべったわけでもないのに。どうして覚えてくれていたのだろうか。
「私のこと、覚えてくれていたのですか?」
「はい、沢田さんといらした方ですよね」
「そうですけど…よく覚えていますね」
「実は、沢田さんが結構印象に残るお客様だったもので。それでお客様の顔も覚えていたんです」
なるほど。しかし、沢田さんが印象に残るお客さんというのはどういう意味だろう? そのことをマスターに尋ねてみた。
「う~ん、これはお客様にお話していいのかわかりませんが…」
マスターは若干躊躇しながらも話しを始めた。
「以前沢田さんがお一人で来られたとき、かなり悩んでいらっしゃいました。そこでマイが、あ、ウチの妻ですけど」
マスターは言いながら女性店員を紹介した。ちょっとびっくりだ。ここの若い女性店員が、こちらの渋い中年のマスターの奥さんだとは。かなり年の差があるんだな。
「マイが話し相手をしたんですけど、その場で急変してですね。突然はじけるようになったんです。そのとき、こんなことを言っていました。四十一歳だからって、恋をしちゃいけないってことないのよねって。そのあとお客様と一緒にいらっしゃって、仲良くお話をされていたから」
なるほど、その恋の相手が私だという事がわかったのか。
「大変失礼ですが、お客様はご結婚は?」
「えぇ、まぁ」
私は言葉を濁しながらも、つい正直に答えてしまった。
「そうですか。まぁ大人の男と女ですから、あまりとやかくは言いませんが。一つだけご注意ください。おそらくもう少ししたら沢田さんに心を奪われてしまう時期がきます。その時が一番怖いですから」
マスターは何かを悟っているかのように私に警告してくれた。ある意味すでに沢田さんに心は奪われているのだが。
「それ、どういう意味ですか?」
「そうですね…あ、そうだ。マイ、あのクッキー出してあげてもいいかな?」
マスターはクッキーで何をしようというのか。しばらく待っていると、あのコーヒー、シェリー・ブレンドと二枚のクッキーが運ばれてきた。そのクッキーは白っぽいものと濃いブラウンの二色。
「まだちょっと試作品なのですが。実験台になってもらうようで申し訳ないのですが、まずは白いほうを口に含んで、それからシェリ・ブレンドを口にしてもらえますか」
私は言われるとおりに行動した。まずは白い方を口に含む。かなり甘い、が甘ったるいという味ではなく口の中でとけるようなまろやかさがある。続いてシェリー・ブレンドを口に含む。その苦味と甘さが口の中で融合し、ほどよい味に感じる。
その瞬間、私はオフィスの中にいた。そこで一生懸命に仕事をしている、かと思ったらそうではない。なぜかボーッとしている私。その私を客観的に見る私がいる。まるで二つの意識を一緒に体験しているような感じがする。なぜボーッとしているのか。理由はすぐに分かった。沢田さんのことをつい考えてしまっているからだ。いかんいかん、そんなことでは部下にも示しが付かない。
ここで気づいた。さっきカフェ・シェリーのマスターが言った言葉。沢田さんに心を奪われてしまう時期が一番怖い。このことだったのか。沢田さんのことで頭がいっぱいになって仕事が手につかない。下手をすると、家の中でも妻と向き合いながらもそうなってしまう危険性がある。
「いかがでしたか。先ほど私がお伝えしたことの理由が見えましたか?」
マスターの声で我に返った。
「あ、え、今のは…?」
夢と現実がごっちゃになってしまった感じがする。
「今、私が言ったことの謎が見えたのではないでしょうか」
「はい、マスターの言われた通り、私は沢田さんのことで頭がいっぱいで仕事が手につかない状況に陥っていました。でも、あれってなんだったのですか? シェリー・ブレンドって自分の欲しい未来を見せてくれるのではないのですか?」
「実は、先ほど食べた白いクッキーと合わせると、今欲しいことの答えを感じることができるんです。ある牧場でとれた牛乳、これをクッキーにふんだんに使っているのですが。どうやら相乗効果でそうなるみたいなんですよ」
ということは、私はそうなる危険性があるということか…。
「マスター、じゃぁ私はどうすればいいのですか?」
「どうしたらいいか、ですか。では一つお聞きします。あなたはどうしたいとお思いですか?」
どうしたいのか。ここでまた頭を悩ませてしまった。私はこの先、どうしたいのだろうか。家庭を壊してまで沢田さんに走るつもりはない。かといって、沢田さんと別れるというのも嫌だ。どちらも大事にしたい。そんなワガママで都合のいいことなんてできるのだろうか?
「また悩んでいるようですね。では今度は黒い色のクッキーを口に含んでもらえますか。そしてシェリー・ブレンドを飲んでみてください」
マスターの言われるとおりにしてみた。今度はどうなってしまうのだろうか?
クッキーを口に含むと、今度は香ばしい味わいが口の中に広がった。一瞬、草原の風景が頭の中に浮かんだ。そしてシェリー・ブレンドを飲む。香ばしさと苦味が大人の味をかもしだす。その瞬間、私が目の前に現れた。
私は大きく腕を開いて、何かを包み込んでいた。その何かが次第にはっきりしてくる。妻がいる、子どもがいる、部下たちもいる、友人や取引先の人も。そしてもちろん、そこには沢田さんもいる。そうか、私は多くの人をこうやって包み込んでいたいのか。そうなるためのたくましい自分になりたいのか。
ここで私は目を開けた。このとき、目の前にいるマスターがとてつもなくたくましくて大きな存在に映った。それはどうしてか? この笑顔だ。全てを包み込み、容認してくれるこの笑顔。そこに安心感を覚え、これでいいんだという気持ちにさせてくれる。そうか、私に今足りないものはこれか。
「何かわかったようですね」
「はい、今ハッキリとしたことがあります。私はもっとたくましくて大きな存在になりたい。沢田さんに対してだけじゃなく、家族にも、そして周りの人にも。全てを包み込める、そんな存在になりたい」
そして思い切ってあることを試してみた。顔を上げ、マスターの目を見て、心の奥から楽しいことを考え、そして笑顔になる。
「そのために、この笑顔が必要なのですね」
私の笑顔に、マスターは輪をかけた笑顔で返してくれた。
「笑顔、いいですね。あれこれ悩むのではなく、今そのものを楽しむ。そうすることで心を奪われることもなく、人生を充実させることができますよ」
なんだかふっ切れた気がした。自分は人生を充実させたい。しかし、あれこれ悩みすぎていた。目の前にあることに気づかずに、迷いの方にしか目がいかなかった。
このとき、あの言葉が頭に浮かんだ。
「これでいいのだ」
バカボンのパパの言葉。今を思い悩むのではなく、今を楽しむ。これでいい、これを楽しむ。私に足りなかったのはそれか。
「マスター、ありがとうございます。笑顔で今を楽しむ。そのことを忘れていました。あれこれ思い悩むことはないんですね」
私の言葉に、またマスターはにこりと笑って答えてくれた。
「そういえば、さっきの白いクッキーは牛乳だっておっしゃっていましたが、今度の黒いのは何が入っているのですか? やけに香ばしかったですけど」
「はい、あれは黒ごまを炒って自家製ペーストを作って練りこんでみたんです。この黒ごまもあるところから仕入れたもので」
「それで、シェリー・ブレンドと一緒に食べるとどのような作用があるのですか?」
「実はまだ実験段階でして。おそらくなのですが、どうやらなりたい自分というのが見えてくるようです。シェリー・ブレンドだけでもその効果はあったようですが、今度のは自分の未来像に焦点が当たるみたいです」
「なるほど、それであの姿がみえてきたのか。おかげさまですっきりしました。本当にありがとうございます。今日は思い切って来てよかった」
このとき、ポケットの中で携帯電話が鳴った。妻からだ。
「あなた、買い物終わったから」
「あぁ、わかった。で、どこに行けばいいんだ?」
妻から待ち合わせの場所を聞き、ちょっと重たくなった腰をあげる。
「おや、ちょっと表情が険しいですよ」
マスターからそう言われて気づいた。いかんいかん、今を楽しまなきゃ。
「マスター、ありがとうございます。こういう一つ一つのことを笑顔で楽しむ。それが大事なんでしたね」
マスターは私の言葉に笑顔で答えてくれた。おかげでその日は妻の大量の買い物にも笑顔で対応することができた。以前だと、呆れてしまって愚痴がこぼれていたところなのに。おかげでこの日は久しぶりに夫婦揃っていい気分になった。夜も久々に妻とやることをやったし。沢田さんとの関係を持ちつつも、妻との関係を楽しむことができた。
これでいいのだ。四十一歳の春にして、人生の楽しみ方がわかってきたような気がした。バカボンのパパは、こういった毎日を過ごしていたのだろうか。そう思うと、なんだか明日という日を迎えるのが楽しみになってきたな。期待感を持ちながら眠りにつくことができた。
そして迎えた月曜日の朝。いつものように出社し、いつものようにあいさつ。
「あれ、なんかいいことあったんっすか?」
部下からそんな言葉をかけられ、私としては意外だった。
「えっ、どうしてそう思ったんだい?」
「いやぁ、なんかすっごくニコニコしてますから」
そうなのか、周りから見るとそんなふうに感じるのか。この日はおかげで取引先ともスムーズに商談が進んだ。私自身、とても気持ちが軽いことに気づいた。その時その瞬間を楽しみながら過ごすことができている。なるほど、これでいいのか。
が、人生万事塞翁が馬。良い時もあれば悪い時もあるものだ。絶好調の気分の時に、四星商事から呼び出しがかかった。相手はもちろん沢田さん。打ち合わせが終わり、また沢田さんからお誘いを受けた。この時までは最高の気分だったが、まさかこんな事態に陥るとは。
行った先はカフェ・シェリーではなかった。どうしてだろう、このときはそう思ったのだが、こんな話はカフェ・シェリーではできないことはすぐにわかった。
「ごめんなさい。私と別れて欲しいの」
「えっ!?」
あまりにも突然のことだったので、気持ちが動揺してしまった。
「ど、どうして? 何かまずいことでもあったの?」
「ううん、違うの」
「じゃぁ、なぜ?」
「うまく説明出来るかわからないんだけど…」
沢田さんはコーヒーのスプーンをぐるぐるかき混ぜながら、じらすように私を見つめてそういう。うまく説明できるかどうかって、とにかく話をしてもらわないとこちらもわけがわからない。ついさっきまでの幸せな気分はどこかへ吹き飛んでしまった。
別れ話なんて、いつ以来の体験だろう。大学の時につきあっていた彼女とうまくいかなくなったとき、それが最後か。ということは、二十年間くらいそんな経験がなかったのか。それだけに心の動揺は隠せなかった。
二人の間にはしばらく沈黙の時間が流れた。その沈黙を破ったのは沢田さん。
「あのね、私、あなたよりも気になる存在を見つけちゃったの」
「見つけちゃったって…つまり別に男ができたってことか…」
この瞬間、怒りよりも自分に対しての魅力の無さにある情けなさの感情の方が先に出てきた。まだまだ自分にはたくましさがなかったのか。沢田さんを包み込めるほどの技量が備わっていなかったのか。
「ううん、違うの。他に好きな人ができたとかじゃないの。あー、これがうまく説明できないなー」
沢田さん、何が言いたいのか今ひとつつかめない。
「じゃぁ、なんなんだよ?」
思わず声を荒らげてしまった。周りの注目が集まる。いかんいかん、冷静にならないと。沢田さんは申し訳なさそうな目で私を見つめる。
「ごめんなさい…あのね、私、今度会社を辞めることにしたの」
「えっ!?」
二回目の驚き。沢田さんの言葉は続く。
「会社を辞めて、ニューヨークに行くの。実は、今書道を習っていて。とてもいいお師匠さんなのよ。その方の書を見ていたら、力が湧くっていうか、笑顔になれるの」
「そんな話、初耳だな」
「ごめんね、あなたとはこんな話すよりもエッチすることしか頭になくて」
まぁ、私も実際にそうだったから人の事は言えない。
「それでね、そのお師匠さんがニューヨークに進出することにしたの。といっても、向こうにつてがあるとか、お呼びがかかったわけじゃなく、長年の夢だったことを単身で成し遂げようとしているの」
「それに沢田さんがつきあうってこと?」
「うん」
「旦那さんは、沢田先輩はなんて言っているの?」
私の質問に、沢田さんはバッグから一枚の紙を取り出して見せることで答えてくれた。その紙は離婚届。
「これがあの人の答え。だから私は心置きなく自由に行動できることになったわ」
そう言われて何も返す言葉が浮かばない。いくつになっても輝いていたい。それが沢田さん、いや、あの紙を提出してしまえば岩永さんになるのか。その岩永さんの願いがそれだったから。そして今、その願いが叶うときがきたのだから。私にそれを止める権利はない。
「ニューヨークへはいつ?」
「うん、一か月後に。離婚も進んだし、今の家から出て行く算段もつけなきゃいけないから結構バタバタなのよ。会社の引継ぎもあるしね。だからごめん、会うのは今日が最後になるわ」
最後、か。別れてしまうのは名残惜しいが仕方ない。このとき、また頭の中にあの言葉が響いた。
「これでいいのだ」
そう、これでいいのだ。彼女とあまり長く続けてしまうと、いつかはカミさんにバレて大変な事になる。これも潮時かもしれない。ここは笑って彼女を見送るのが男というものだろう。
「そうか、わかった。じゃぁ今日でお別れだね」
「ごめんなさい。でも、佐倉くんと出会えて本当に楽しかったわ。久しぶりに燃えたしね」
ウインクをしながらそういう彼女は、また魅力的に見えた。
結局、その日の夜は最後のお別れとして愛しあった。いや、そこには本当の愛はなかったのかもしれない。ただ欲望のままに抱き合った、というのが正しいのだろう。
こうして私の短い春は終わった。沢田さん、いや今は岩永さんともそれっきり連絡をとっていない。会社の仕事も新しい人に引き継いでしまった。少し虚しさが残る春。ちょっと気が重かったが、なぜか足はカフェ・シェリーへと向かっていた。
「いらっしゃいませ」
マスターは私の顔を見てすぐに手招きをした。
「沢田さん、いらっしゃいましたよ。ニューヨークへ行くそうですね」
「えぇ、おかげでまた元に戻ってしまいました」
「いえ、元には戻っていませんよ」
「どういう意味ですか?」
「少なくとも、佐倉さんの心の中には変化があったはずです」
心の変化か。確かにマスターが言うとおりだ。岩永さんが私の前から消えてはしまったが、今を楽しむという気持ちに変わりはない。
「マスター、シェリー・ブレンドでまた新しい何かが見つかるかな?」
「えぇ、そうなるといいですね」
四十一歳の春。出会いがあり、気付きがあり、別れがあり。短い時間だったが、私はこれからの人生で大切なものを得たような気がする。まだまだ人生は折り返し地点。残り半分を、毎日楽しみながら生きていく。耐える必要はない。
「お待たせしました」
私は今後の期待を込めて、シェリー・ブレンドに口をつけた。
<四十一歳の春だから 完>