8話 街? に到着
馬車のような乗り物に載せられ、僕はどこかに向かっている。
ドナドナの気分だ。別に悲しくはなかったが、村人が見送ってくれていたので、手は縛られているので振れないが、悲しげな表情を作ってやった。
当然村人も手は振ってくれなかったよ。分かっていたけどね……。
ひとまず、馬車といっても屋根や幌がある立派な馬車ではないみたいだ。馬が曳く荷台がついたようなものだ。荷馬車というのが正解みたいな感じである。
二頭引きの荷馬車で、御者台に2名が乗り、荷台の両脇には木張りの長椅子のようなものがあり、そこに3名の兵士が座っている。5人一組で行動しているようだ。
当然といおうか、僕は椅子に座るわけもなく、その後方にある荷物置場のようなところの床に転がされている。
車輪が小石に乗り上げ、荷台がガタンと揺れる度に身体も右へ左へと転がり、黙っていても痛む身体が余計に痛んだ。
あぅ! おぅ! と、小さな悲鳴を漏らすも、兵士達は素知らぬ顔で話し込んでいる。
時折奇妙な生き物を見るような目で僕を見て来ることから、僕の話題でこの暇な時間を過ごしているだろうことは想像がつく。
──はてさて、僕はこれから一体どうなるのだろうか。
あの悪臭小屋から連れ出してもらったことは、若干だが嬉しく思う(生まれて初めて空気が本当に美味しいと思った)が、この先どうなるかを想像すると、悪臭部屋から連れ出してくれた以上の喜びは、この先訪れないような気がする。
兵士に拘束されて連行されている時点で、犯罪者的扱いを受けていると考えて良いだろう。そうなればこの先刑務所のような所か、もしくは処刑台のようなところに連れて行かれる可能性があると考察できる。
でも処刑ならわざわざ連行しなくてもいいような気がするけどね。さっきの村の周りにはほとんど何もない場所だから、そこに縛られて放置されるだけでも、黙っていても数日中には死ぬだろうし、森も近いので獣の餌として捨てて行くのも手だ。それに武器も持っているのだから、サクッと殺して川にでも捨てればいいだけだからね。
というわけで、僕はすぐに殺される確率は少ないだろうと考察した。
きっと、あの村で、無断で畑の作物を食べてしまったことが、窃盗罪とか不法侵入罪とかに問われるのだろうか。
もしかして窃盗は即死罪的な犯罪に属しているのかもしれない。けれども尋問は必要とかで連行されるのだろうか。
この世界の常識は、今の僕では何も分からないのだ。そんなケースもあるかも知れない。
それでも言葉が通じないのは如何ともしがたい。尋問すらまともに受け答えできないではないか……。
もしかしたら僕と同じような人がいて、通訳してくれるかもしれない。けれども日本語を話すような転生者とか転移者がいなければどうにもならない。
あと不思議に思うのは、まだ数人にしか出会っていないが、今まで見る人たちが、全て猫の獣人だということだ。
僕のような普通の人間をまだ見ていない。そうはいっても僕自身の顔をまだ見ていないが、頭に耳もなかったし、尻尾も生えていない。触った感じでは目も耳も鼻も以前の世界で触った覚えがある場所にしっかりとついていた。だから普通の人間の顔だと想像できる。
耳も尖っていないから、エルフでもないと思う。
さて、ここで再度疑問です。
こうして猫の獣人さん達を何人か見て来ました。村人もそうでしたが、この兵士と思われる方々も、ちゃんとした服装をしています。
ということは、この世界では服を着るという文化は、当然のように定着しているということです。僕のように大事な部分だけ粗末な木の皮のようなもので隠しているわけではないのだ。
ではなぜ僕はマッパ同然でこの世界に転生したのでしょう。
裸族に転生した? 前の世界でいうどこかの原住民族みたいな? いやいや、それはやめて欲しい。ち〇こケースを付けているような種族だけはマジで勘弁です。
とにかく僕みたいな普通の人間が他にいるのかどうか、その辺りも検証しなければ、この世界の実情は分からないだろう。
文明的にはどうだろうか。
村では悪臭小屋しか見ていないけど、チラッと見た他の建物は、そう粗末な感じではなかったように思う。
電気や水道があるかどうかはまだ分からないが、こうして馬車や舗装されていない道があるということは、前の世界よりもかなり遅れている可能性がある。
どう見ても自動車や電車みたいなものもなさそうだしね……。
そしてこの兵士みたいな人達が腰に提げているのは、間違いなく剣だろうし、この荷台にも槍のようなものが備え付けられている。
そうすると、自ずとこの世界での闘いは、銃器とかではなく剣や槍でするものなのだろうと考察できる。
そしてそれらを見ればおおよその文明レベルは知れるだろう。
日本でいうところの江戸時代より前、ヨーロッパでいう所の中世、そんな所だろうか。
産業革命よりも以前の世界。そう考えて差し支えないだろう。
そしてあとは、魔法があるかどうかだ。
異世界といえば剣と魔法の世界だ。物語の定番中の定番、それがなければ始まらないだろう。猫の獣人さんがいる世界だし、まるっきりファンタジーな世界じゃないか。期待大で、なんかウキウキしてくるよ。
とはいえ、ウキウキなどしている場合ではない。
現実問題、僕は非常に厳しい立場に立たされている。
異世界に転生したはいいが、言葉も通じない。まして魔法や特殊能力といった、異世界モノには定番のチートと呼ばれる能力が、全くないときている(たぶん確定)。
これは詰んだと言っても過言ではないだろうか。
そして出会う人々は獣人、僕と同じ普通の人間はまだ見ていない。
そして最悪なのは異世界に来て早々、もう僕は自由を奪われている。
兵士に拘束されどこかに連行されている最中なのだ。これ以上明るい未来は望めないのではないかと想像できる……。
なんか、考えれば考えるほど、最悪な異世界転生だ。いったい何が悲しくてこんな転生に……?
──僕が憧れていた異世界は、こんなに厳しい世界じゃない! アニメやラノベの主人公のようにね、こう、なんていうの? もっとこれぞ異世界転生の主人公です的なモノを求めたっていいですよね? 別に最強で俺tueeee! なんて大それたことは望みません。知識チートでもなんでもいい。ゆるふわスローライフだって問題ない。主人公でなくともサブキャラでも、なんならモブでも構わない。ただ普通に異世界を満喫できればそれでいいんだよぅ!
ガタンと馬車が激しく揺れる。
「……あぅ!」
体の痛みも相まって、なぜか涙が頬を伝った。
僕はなんのためにこの世界に来たのだろうか……確かに心の底から異世界に行きたいと望んでいたし、願ってもいた。けれども、のっけからこれはないでしょう……あまりにも不親切すぎる……。
これが異世界と言われてしまえば、確かにそうなのかもしれない。僕の知っている異世界は、物語の上での話で、ご都合主義満載のチート満載な世界で成り立っている。現実ではありえない非現実的世界なのだから……。
でも、それでも、異世界に夢を追い求めてもいいのでは? もっとファンタジーにしようよ……そう思うのは僕だけだろうか。
こんなハードモードの異世界なんて、嫌いだ!
僕は心の中で、また涙をちょちょ切らすのだった。
翌日のお昼ぐらいに、馬車はどこかの街に到着した。
街と形容するのは、僕がカブ泥棒を働いた村のような所と比べて、その規模が桁違いに大きいからだ。
昨晩も兵士達は手近な村に寄って宿を取った。その村こそ最初の村よりも大きかったが、そんなにたくさんの住民が住んでいないような、やっぱり村だった。
ちなみに宿を取ったのは兵士達だけで、僕は馬房の横にある藁がうずたかく積まれた倉庫だった。うん、分かっていたよ。そんな扱いってことはね……。
悪臭小屋よりはまし、と思うしかない。
ゲームの世界でなら、馬小屋(無料)に泊まっても怪我やHPが回復するが、現実はそうはならない。怪我も治らないし、HPはこの世界にきた時点から瀕死ゲージだ。
まだ死なないだけ今は感謝するしかないのかな……。
それと依然として同族かもしれない普通の人間とは出会っていない。
この街に来るまで、出会う人全て猫の獣人さんだった。そして街に入ってからもそれは変わらない。道行く人達は、全員猫の獣人さんです。
犬の獣人はいないの? エルフとかは? まさか猫の獣人さんだけの世界とか? じゃあ僕のような普通の人間は? などと考えるが、上手くまとまらない。まだ情報が少なすぎるのだ。
ファンタジーの世界なら、そう思って仕方ないだろうが、けして僕が猫の獣人を嫌いなわけではない。むしろ好物です。
でも、この世界に来てから猫の獣人しか見ないのもどこか腑に落ちない。異世界なら色々な種族がいてもいいよね? そう思うのは僕がアニメやラノベに毒されているからだろうか。
『竜也氏! 今貴殿はそんなことを考えている余裕なんてないでござるよ!』
オタ友のそんな鬱陶しい声が聞こえてくる気がした。
でも仕方ないじゃん。異世界に来てからこっち、僕の想像など及ばないほどにこの世界は厳しいのだ。いまは何をしても無駄なように思える。
このまま成り行きに任せるしかないんだよ……。
『拙者なら自らの力で、今ある困難を打開するでござる!』
はいはい、ならやってみなよ。
なんの力も持たないマッパ同然の非力な少年に、いったいなにができるんですか? 言葉も通じない、武器も持っていない少年になに、いったいなにが……。
仮に逃げ出したにしろ猫の獣人さんしかいない街で、この姿は目立ちすぎるでしょ? すぐに捕まって余計ひどい目に会いそうなんですけど。痛いのは嫌なんです。
だから成り行きに任せることにしたよ。なるようになるさ、ケセラセラ〜(半ば自暴自棄)。
おとなしくしていれば、たぶんこれ以上ひどい状況にはならないだろうからね。
これ以上酷いこととは、死ぬことしかないですけど(自虐)。
脳内でオタ友と語らい合っていると、馬車はとある場所で停車した。
兵士達が馬車から降りて誰かと話しているようだ。
僕の処遇を決めているのかもしれない。
そして話が終わると、兵士が一人またやって来て、僕の首にかけたロープを引き、『さあ来るんだ!』と言った。そう解釈しただけで、言葉的には全く分からないですけど。
そうして僕はまた何処かへ連れて行かれるのだった。