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68話 ストーカーと眠り姫 ★

 王都に到着した翌日、私達は研究所へと行くことになった。


 昨晩使いの者を大公様に向かわせたところ、面会は2日後になったと父から言われたので、一日空いてしまったのだ。

 本当ならタツヤとマロンに王都の城下でも見学させたいところだったのだが、どんな危険があるか分からないので、母からも止めるようにと言われている。

 タツヤもそのことは承知しているようで、特に反対はしなかった。ただ少し残念そうだったのが印象的である。もう少し安全が確保されたら城下を案内すると約束すると、絶対ですよ! と嬉しそうにしていた。


 そこで空いてしまった一日をどうするか考えた結果、それならば以前から予定していた通り研究所へと向かうことにしたのだ。

 例の夢を研究している変わり者の所へ、タツヤの夢の話を聞きに行こうという事になったのである。

 研究所へは馬車で向かうので、危険は少ないと思う。護衛にケントと二人の部下も付けてもらっているので襲われることは少ないだろう。


 タツヤとマロンは、車窓から王都の風景を眺めては、見るもの全てが物珍しいのか、ワイワイと楽しそうにしていた。


「そういえばご主人様、その夢の研究をされている方との面会予約は取れているのですか?」

「いいえ、面会予約なんて面倒なことしませんよ」

「えっ? ではいないかもしれないのでは?」

「いいえ、いますよ。よっぽどのことがない限り研究室から出ることがない人ですから」

「か、変わった人なんですね……」

「前から言っていますよね、変わった人だって」


 だから変人なのだ。


「三度の食事よりも研究を優先させるような人ですよ。外出する暇があったら研究していますよ」

「そうなんですか……筋金入りですね」


 夢の研究ということで、半分以上は寝ていることが多いから、起こすのに苦労するだけだ。

 よくもまあそんな人が王都の研究所に入れたものだと思うかもしれないが、夢を見ることに関して妥協しないようで、その副産物で多くの催眠魔法などを考案し、実用にまで至っているのだ。その功績が認められているのだから始末に負えない。

 趣味が実益となってしまったいい例だ。


「まあ会えばわかるわよ。変わり者だから」

「期待しています」


 タツヤは苦笑いを浮かべながらそんなことを言った。

 なんの期待か知らないが、ちょっとやそっとでは期待を裏切らないほどの変人だと思う。



 そうこうしているうちに研究所へと到着した。

 街外れの緑豊かな広大な土地に数十棟の建物がまばらに建っている。敷地自体はハーネルの学校の数倍の広さを持つが、建物の数はそう多くない。分野ごとに分かれているので、一番広い敷地を使っているのは、食料研究棟だろうか。畑が大半を占めている。


 いちおう国の公的機関とあり、警備は厳重である。

 身元の確認をし、怪しい者は中に入ることも許されない。特に他国の者には、厳しい制約が課せられるのだ。

 ここには父と母の研究室もあるのでフリーパスに近い。なぜなら今日は母も一緒なのだから。母も領主会議と同じ日に教育委員会の会合があるそうなので、今日は暇らしい。


 ちなみに父も来たがっていたのだが、3日後に控えている領主会議の準備があるので、母に同行を許してもらえなかった。旅の途中何かあったのだろうか? やけに母が父に冷たくなった気がするが……気のせいだろうか。


 ほどなく目的の研究棟に到着した。


「ミルキー。わたしは向こうの研究棟に行っていますから、そこの用が終わったら来るのですよ。タツヤに見てもらいたいものを準備しておきますからね」

「はい、分かりました」


 母は私達を馬車から降ろすと、自分たちの研究室へと馬車を進めたのだった。

 私とタツヤ、マロン、キャンディーにミッチェルの五人と、何があるかはわからないのでケントともう一人衛士を置いていってくれた。


「さて、行きまし──」

「──ミルキー様!」


 ──ょうか。と言い切る前に、誰かがわたしの名を叫びながら走って来た。


「えっ?」

「ミルキー様、キャンディー様、それとタツヤ君、お待ちしておりました」

「ハイド様?」


 それはゲイリッヒ家次男のハイドだった。


「どうしてハイド様がここに……?」

「ええ、父の領主会議と兄の後継報告に便乗して来てしまいました」

「ん?」


 嬉しそうにそう語るハイド。来ちゃった! みたいな言い方が、どことなく計画性を物語っているような気がしないでもないが、気のせいだろうか。

 というよりも、なぜ私達がここに来ることを知っているのだろう。確か王都に旅立つ数日前にハイドがタツヤに会いに屋敷に来ていたが、私は王都の大公様に会いに行くとしか言ってないのだ。なぜ研究所にいるのだろうか。

 それに険悪な家族関係のゲイリッヒ侯爵と兄のバーンと一緒に便乗して来るとは、とても信じられないことだ。何がそこまで彼を突き動かしているのだろうか?


「あ、それは僕のせいかもしれませんね。この前僕の夢の話を少しハイド様としていまして、もしかしたら王都に行ったら研究所へ行くかもしれない、と話していたのですよ」

「……」


 タツヤが申し訳なさそうにそう言ってくる。

 だがどうして今日ここへ来る事を知っているのだろうか? ここに来ることが決まったのは昨日の晩である。どこにも話は漏れていないと思うけど……。

 まさか、数日前から待ち伏せていたとか? いやいや、それはないだろう。きっとハイドも何か研究所に用があって、たまたま私達を見つけただけ。そう思うことにした。


「そ、そう……」

「いやあ、タツヤ君の夢でどんなことが分かるのか楽しみですね」


 ニコニコと満面の笑みをたたえるハイドは、表情を多少紅潮させている。

 そこまでタツヤの夢に興味があったのだろうか。研究者の血でも騒いだのだろうか?


「ハイド様、チョット……」


 するとそんなハイドを、タツヤとキャンディーが引っ張ってゆき、少し離れたところでこそこそと何か話をしている。ハイドは二人に何か言われて、顔色を悪くして恐縮しきりだ。

 いったいなんなのだろうか?

 暫くヒソヒソ話をしていると、話も終わったらしく、


「ご主人様、では行きましょうか?」


 とタツヤが何もなかったかのようにそう言った。


「え、ええ、そうね……でもこそこそとなんのお話をしていたのですか?」

「お姉様には関係ありません。さあ行きましょう」


 キャンディーも私には関係ない話だと、涼しい顔で切って捨てた。その後ろでハイドは所在なさげに引き攣った笑顔で私を見ている。

 関係ないと言われたら余計気になるのだけど……。


 でもそうたいしたことではなさそうなので、ここはそれ以上聞かずに研究室へと向かうことにした。



 この研究棟は、特異な部門の研究をしている研究者が集まる複合研究棟である。

 多くの研究者達からは、掃き溜め棟と呼ばれているらしいが、その中に夢を研究している変わり者がいるのだ。

 通称【眠り姫】。私が生徒会長になる前に生徒会長だった大先輩である。


 広い研究棟の廊下を進む。他の研究棟のように忙しく走り回る者など誰一人としていない静かな廊下だ。特異分野とあって交流も少ないのか、それぞれ研究室へ引きこもるようにして研究を進めているのだろう。


 コンコン、と眠り姫の研究室の扉をノックする。

 が、部屋の中から返事も何も聞こえてこない。やっぱり夢の世界で研究をしているのだろうか。


「先輩、ミルキーです。いらっしゃいますよね?」


 再度ノックをしてそう声を掛けると、ガタン! と中から何かが倒れるような音がする。

 そしてバタバタと忙しげに走ってくるような音が聞こえてきたかと思うと、勢いよく扉が開かれ、


「──ミルキーちゃん!」


 と叫びながらキャンディーに飛び込むように抱きついた。


「……」



 髪はボサボサ、目の下にはクマができていて、非常に不健康そうな眠り姫がそこにいたのだった。



 ▢


 幕間 ストーカー



 研究所で張り込んでいるとミルキー達が現れ、ハイドは出会えた嬉しさを全身全霊で迸らせていた。

 それを聞いてキャンディーとタツヤが顔を見合わせ、そして頷いた。


「ハイド様、チョット……」


 二人でハイドの袖を強引に引き、その場から少し離れる。


「ちょ……どうしたのですかキャンディー様、タツヤ君……」

「ハイド様、これは明らかにまずい行為です。気持ち悪いです」

「ハイド様……お待ちしていましたはないですよ。まるでストーカーじゃないですか……」

「えっ、えっ⁇ き、気持ち悪い? それに、すとーかー、とはなんでしょうか?」


 キャンディーとタツヤの言葉に狼狽えるハイド。


「ストーカーとは、まあ端的に言えば変質者のことですね」

「へ、変質者ですか、わたくしが……」


 変質者と言われ、が〜ん! と衝撃を受ける。


「せめて『あ、ミルキー様ではないですか、こんなところで出会うとは奇遇ですね』ぐらいに、偶然を装うようにしないとまずいですよ?」

「もしかして昨日ぐらいからここで張り込んでいたのですか?」

「は、はい……二日前から……」


 二日前から、という言葉にキャンディーもタツヤも呆れてしまう。

 先日王都に行くとは言っていたものの、研究所にくることが決まったのは昨日の晩のことだ。いつ訪れるとも知れないし、もしかしたら時間が取れなくてこられない可能性もあったかもしれないのだ。

 そんな不確かな情報を元に二日も前から待っていたとは、これは筋金入りのストーカーとしかいえない。


「お姉様はその辺りは鈍感ですから気づいていないかもしれませんが、今後注意したほうがよろしいですよ?」

「は、はい……」

「ここは僕達が誤魔化しておきますので」


 ハイドは自分がしていたことが変質者じみた行動と聞き、意気消沈してしまった。


「ご主人様、では行きましょうか?」

「え、ええ、そうね……でもこそこそとなんのお話をしていたのですか?」

「お姉様には関係ありません。さあ行きましょう」


 みんなは研究棟へ向かい歩き出す。

 ハイドは学校が休みの間、ミルキーに会えることだけを胸に、不仲な父親と兄へお願いし、我慢してまで一緒に旅してきたのだ。

 裸猿のタツヤに変質者と言われ、キャンディーにも気持ち悪いと言われたショックもあるが、自分が偏執した行為に向かっていたことを悟り、どことなく落ち込んでしまうハイドだった。


「ハイド様? 行きましょう」


 立ち尽くしているハイドに向かってミルキーが手招きする。


「あ、はい!」


 それでもミルキーのそばにいられることだけで、幸せなハイドだった。



 今後もハイドのストーカー行為は続きそうだ……。


お読み頂きありがとうございます。

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