67話 到着
4日間移動し無事王都に到着した馬車は、ハーネルの街のお屋敷よりも小さめの屋敷に停車した。
このお屋敷は、旦那様や奥様が王都に滞在するときに使うお屋敷ということらしい。別荘みたいな感じなのだろう。領地持ちの貴族だから当然なのだろうね。
屋敷の管理に数人の使用人も雇っているようだ。馬車が到着すると屋敷から出てきて出迎えてくれている。
普段使わないお屋敷にも人を置いておくなど無駄な気もしないではないが、これが貴族のあり方なのだろう。贅沢なものだ。
それにしても四日も馬車に揺られていたので結構疲れも出ている。
前の世界でもこんなに長く移動したことなどがない。電車、飛行機、車での移動で長くても半日程度で済む旅行ぐらいが関の山だった。
この世界の人達はこれが普通なのだろう。そんなに疲れも見せず案外元気そうだ。
マロンも終始元気だった。やはり体力の違いなのか、僕だけが疲れているようである。
ヨロヨロと馬車から降りようとすると、
「タツヤ、耳、耳」
「あ、すいません……」
ご主人様に付け耳が少しズレていると指摘された。
ご主人様はさっと僕の付け耳の位置を直してくれる。
いかんいかん、気を付けねば偽物の猫の獣人とすぐにバレてしまう。迂闊に行動してバレてしまったら大変だ。また攫われたりするかもしれない。
これはもう少し固定する方法を考えた方がいいかもしれない。強力なピン留とかないだろうか。
「はい、これで良いわよ」
可愛らしい手つきで付け耳の位置を直してくれ、最後に髪の毛を整えてくれてニッコリと微笑むご主人様。
それ僕もご主人様やキャンディーお嬢様にやりたいです! とは言えなかった。
「ありがとうございます」
「少し疲れているみたいね?」
「ええ、長距離の馬車での移動なんてしたことがありませんでしたから、身体がバキバキで多少応えています」
「そうですか、まあそのうち慣れますよ」
「ですかね……」
どうも慣れるような気がしないのは僕だけだろうか。
「そもそもタツヤの世界だったら、これくらいの移動距離なら一日か二日くらいじゃない?」
「そうですね。距離的なものなら、飛行機だったら1時間もかからないですね。車だと朝出て昼には着くぐらいですかね」
時間的なものもこの世界にはある。1時間という単位が前の世界と同じかどうかは分からないが、体感的には少し短いような気がするだけで、然程変わらないように思う。
ちなみにこの世界の時間は24時間表記ではなく、上の刻、中の刻、下の刻、と大まかに3つに分けられ、それぞれ10時間ずつ振り分けられている。今で言うならば中の刻の3時ぐらいの時間だ。前の世界での夕方17時ぐらいの感覚だろうか。
「エッ‼︎ 何その移動速度……まるで近所に出掛けるような時間しかかからないじゃない!」
とんでもない世界ね、と感心しているのか呆れているのか、中間ぐらいの表情で驚いてみせる。
まあ空港も高速道路もないので、そんな乗り物があっても使えないかもしれない。
しかし道は舗装されていないが、意外と整備されているのでオフロードタイプの車ならそれなりのスピードが出せるかもしれない。馬車よりは快適に移動できることだろう。
「とりあえず夕食までの間、部屋で休んでいなさい」
「はい、そうさせて頂きます」
馬車から降り屋敷へと入ると、ミッチェル様に連れられて部屋へと案内された。
下働きが入るような部屋ではなく、普通の二人部屋の客間のようだ。もちろんマロンも一緒の部屋である。
「タツヤ、具合が悪かったら遠慮なく言うのですよ? 治癒師を呼びますからね」
ミッチェル様がやけに僕を過保護に扱ってくる。
「お気遣いありがとうござますミッチェル様。ただ少し疲れただけなので、そこまで大袈裟なものではありませんから心配しないでください」
「いいえ、タツヤは少し油断するとすぐ死にそうになるのですから、心配でしようがありません」
「はぁ、すいません」
本当に過保護だ。
まあ確かに体力もないし、突然倒れそうになって鼻血を盛大に流していれば心配にもなるのだろう。
鼻血の原因はよくわからないことにしてるので、殊更心配なのだろう。正直に話したら軽蔑されそうなので、本当の事は墓場まで持ってゆきます。
ミッチェル様は食事の時にまた呼びに来ると言って部屋を出て行った。
最近はドアの鍵もかけないので、多少は信用してくれているのだろうと思う次第だ。
「マロン、疲れてないかい?」
マロンの変装アイテムを外しながら訊いてみる。
「あぃ! マーロ、ン、疲れて、ない!」
「そうか、元気だねマロンは……僕は少し疲れたから、ちょっと横になるね」
「ターチャ、つかれた? だいじょうび?」
猫耳を外してソファーで横になろうとすると、マロンが心配そうに僕を見てくる。
「ターチャ、ここ、ここ!」
そして僕より早くソファーに座り太腿の辺りを叩いて、そこを枕にしろと僕を誘っている。
「いいよ、マロンも疲れちゃうよ?」
「だーめ! マーロがターチャを、なでなでするの」
いつも僕がマロンにしてあげているので、同じようにしてくれようとしているのだろう。
行動も人間らしくなってきた。
「分かったよ」
「わーぃ!」
横になりマロンの膝枕に頭を載せる。
「むふふーん、ターチャ、ターチャ」
マロンは僕の頭を優しく撫で始める。最初の頃のような毛繕いのような手付きとは違い、髪の毛を梳くような感じだ。
ああ、温かい……。
マロンの膝から感じられる体温と、頭を優しく撫でられる気持ちよさ。
僕は少しの間、その心地よさの中で眠るのだった。
▢
温かい。ものすごく安心する。
タツヤがいつもマロンにしてくれている、頭をなでなでしてくれる行為は、とても温かく、そして心を落ち着かせてくれる。
だからマロンもタツヤに同じことをしてみた。それは自分が頭を撫でられるのと同じくらい気持ちいいものだった。
マロンはいつからマロンになったのだろうか。
以前のマロンは、マロンとは言わなかった。
タツヤと出会う前まで、マロンは名前すら持っていなかったのだ。
あの頃は何を考え、何をしていたのかさえよく分からない。ただお腹が空いたら目の前のものを食べ、眠くなったら寝る。それだけの生き物だった。
同じ集落にいる同族以外の見知らぬものには怯え、そして逃げ隠れていたのだ。
そしてその怖い何者かに捕まった時、タツヤと出会った。
最初はタツヤも恐ろしい存在だった。見知らぬタツヤに怯え唸って威嚇したりもした。
しかし寂しさには勝てなかった。
マロンと同じ匂いがするタツヤに自然と寄り添っていったのだ。
あれは、タツヤに初めて頭を撫でてもらった時だった。
今まで考えることをしなかったマロンが、考えるこという事を知ったのだ。
タツヤは優しく何かを語りかけてくれ、それが言葉ということを徐々に理解し始めた。
今まで何も考えなかったことが、信じられないマロンだった。
言葉とは自分と相手をつなぐ手段のひとつ。今までは仲間内での毛繕いでしかその手段はなかったマロンにとって、それはとても新鮮に思えた。
言葉こそまだうまく組み立てることはできないが、タツヤや他の人達と話しをすることがとても楽しく思えてきた。早くちゃんと喋れるようになりたいと、最近思うようになってきてもいたのだ。
でも勉強は苦手である。ミッチェルのように怖い顔でガシガシと教えられると、言葉を覚える以前にものすごく疲れるのだ。考えることに慣れていないマロンは、頭がぼーっとしてくるのである。
タツヤはそれを知恵熱と言っていたが、言葉をちゃんと覚えたいからマロンは頑張ることに決めたのだった。
いつも優しく、マロンを守ってくれているタツヤと、早く普通の会話がしたいと思っているのだ。
「あーがと、ターチャ。マーロがんばりゅ、よ」
タツヤの頭を撫でながらそう言うマロン。でもタツヤは聞いていないみたいだ。
タツヤは馬車での移動で疲れているようで、部屋に入ってすぐに眠ってしまったのである。
だからマロンはいつもタツヤがしてくれているように、膝枕で頭を撫でてあげたいと思ったのだ。
ん~ん~んん~ん~、とタツヤがたまに口ずさむ旋律を、マロンも真似て口ずさむ。
タツヤが優しくマロンの頭を撫で、そんな旋律を口ずさむと、決まってマロンの心は仄かに温かくなったものだ。だからタツヤにもそうなってもらおうと思ったのかもしれない。
「食事の準備ができましたよ。あら、タツヤは寝ているのですか?」
しばらくそうしているとミッチェルが食事の準備ができたと迎えに来た。
「食事! ターチャ、起きる! 食事、食事!」
「あ、う~ん……わかったよ、マロン……」
タツヤは気怠そうに重そうな瞼を開く。まだ眠そうだ。
でも食事は大事、お腹空くのはよくない、と考えているマロンは、遠慮なくパシパシとタツヤの頭を叩いた。
「いた、いた、痛いよマロン……あ、ミッチェル様、僕寝ていたみたいですね、すいません」
「いえ、良いのですよ。それよりも具合はどうですか?」
「はい、少し眠ったのでだいぶ良くなりました」
「そうですか。では食事にしましょう」
「あぃ! 食事! 食事!」
「──うわっ!」
マーロは食事という言葉に我慢ができずに勢いよく立ちあがったせいで、タツヤがソファーから転げ落ちてしまった。
「いたたた……」
「これマロン! 急に立ち上がるものではありませんよ。タツヤが死んでしまいます」
食事という言葉に夢中になったマロンは、タツヤを膝枕していたのをすっかり忘れてしまった。食事はマロンの思考を鈍らせる魔法の言葉のようだ。【タツヤ<食事】の構図ができている。
「う~っ、ごめんなさい……」
「ミッチェル様、いくら何でもこれくらいでは死にませんよ。大丈夫だよマロン」
タツヤは立ち上がって優しくマロン頭をなでてくれた。
「いいえ、タツヤは脆弱なのですよ。ちょっとしたことで死んでしまうかもしれないのですからね?」
「それは大袈裟ですって……」
「えっ、ターチャ、死んじゃう……」
ミッチェルがタツヤは体が弱いから少しのことで死んでしまうと言っている。
それを聞いたマロンは、少し前の事を思い出して恐ろしくなった。あれはマロンが知らない人たちに攫われ、そしてミルキーに救出されて戻ってきたときのことだ。
タツヤはベッドに寝ていて、マロンが何度呼び掛けても目を覚まさなかったことがある。
もう目を開けてくれないのかと思い、マロンは恐ろしくてしかたがなかった。また自分は取り残されるのではないかという恐怖心。
タツヤと出会う前に、マロンを残して同族の仲間が魔物に襲われ動かなくかなくなった時のことを思い出す。
その時はそれが死ぬということだということは知らなかったが、マロンは寂しくてとても怖かった記憶だけがある。その後マーロは一人でその場を離れ、そして衛士に捕まったのだ。
「あぅーっ! ターチャ、死んじゃ、や! マーロ、ちゃんと、する! だから、ターチャ、死なない、の!」
「──おぅ……」
マロンはタツヤに抱き着き泣きながら叫んだ。
「大丈夫だよマロン。僕はまだ死なないよ」
「う~っ……ほ、ほんと?」
「ああ、本当だよ」
タツヤがそう言いながらマロンの頭を撫でてくると、マロンも安心したのか泣き止むのだった。
「それじゃあ食堂に移動しましょうか」
やれやれといった体でミッチェルがそう言って部屋の扉を開いた。
「さあマロン食事に行こう」
「あぃ! 食事!」
マロンは食事と聞くと、タツヤの手を引く勢いでミッチェルの後に続くのだった。
【タツヤ≧食事】こんな構図なのだろう。
こうして2匹の裸猿の王都での滞在が始まるのだった。
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