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62話 女神像

 馬車は教会に到着し、僕達は馬車を降りて教会へと足を進めた。


 教会へは、今日学校を卒業したミルキーお嬢様の成人の儀とやらをしてもらうためだ。

 異世界ファンタジーものの小説ではお馴染みだね。成人の儀でジョブやスキルがもらえ、今後の人生を大いに左右する。ハズレを引こうものなら最初は虐げられ、実はすごいんです! みたいな主人公がいたりね。


 そんなファンタジーなことが起こるのか聞いてみたが、全くそんなことはないそうだ。

 たんに17歳になった人達に教会や神殿で成人の証明書を発行するだけ。そんな面白みもない行事だとさ。がっかりだ。

 証明書を発行してもらうにあたり、神に祈りを捧げ成人になりましたと報告する面倒な義務があるらしい。なのでそんなに大々的な儀式ではないということだ。17歳になったら誰でもいつでもその儀式は受けられるという話である。


 学生は在学中には儀式を受けられないそうで、卒業後に行うのが通例らしい。

 その証明書を役場に提出して身分証を発行してもらうという手順だということだ。

 身分証を発行してもらうと、正式に国民となるのがこの国のあり方だという話である。

 それ以外は成人になったからといっても、なんら変わることはないという。

 前の世界でも二十歳になって成人と認められるのと同じ感じだ。

 成人式が成人の儀になったようなものかもしれない。成人すると飲酒や喫煙が可能になるが、飲んでいる奴は二十歳前から飲んでいるしね。形式のみの成人式だったな。


「はぁー、高い建物ですね……」


 石造りの教会はとても荘厳だった。

 さすがは神様を祀る建物だ。学校よりは敷地は狭いが、見上げなければならない塔のように高い建物は圧巻である。上が細く下が末広がりになっている建築技術は、建築強度の関係で樹木などを参考に建てられているのかもしれない。

 遠くから見れば枝わかれしていない樹木そのものに見えることだろう。


「タッくんでも驚くのね」


 朝も聞いたようなセリフを、今度はキャンディーお嬢様も言う。

 僕はそんなに驚かないような性格に見えるのかな。確かに塔のように高いとはいえ、高層ビルやスカイツリーには負けるから驚きこそそんなにたいしたものではない。

 だが技術水準が違う異世界で、これだけの建物を建てるには、相当な労力がかかったのだろうと驚くのみだ。ピラミッドがどうやって作られたかみたいに。

 まあ魔法があるから人力ではないとは思うが、それでも作業用の重機やクレーンもない世界では苦労しそうな建物だ。


「はい、これよりも高い建物は前の世界にありましたから特段驚きはしませんが、建造する過程を考えれば驚きですね」

「えっ? これよりも高い建物が異世界にはあったのですか?」


 今度はご主人様が驚きの声を上げる。


「はい」

「それを人の手で建てるのですか?」


 ん? 何か今度は逆に驚かれているな。


「人の手といえば人の手も加わっていますけど、建設機械というものを使って建てるのですよ」

「……機械とは物凄いものなのですね。これ以上の高さの建物を建てるなど、異世界の技術水準というものは相当なものなのですね。まあ空を飛んで移動できる鉄の乗り物を作るくらいですから、建物ぐらいは簡単に建てられるのでしょうね。わたし達などこの建物すら人の手で建てることができませんのに」


 あれ、何か変なこと言ってるな。人の手で建てないとは全て魔法で片付けるという事か?


「魔法で建てるほうが凄いですよ。想像もつきません」

「いえ、魔法で建てるなんてしませんよ。これだけの物を建てるなら、相当な魔力が必要とされますからね。そもそもこれだけの高い建物を崩壊させずに組み立てる設計すら困難ですよ」


 もしこの教会を魔法で建てようとしたならば、魔力量の多いご主人様やキャンディーお嬢様の魔力を足しても、数十年分の魔力が必要とされるらしい。実質この街全ての住人の魔力を集めても、一年分ぐらいの魔力が必要とされると計算されているようだ。

 実際どれくらいの住人がこの街にいるのかはわからないが、そんなことをしていたら街も生活も成り立たなくなるという話だ。

 しかしそれを鑑みても、建てられるだけお設計ができないという。強度的にこの高さの建物は立てられないということだ。


「え? ではこれは誰が建てたのですか?」

「神が建てたと言われています。私たちが建てられる建物は、せいぜい高くても役場や学校ぐらいの高さです」


 ご主人様は、教会の隣の敷地に建っている役場であろう建物を指差しそう言った。

 教会の十分の一ぐらいの高さだ。階数にして4、5階建ぐらいだろうか。確か学校は3階建だったような気がする。


 この教会や神殿とやらは神が建立した建物だという。

 ご主人様が言うには、そもそもこの建物がある場所に街ができるそうだ。ということは、開拓前にすでにこの建物はこの場所にあり、そこに街を作るために人々が集まったということらしい。根底には神への信仰が根強く残っているのだろう。

 なんとも不思議な世界だ。


 あ、もしかして最初の森で見たあの金属のように硬い巨大な樹木、あれがそのまま教会や神殿になったのかな? そう言われるとどう見ても樹木に見えてしまうから不思議だ。下部の幹周りだけで直径100m以上の巨木、そう見えてしまう。

 どちらにしても途方もない建造物を神が造るものだ……。



 そんな話をしていてもなんなので、教会へと入ることにした。

 別に信者でなければ入ることができないとか、そんなものはないようだ。誰でもウエルカム的に大きな扉は開かれている。


 中に入ると一層荘厳な造りに驚かされてしまう。天井は高く、異様に広い空間が目の前に現れた。

 前の世界でもあったような彫刻や壁画、そんな物が所狭しと置かれ描かれていた。


「これらも最初からこの建物にあったものですか?」

「いいえ、これは後に信者で作られ描かれたものですよ。最初からあったのはあの女神ルミナ像だけらしいです」


 礼拝堂というのだろうか、その一番奥に鎮座するひときわ大きな彫像を差し、ご主人様はそう言った。


「えっ! あの像が最初からこの建物の中にあったのですか?」

「ええ、そう伝わっているのです。わたしも眉唾だと思っていますけど」

「ですよねー」


 やはり言い伝えとだけあって、ご主人様も半ば信じてはいないようだ。

 結局この建物も過去の偉人が建てたものかもしれないしね。記録が残ってない以上それは分からないことだ。


「では私は成人の儀を済ませてきますね。それまで自由に見学していてください」

「はい、いってらっしゃいませ」


 ご主人様を見送り、僕達も見学のため移動した。

 まずはこの教会を作ったであろう女神ルミナとやらを間近で拝んでやろうと歩みを進める。

 近づくにつれその大きさが浮き彫りになってくる。全高でどれくらいだろうか。10メートルは優に超える高さの巨大な彫像だった。

 真っ白な石のような、大理石というのだろうか。でもどこかそんな石材とは違う質感を思わせるような素材で彫られているようだ。


「へえー、女神ルミナとは物凄い美女なのですね〜」


 見上げる高さにある女神の顔を拝み見てそんな感想が漏れる。

 絶世の美女とはまさにこのことか。と思った時、視界がぐにゃりと歪んだ気がした。絶世の美女の筈の女神ルミナの顔が、どこか僕を蔑んで見ているような。そんな気にさせる。


「ええ、この世界の美の基準は女神ルミナを基準に考えられているほどです」

「そ、そうなのですか……」


 ミッチェル様が説明してくれるが、なんと言っているのか聞き取りづらい。

 ズキン! と額の傷辺りが突然痛みだす。


「つっ……」


 僕は額を抑え眼を閉じた。


「タッくんどうかした?」

「い、いえ、なんでも……つっ……」

「なんでもないわけないよね? 具合悪そうだよ! どうしたの?」


 キャンディーお嬢様がそう言って僕の顔を覗き込む。

 僕は身体中に冷や汗を流し蹲る。


「タッくん!」「タツヤ!」


 キャンディーお嬢様とミッチェル様が僕の体を支えようとしてくれる。

 だがその時、


『竜也氏、思い出すでござる……』


 そんなオタ友の声が思い出され、目を閉じたはずの視界が真っ赤に染まった。

 僕が前の世界で最後に記憶がある光景に似ているが、どこか違う。世界の終焉のような景色が目まぐるしく展開されては消えてゆく。その合間にオタ友の声が幾重にも重なって聞こえてくる。


『拙者たちはみんなは騙されているでござる』

『竜也氏は唯一記憶を消去されなかった存在でござる』

『特異者でござる』

『本当に異世界なのでござるか』

『皆を救ってほしいでござる』

『思い出すでござる』


 ござるぅーござるぅーござるぅー、とハウリングするかのように頭の中を響き回るオタ友のセリフ。

 ござる、が印象深いので他の言葉が理解しにくい。


 ズキズキとする頭痛を訴えながら、脳内でパラパラとスライドショーが如く場面が変わってゆく。

 そして一枚の記憶の断片が脳裏に浮かんだ時、


「──はっ!」


 僕はバッと顔を上げ目の前の女神ルミナ像を凝視した。

 彫像のその顔と記憶にある断片が重なり、そして一致する。

 すると直後彫像の顔が歪むように変形してゆく。

 僕を蔑むように見つめる冷めた瞳、明らかに嫌悪した表情、そして、


『はぁ? しつこいウザデブね、あんたさっきからなに言ってんの? あんたの言っていることなんて聞いている余裕ないのよ! さっさとあっち行け‼︎』


 そうあたかも彫像が言っているかのように女神の言葉が頭の中に響く。


 ──そ、そうだ……あの時、あの女神は完全に僕を邪険に扱っていた。


 この後僕は谷底で目覚める。


 なぜだ? あれは女神様じゃないのか?

 もっと思い出せ、まだ肝心なことを聞いているはずだ。そう考えるが、


「タツヤ!」「タッくん‼︎」


 そこでミッチェル様とキャンディーお嬢様の声で我に返った。


「──ぷはっ! はぁはぁはぁ……」


 僕はしばらく呼吸も止めていたのか、苦しくて盛大に息を吐き出し荒い呼吸を繰り返した。

 もう少し、もう少しで何にか重要なことが思い出せそうなのだが……。

 しかし目の前の彫像は、先ほど見た歪んだ表情などではなく、凛として優美で慈悲深い微笑みをその表情に貼り付けていた。

 記憶の女神とはまったく違う優しい笑みだ。


 僕はどっぷりと嫌な汗を全身にかき、息を荒くしたまま床に手をついた。

 時間的にはものすごく短時間だったと思うが、なぜかどっと疲れが出て立ち上がることができない。


「タツヤ!」


 するとミッチェル様がそんな僕を必死な形相で抱き上げる。


「キャンディーお嬢様! 至急治癒師の元へ!」

「ええ、先に行ってお願いしてきます!」


 僕が気分を悪くしたと思ったのか、ミッチェル様もキャンディーお嬢様も慌てふためいている。特にミッチェル様は、あの事件で僕が死の淵を彷徨っているのを間近で見ているし、それが自分の責任と思い込んでいる。なのでまた僕がどうにかなってしまうのかと勘違いしているのかもしれない。

 切迫感を露にした表情がその心情を表している。

 しかし僕は少し疲れただけで、死ぬわけではない。息が整ったらまた普通に戻ると思う。

 キャンディーお嬢様はすぐにどこかに駆けてゆき、ミッチェル様はその後を追っている。


「わっ……」

「大丈夫ですタツヤ安心なさい。ここは教会です、治癒師が必ず常駐しているはずです」

「あ、いえ……」


 ミッチェル様は気が動転しているように必死に語りかけて来る。

 しかしなぜか僕はミッチェル様にお姫様抱っこされている状態だ。

 まさか男の僕が女性にお姫様抱っこされるとは、なんとも情けない。だが……こ、これは……良い‼︎


 急いで移動しているものだから、ミッチェル様が上下する度に僕の頬や左腕の近くにあるものが上下に揺れて、程よい感触を伝えてくる。


「ハッ! た、タツヤ! は、鼻血まで……し、死んではいけません! 直ぐに治癒師に見てもらいますからね!」


 あの事件で死にかけた一件があり、ミッチェル様は顔面蒼白になってオロオロし出す。

 あ、鼻血はさっきまでの疲労感とはまったく別ものかもです。


 いやーこのまま死んでもいいかも……。



 と、あまりの多幸感で、今さっきの肝心なことをまた忘却してしまいそうな僕だった……。


お読み頂きありがとうございます。

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