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61話 卒業、そして成人

 卒業生答辞を壇上で淡々と語るミルキーご主人様。


 晴々とした笑顔で、キラキラと輝くようなその姿は、晴れ姿と言って間違いない。なんか自分の事のように嬉しくなってくる。頭にかぶった小さな帽子がとてもキュートだ。帽子の脇に両耳がピコンと立っていて、とても可愛い。

 卒業生が全員かぶっているということは、卒業帽子みたいなものなのだろう。前の世界でもアメリカの大学の卒業式にかぶるような四角い帽子を連想してしまう。

 それに卒業生答辞を任せられるということは、ご主人様はこの学校を首席での卒業生ということになる。文武両道、それに学生でありながら研究者として活躍していたのだから、首席以外のなにものでもないのだろう。

 まったく羨ましく思えるほど優秀な一家のようだ。


「はいタッくん。これをお姉様に渡してきてね」

「はい?」


 舞台袖でご主人様の英姿を見ている僕に、キャンディーお嬢様はそう言いながら大きな花束を手渡してくる。


「お姉様の答辞が終わると卒業式も終了です。最後にお姉様の掛け声で、卒業生全員が卒業帽を真上に投げてお開きになるのです。そこからは争奪戦になります。自分の憧れの先輩の帽子を取ろうと、在校生全員が入り乱れますから。そして卒業生に向けて花束を贈るのもこの時です。お姉様は壇上にいますので安全に渡せますよ」

「そうですか。分かりました」


 僕は了承し花束を受け取った。

 これがサプライズといったところなのだろう。

 しかし帽子がそんなふうに使われるとは……制服の第二ボタン的役割なのかな? 争奪戦とは物騒な話だが。


「ハイド様はお姉様の帽子が取れるといいですわね」

「きゃ、キャンディー様! わ、わたくしはそのような……」


 ハイド様は真っ赤になって否定するが、もうバレバレなのだ。今更否定しても真実味が増すだけだよ。


「頑張ってくださいハイド様!」

「た、タツヤ君まで……」


 ふっ、リア充は死んでしまえ! と、なんか昔を思い出し、黒い感情が湧いてきてしまう。


 そうこうしているとご主人様の答辞の弁も佳境を迎える。


『──本日卒業する私達の未来に、多くの幸がありますように。ではみんな準備はよろしいですか? 私達は多くの希望を胸にこの学校を卒業します! ──せーのっ!』


 ──やぁーっ!


 と、ご主人様の合いの手と同時に卒業生全員が、ヤーッ! の掛け声とともに帽子を天井高くまで放り投げる。

 放り投げられた数多の帽子は、無秩序に宙を舞う。

 それと同時に、うぉー! わーっ! きゃぁーっ! などと在校生がその帽子を追いかけ始める。

 この状況で誰が投げた帽子かどうかよく分かるものだと思うが、意中の相手の帽子を最初から目で追っていたのだろう。目的の帽子に一直線に向かってゆく。まさに猫まっしぐら、だ。


 人気がある卒業生の帽子は競争率が高い。一つの帽子に数十人が群がり、まさしく争奪戦の様相が繰り広げられている。じゃれ合う猫の獣人達……僕もあの輪の中に混ざりてぇーっ‼ どさくさに紛れてモフり放題じゃないか! 想像するだけでわなわなと手が震えてしまう。

 しかしここは自重である。あんな最中に入ろうものなら、付け耳付け尻尾など簡単に取られてしまいそうだ。現に耳や尻尾を引っ張られている人たちが大勢いるからね。それに僕の体力では速攻でKOされてしまいそうだ。伊達に騎士科や魔法科がある学校ではない。武術や魔法が飛び交う中に僕なんか入って行ったら即死だ。


「す、凄い熱気ですね……」

「でしょ? さ、タッくん、行きましょうか」

「あ、はい」


 白熱している帽子争奪戦に目を奪われていたが、キャンディーお嬢様がそう言って壇上のミルキーご主人様の元へ行こうと背中を押してくれた。

 危うく忘れてしまうところだった。


 壇上に向かうと、ご主人様は素敵な笑顔で帽子争奪戦を眺めている。

 そこに数人の生徒が花束を抱えて向かってきてもいた。さすがご主人様だ。下級生にも人気があるようだ。

 壇の下では数人の生徒がご主人様を見詰めている。なぜかと思ったら、その視線はご主人様の手に釘付けだった。

 ご主人様はまだ帽子を投げていなかったのである。


「ミルキーご主人様。ご卒業おめでとうございます」


 ご主人様に近付き、花束を差し出し僕はそう言った。

 それを聞いたご主人様は、ハッと瞳を見開いて僕を見る。


「えっ!? タツヤ? どうしてここに……」

「キャンディーお嬢様のサプライズらしいです。僕もご主人様の晴れ姿を見られて感動しました」

「も、もう~恥ずかしいじゃない……キャンディーったら……」

「えへへ、ビックリしたでしょお姉様?」

「驚きましたけど、でも、嬉しいです。ありがとう!」


 ご主人様は、はにかみながら花束を受け取ってくれた。

 そうこうしていると続々と花束を持った人たちがご主人様の周りに集まり始めた。


「ではお姉様向こうで待っていますね。ご一緒に帰りましょう」

「ええ、分かりました。ありがとうタツヤ」

「いいえ、喜んでもらえ光栄です」


 ご主人様のキラキラした笑顔に送られて、僕達は後方へと下がる。

 するとハイド様が花束を手にご主人様の前に立つ。


「ミルキー様、ご卒業おめでとうございます」


 そう言いながら小さな花束を差し出した。


「ありがとう存じますハイド様」

「ミルキー様がいなくなると、この学校も寂しくなりますね……」

「そんなことはなくてよ。私よりもバーン様がいなくなる方が寂しくなるのじゃなくて? 校内が静かになるでしょうから」

「ははは、確かに。兄が卒業できただけでも驚きでした。それもミルキー様のお陰です。本当にありがとうございました」


 ハイド様の兄は相当に出来の悪い人物だったらしい。あの事件にも多少は絡んでいたらしいが、無事に卒業を迎えることができたそうだ。

 僕も詳しくは分からないが、その過程で色々とご主人様や校長であるハイネス様が動いていたらしい。

 ハイド様の実家であるゲイリッヒ侯爵家との関係を、悪化させたくなかったのかもしれない。

 まあ僕には今の所そこまで世情に詳しくないのでどうでもいいことだが。


「いいえ、それにハイド様にお願いしたいこともありますので」


 ご主人様は手に持った帽子をハイド様に差し出した。


「こ、これは!?」

「まだ一期生で未熟なキャンディーですけど、皆のお陰で生徒会長になってしまいました。私の代わりにこれから妹の力になってあげてください。お願いいたします」

「は、ハイ! ミルキー様の願い承りました。在学中誠心誠意キャンディー生徒会長をお支えすることを誓いましょう」


 ハイド様は頬を上気させながらご主人様の帽子を受け取る。

 それを壇の下で見ていた沢山の生徒たちは、ガッカリとした表情で散ってゆくのだった。

 なんとも、労せずご主人様の帽子を手に入れてしまったようだ。まあご主人様は妹のキャンディーお嬢様の今後のことを想って託しただけだろうが、ハイド様本人は別の意味で捉えているのかもしれないよ。爆ぜろこのリア充め!


 こうしてご主人様は、無事学校を卒業されたのでした。





 卒業式を無事終え、僕達はまた馬車に乗って帰宅の途に就いている。

 行きと違うのは、僕とミッチェル様だけではなく、ご主人様とキャンディーお嬢様も一緒なのだ。校長であるハイネス様と理事の旦那様は、まだ学校の諸事があるらしく一緒ではない。


「はぁ、疲れましたね……」

「誠におめでとうございますお嬢様。素晴らしい晴れ姿でした。このミッチェル、猛烈に感動いたしました」


 ハンケチで目頭を押さえるミッチェル様は、感動にうちひしがれている。舞台袖でも終始オイオイと嗚咽を漏らしながら涙を流していたのが印象的だった。


「もう、そんなに? 大袈裟すぎですよミッチェルは……」


 卒業した当の本人ですらミッチェル様の感動振りに若干引き気味である。


「でも、本当に驚いたわ。まさかタツヤに祝ってもらえるなんて。その耳や尻尾は誰が作ったのかしら?」

「えへへ、わたしですお姉様。かなり苦労したのですよ? より本物っぽく見せるのにギリギリまでかかってしまいました」

「へえ、確かに本物と見分けが付ききませんね。まるで元からの耳みたいですよ」


 そう言いながらご主人様は僕の付け耳を触ってくる。

 うっ! 惜しい、触覚があればどんな感覚なのか分かるのだが、残念ながら触覚が存在しない作り物の耳である。非常に残念である……。


「今マロンのも鋭意製作中ですから、その内みんなで外出できるようになりますね」


 なんと、既にマロンのも製作中とは、お願いする手間が省けた。マロンもきっと喜ぶだろう。


「まあ、それは楽しみですね。ずっと屋敷に閉じ込めているようで、少し罪悪感があったのですけど、これがあれば少しぐらいなら外で羽を伸ばすこともできますね」

「えへへ、わたしもそう思って作ったのです」

「偉いですわキャンディー」

「えへへ」


 うーん、なんとも優しい姉妹だろうか。

 こんな家族に拾われた僕は幸せ者かもしれない。せめてモフらせて頂ければ、もっと幸せになれそうなのだが、今はまだ難しい……。


「あれ、帰り道が違うみたいですね?」


 車窓を眺めていてふと気づいた。

 馬車は行きとは違う道を走っているようだ。


「あら、タツヤは一度通った道を覚えているのですね?」

「ええ、おおまかな風景は覚えています。来るとき見えていた建物が違うのでそう考えただけなのですが」


 こう見えても方向音痴ではない。

 一度通った道はだいたい覚えている。


「そう、とても優秀なのですね。まあタツヤは数か月でこちらの言葉や文字を覚えたのですから、それぐらいは当然なのでしょう」

「いえ以前でも頭は悪い方でしたよ?」


 偏差値は普通ぐらいだった。

 頭が良いから方向音痴じゃないとは限らない。僕の知り合いでも頭はすごく良いのに、極端に方向音痴の奴がいた。路地を一つ曲がるだけでさっき来た道を間違えるような奴もいるのだ。とんでもない奴だった。


「今は教会に向かっています。私も学校を卒業したのでこれで晴れて成人となるのです。その儀式を受けにゆくのです」

「なるほど、成人の儀式ですか」


 ご主人様は先日17歳の誕生日を迎えていた。

 本来なら17歳になった時に成人の儀を受けるらしいのだが、学校に通っている内は成人の儀を受けられないということらしい。学生は卒業後に成人の儀を受けるのが習わしということだ。


「そういえば、この世界には教会と神殿があると聞いていますが、何か違うのですか?」


 この世界には教会と神殿という別個の神に関する建物があると先日聞いたところだ。その内訳を詳しく聞いていなかったので訊いてみた。


「そうね、たんに祀られている神の違いです。教会は女神ルミナを祀っており、神殿には男神タイランを祀っているのです」

「なるほど、宗教とかの違いではないのですね?」

「シュウキョウ? とはよく分かりませんけど。それぞれ自分に合った神を信心するのが通例です。大地に関する仕事をしているのなら天地創造の神であるタイランが祀られている神殿に祈りを捧げ、私のように生命に関する事を研究しているのであれば、生命創造の神であるルミナが祀られている教会で祈りを捧げる。といった感じです」


 宗教的扱いはないようだ。この世界の2柱の神、どちらかに祈りを捧げるのがこの世界の宗教的観点なのかもしれない。


「でも私は昔からそう言われているから成人の儀を受けに行くだけであって、そんなに足しげく祈りを捧げに行ってはいないですけどね」


 敬虔なルミナ信徒ではないと明言する。

 そもそも神の存在を本当に信じていないような感じだ。僕と同じくご主人様は、無信心者なのかもしれないな。


「さあ着いたわよ。折角だからタツヤも教会見てみたいでしょ?」

「あ、はい! 是非見てみたいです」

「ではみんなで行きましょうか」

「はい!」



 こうして僕達は、ご主人様の成人の儀を受ける為、教会へと行くのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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