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60話 初めての外出

 学校までは馬車で向かうことになった。


 主役のミルキーご主人様やキャンディーお嬢様は、もちろんもう学校に行っている。旦那様と奥様も学校関係者とあって、今日は早くから学校に行っていた。

 馬車に揺られ車窓から街の様子を見る。


「うおー、凄いですねー!」

「あら、タツヤも驚くことがあるのですね」

「それはもちろんです!」


 なんだかんだ言っても、こうして堂々と昼間に街などへ出たことがないのだ。

 この街にきたときは門から監獄までの僅かな距離だったし、奴隷商からお屋敷に行ったときだって夜だった。攫われたときだって外套に包まれていたから何も見えなかったし、助けられたときは気を失っていたので記憶もない。

 こうしてまじまじと街の風景を見るのはこの世界にきて始めてのことになるのだから、テンションだって上がるというものだ。


「へぇーやっぱり前の世界とはまるっきり違うんだなー」

「そんなに違うのですか?」

「はい、全然違います。興味深いです!」


 石造りの建物が多いので、中世と言われれば中世に近いのかもしれないが、それでも独特な感じがする。

 中世ヨーロッパとアメリカの開拓時代を足して3で割った感じ? (2じゃない所がミソ、それよりも少し落ちる感じかな)そんな街並みだった。


 道行く人はほぼ猫の獣人。たまに犬みたいな感じの人も歩いている。


「ここは猫族の国なんですよね?」

「そうです。我が国は猫族の国家です」

「犬族みたいな人も歩いていますが……犬みたいな猫の獣人なんですか?」

「いいえ、あれは犬族で間違い無いです。犬族とは和平協定が結ばれておりますので、数的には少ないですがこの街にも数名が居留しています」

「へえー、異種族間は概ね仲が悪いと聞いていたのですけど、特例もあるのですか?」

「それほど仲がいいとは限りません。犬族とは協力することでお互いに利益があるということで協定を結んだようです」

「なるほど、打算的な和平ってわけですね。でも、確か奴隷商には犬族や兎族のような人たちもいたと思いますが」


 ジェイソンさんの所の檻にの中には、確かに犬族みたいな獣人や、兎のような獣人もいた。


「ええ、あれは犬族の国や兎族の国で奴隷落ちした者がこの国に流れてきたり、不法入国をして捕まり、その後奴隷落ちした者。それとこの国で罪を犯した者も重罪人でない限り、稀に奴隷落ちしますね」

「なるほど……不法入国も犯罪扱いなのですね」

「ええ、各種族それぞれ秘密を持っていますからね。それが知れてしまうと国力の低下になり兼ねませんから厳しくて当たり前です」

「秘密ですか……」


 種族間で秘密にしなければならないことがあるのか……まあ、前の世界でも各国それぞれ軍事機密など色々あるのだろうから、それと同じようなものなのだろう。


「特に旦那様と奥様の研究が王に認められたことにより、我が国家の存在感は増しています。それをどうにか手にしようと各国があの手この手で探りを入れてきている状態です。時には粗暴な間諜者を送り込んでくる国もありますから困りものです。ですから他国の者には余計な情報は極力開示しないようお気をつけください」

「そうですか。気を付けます……といっても僕はまだそんなにこの国の機密を知るような立場じゃないですけどね」


 あはは、と笑いながらそういうと、ミッチェル様は険しい顔をずいと近づけてきて言う。

 ち、近いです!


「お嬢様曰く、今最大の機密は特殊な記憶を保有するタツヤだそうです。ですからくれぐれも言動にはお気を付けください」


 はぅ、僕自身が国家最重要機密扱いとは……これまた持ち上げられたものだ。


「わ、分かりました……善処致します」


 確かにご主人様は言っていた。

 この世界は魔力に依存している世界だと。生活のありとあらゆる場所に魔力が使われている。火にしろ水にしろ灯りにしろ、生活のなにがしかに魔力が使われているのだ。驚くべきは、食糧生産にも魔力が使われているらしい。どういった風に使うのかは詳しく聞いていないが、魔力の多い土地には作物が多く育つといった不思議世界らしい。


 大きな家になればなるほど使用する魔力量も多くなる。

 ご主人様の屋敷にたくさんの使用人がいるのは、その魔力を補う役目もあると言っていた。その魔力を使用人の魔力で賄うのだから人数もそれなりに必要になるということらしい。

 いくら生物全般が魔力を持っていようとも、それぞれ個人差がある。だからご主人様の屋敷にはそれなりに魔力量が多い人が雇われているとも言っていた。


 ちなみに僕の魔力量でどれくらい賄えるのか聞いたところ、僕の全魔力を魔石に注ぎ込んでも、僕とマロンが寝ている部屋の灯りを10分間灯すぐらいの魔力しかないそうだ。

 マロンなら4、5日は灯せる魔力があるという……聞かなきゃよかったよ……。

 モブはモブなのだと追い討ちをかけられた気分になった。


 魔力は自然回復をする。

 僕で一日寝れば回復するようだ。元々の魔力量が少ないので回復も早いのかと思いきや、マロンも同じように一日で回復するらしい。ご主人様やキャンディーお嬢様も同様で、毎日寝る前に常に余剰魔力を魔石に充填し保管するという。

 街の維持管理にも大量の魔力を必要とするので、領主家族の仕事みたいなものらしい。


 そしてその魔力が国の優劣を決める目安だと言っていた。

 国の人口に対する総魔力量が国力の強さの目安だという。なぜかといえば簡単だ。

 一度戦争にでもなろうものなら、大量の魔力を消費する。言わば魔力が戦争の火力に値するという。よって魔力量が多い国が優勢なのは当たり前だということだ。

 大量の弾薬を保持した国と、少量しか持たないない国とが戦争しても、弾薬差で勝ち目はない。大量の魔力があればそれなりに大きな火力も出せるので、どうしても戦いで優勢に立つのだと。そんな感じらしい。


 各国はその魔力を巡って睨み合っている。そんな状況みたいだ。

 しかし魔力の多い国は有利かといえばそうでもなく、魔力の少ない国同士が同盟を結んだりして、魔力大国と釣り合うように牽制しているらしい。


 因みに今猫族はこの世界でどのくらいのポジションにいるのか尋ねたら、単独で中間より上の位置にいるらしい。そしてご主人様の両親の研究成果のおかげで、潜在的には上位にいけるだけの力はつけたといっていた。

 そこに犬族と和平を結んでいるという事は、魔力大国を上回るような位置にいると計算されているそうだ。

 故に各国は、その猫族の秘密を探ろうとしているのだということらしい。物騒な話である。


「そこまで国力が上がったのなら猫族はどこと戦争しても勝てるのではないのですか? 猫族と犬族で世界征服できますね」

「いいえ、戦争とはそう簡単なものではありません。一度戦争が勃発すれば、いくら国力が高いとはいえ多くの人たちが戦死するのですよ? そこには一般庶民も含まれるのです。猫族は平和を尊ぶ種族です。猿族みたいな野蛮な種族ではないのです」


 どうやら猿族というのもいるらしい。

 猿族は野蛮で好戦的な種族だという。

 そして猿族と犬族とは仲が非常によろしくないそうだ。犬族は猫族と和平を結んでいるので、今は抗争もあまり起きていないそうだが、それまではしょっちゅう争っていたそうだ。ここの世界でも犬と猿は犬猿の仲らしい。

 確かに戦争をしたところでみんなが幸せになるとは限らない。前の世界でもそれは同じ事だったのかもしれないな。

 まあ、みんな仲良く平和が一番だよね。



 そうこうしていると学校へと到着した。


「はぁ〜大きな学校なのですね……」


 僕は学校の全景を見ながら感嘆の声を漏らす。

 広大な土地に大きな建物が数棟も建っている。前の世界の有名大学みたいな感じだ。僕が通っていた工業系の大学もそれなりに大きかったと思うが、それ以上に規模が大きい。

 まあ10歳のキャンディーお嬢様から16歳のミルキーご主人様まで、7学年もあるのだから当然なのかもしれないが。


「ええ、このハーネル国立学校は、この国で一番のエリート校です。入学するのも大変な学校ですから、それを卒業できるお嬢様は、この国のエリートの仲間入りという事でしょう」


 ほぅ、と吐息をゆっくりと吐き出し満足げに語るミッチェル様は、今日の卒業式を本当に楽しみにしていたようだ。まるで自分のことのように誇らしげに語っていた。

 この国で一番というくらいなのだから、とても優秀な人材が揃っている学校なのだろう。ご主人様を見ていればだいたい想像がつくけどね。

 この学校を卒業するだけでも栄誉あることだとミッチェル様は付け加えた。


 こうして僕達は卒業式が行われる会場へと入って行くのだった。


「タッくん、こっちこっち!」

「キャンディーお嬢様?」


 広い会場に入ると、即座に僕を見つけたであろうキャンディーお嬢様が、手招きしながら声をかけてきた。


「完璧だね、それなら……とは分からないよ」


 グッ! と親指を立てるキャンディーお嬢様。

 ……は裸猿と言いたかったが伏せたのだろう。


「キャンディーお嬢様のお陰です。ありがとうございます」


 僕は素直に感謝した。

 実際外に出られたことは嬉しい。このまま人生の大半を屋敷の中で過ごさなければならないかと半ば諦めていたのも事実である。しかしこんな素晴らしいアイテムを作ってくれたキャンディーお嬢様は、天使です! そう言いたい。


「タッくんには特等席でお姉様の晴れ姿を見せてあげるわね」

「は、はい……」


 特等席とはまた特別扱いな。そんな場所に裸猿の僕が行っても大丈夫なのかな?

 たくさんの卒業生の身内であろう人達でごった返す会場の中、僕とミッチェル様はキャンディーお嬢様に連れられて舞台袖へと誘われる。

 そこには数名の学生が集まっていた。おそらく生徒会とか実行委員みたいな集まりなのだろう。


「あ、タツヤ君!」


 その集団の中の一人が僕を見て声をかけてきた。


「あ、ハイド様、お久しぶりでございます」


 ゲイリッヒ侯爵家の次男ハイド様だった。

 あの事件の後、何度かご主人様のところに訪れ、僕とマロンにも紹介してもらったのだ。

 例の事件でもハイド様の家が少し絡んでいたそうだが、僕は詳しく聞いていない。この世界のことはまだあまり良く知らないのだ。それに貴族間の問題は僕には分かるわけがないのだから。


「ハハハ、相変わらず礼儀正しいね。わたしのことはハイドと呼び捨てでいいといっているのに」

「いいえ、そういうわけには参りません。ミルキー様でさえハイド様を呼び捨てにしていないのに、僕が呼び捨てなどできるわけがありません」

「もう、硬いなぁ。できればわたしはタツヤ君、君とは友達になりたいのですよ。種族や身分云々など関係なくね」

「は、はい、お友達でしたらいつでも。ですが呼び捨てはご容赦願います」


 おおーっ! オタ友以外の友達誕生か? それも高貴な友達なんて考えたこともないな。

 だが僕が知らないだけでハイド様も何かしらオタクっぽいことしているかもしれないよね。得てしてそういう奴等が集まるのですよ、オタ仲間とは……。


 とはいえ、彼の本当の目的は僕じゃないのは明白である。ハイド様は今年5期生という話だ。そしてミルキーご主人様は今年で卒業。

 僕と友達関係を築いておけば、いつでも僕に会いにくるという名目で屋敷を訪問できる。そしてそこには必ずご主人様がいるという寸法だ。

 当のご主人様は気付いていないようだが、僕やキャンディーお嬢様には筒抜けです。

 ハイド様は明らかにご主人様に惚れている、とね。


 まあ僕もそこまで野暮じゃない。知らないふりをして多少の協力は致しますよ。でも上手くいくかどうかは知りません。脈が有る無しは僕の範疇ではない。あとはお互いの気持ち次第だろうから、無理にくっつけようとは致しません。あしからず。


「ではタツヤ君、君とは今日から友達だ! 今後ともよろしく頼むよ!」

「はい! こちらこそよろしくお願いいたします」


 うわー、あからさまに嬉しそうな顔しているよ! 僕と友達になるのが嘘臭く感じるほど嬉しそうだ。この恋する猫野郎め! リア充は爆発しろといってあげたいね。


 そうこうしていると卒業式が始まった。


 校長であるハイネス様の式辞は非常に長かった。どこの世界でも校長の話は長いものだと痛感させられる。

 代わりに領主でありこの学校の理事でもある旦那様は、椅子に座って居眠りをしている。これは後で奥様にしこたま叱られると簡単に想像できた。


 こちらの世界にも卒業証書らしきものがあり、卒業生全員に手渡された。そして在校生の送辞には、キャンディーお嬢様が壇上に立った。

 なんと、キャンディーお嬢様は一期生で生徒会長に当選したそうだ。姉のミルキーご主人様の後継を妹が引き継ぐとは、なんとも優秀な姉妹だと感心するばかりだ。

 ちなみに最年少生徒会長記録をキャンディーお嬢様が更新したそうだ。その前はご主人様らしい。もうこの記録は破られないね。なんせ一期生で生徒会長に当選しているのだから。


 キャンディーお嬢様の送辞もつつがなく終わった。



 そしてミルキーご主人様が卒業生代表として壇上に登るのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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