59話 200日経ちました。
もしも異世界があったなら、ラノベやアニメのようにこーんな事やあーんな事が出来るのだろう。きっと楽しいだろうし、退屈しない世界なんだろうなぁー。
そう思っていた僕は、現実の厳しさをひしひしと実感することとなった。
前の世界とは根底から違い、ひとつ間違えば死んでしまうような、そんな世界。剣と魔法の世界だけど、僕には何ひとつとして秀でたものがない世界。そんな世界で僕はどうやって生きてゆけば良いのか。まったくもって厳しい世界だったのだ。
だがそんな厳しい世界で僕はまだ生きている。そう、生きているのだ。
さて、僕がこの世界にきてから約200日が経過しようとしている。
色々と命の危険もあったが、やっと200日だ。
ちなみにこの世界は、一年が360日程度だという話である。
まあそんなに以前の世界と違いがないので気にしたものではない。違いがあるとすれば、はっきりとした四季がないといったところではないだろうか。
年中通して温暖な気候。多少の気温差はあるが夏と冬に大きな差がない。雪は降らないのですか? と聞いたところ、雪という単語すら存在しなかった。魔法で作る氷は存在するようだが、自然界で水が凍るような気温になる事はないという話だった。高い山の山頂へも雪が降るわけでもないらしい。
ということは、極地にも氷がない世界なのかもしれない。
前の世界だったら極地には常に氷があり、緯度の高い山岳部には氷河があったので、地球規模的にみれば氷河期が継続していたと記憶している。確か間氷期だったかな。
つまりここは世界中どこにいっても温暖な気候がある世界らしい。マッパ同然の裸猿がこの世界でしぶとく生き残っている理由がわかったような気がする。
そうすると僕の予想は大体合っているということになる。
大気圏上空になんらかの層があり、太陽の日差しを遮り、有害な紫外線や放射線は地表に届かない。それにそんな層があるのだから温室効果により、世界中が温暖な気候で保たれているのではないだろうか。
太陽光のエネルギーの大半は地表に届かず、その代わり地表の熱は大気圏外に出て行かない。そんな状態なのかもしれない。惑星ひとつが大きな温室になっているのだろう。
まあそんなことは今どうでもいい。過ごしやすい気候であれば、それに越したことがないからね。寒い冬が苦手だったから、年中温暖な気候の方が僕としては助かる。
さて今日はミルキーご主人様の学校の卒業式である。
今日でご主人様は学校を卒業し、本格的に学者、研究者として活動を開始する予定らしい。
「タッくんも卒業式見たいよね? お姉様の晴れ姿!」
昨晩、ムフフフと何か企んだような可愛い表情で、そうキャンディーお嬢様は僕に訊いてきた。丁度キャンディーお嬢様が研究する時間だったので、ご主人様は席を外していた時だ。
僕が依然としていくら鍛えても筋力が上がらず、内心神の補正とやらに盛大に文句をつけていた時でもある。
「はい、是非とも見たいですキャンディーお嬢様……しかしながら裸猿の僕は外に出ると目立ってしまいます。残念ですが僕は屋敷でご主人様の卒業を祝いたいと思います」
異世界の学校の卒業式。そうそうお目にかかれるイベントではない。是非見たいと思うのだが、僕は裸猿という種族、猫族の只中に入って祝える訳はないのだ。
「ふふふのふぅ〜、そう思って準備しました! ジャジャーン‼︎」
「うおおおおおーっ!」
可愛い仕草で後ろ手に隠していたモノを、僕の目の前に披露するキャンディーお嬢様。
それを見た僕は感動に打ちひしがれた。
なんとそれは、猫耳カチューシャと付けシッポだった。
僕の髪の毛の色に合わせて作製されたそれは、素晴らしい出来栄えだ。まるで本物の猫耳、猫尻尾を彷彿とさせる。流石猫の獣人、細かな所に気配りが窺える。決して張りぼてのような耳ではない。
そうかこの前髪の毛を切った時集めていたのはこれを作るためだったのか?
「どう? これを装着すれば裸猿だってバレないよ」
「いいですねいいですね。ちょっと触らせてください!」
「ええ、いいわよ!」
キャンディーお嬢様はにっこり笑って手渡してくれた。
──うおおーっ! モフモフだぁー! 本物じゃないが、こんなモフモフ感が味わえるなんて、もう死んでもいい!
でもキャンディーお嬢様やミルキーご主人様のモノホンは、もっとモフモフなんだろうなぁー……体温まで感じるモフモフ感……うっ! 考えただけで悶絶モノだ! それを触るまでは絶対に死ねないぞ!
いつか絶対にモフらせてもらおう! そう固く心に誓う僕だった。
──どうだ、羨ましいだろ!?
そう脳内オタ友に話し掛けるが、あの事件以来一切返事が返ってこない。
あれ、どうしたんだろう? そう思うが、でもこれが本来の感じだよな。普通脳内で誰かと話をするなんて、それこそ頭のおかしな奴になる。
だがあの事件の前までは、確かに普通に脳内オタ友と会話をしていたのだ。
『竜也氏、思い出すでござる……』
時折軽い頭痛とともに、そんなオタ友の声が思い出される。
「つっ……」
チクリと頭が痛くなった。
「どうかした? タッくん?」
「い、いえ、なんでもありません。どうですか? 不自然じゃありませんか?」
軽い頭痛を振り払い、笑顔を繕う。
オタ友のことは置いておき、猫耳を装着してキャンディーお嬢様に聞いてみた。
カチューシャ部分も髪の毛と同じ色合いなので、うまく隠せばなんとかなる。
問題は元から付いている耳だが、髪の毛が耳を隠せるほど長いのでなんとかなるだろうか?
「うん、いい感じだよ! 後はこれで裸猿耳を隠せばオッケーだよ!」
ニカッ! と親指を立てながら追加アイテムを渡してくる。
元の耳を隠すような毛の生えたカップ状の耳隠しまで準備していた。裸猿耳とは言い得て妙だが、裸猿の耳だから仕方がない。
「なんと! そこまで準備しているとは、流石ですキャンディーお嬢様!」
「えへへー、凄いでしょ?」
「ハイ! 凄すぎです! 天才です! まさにジーニアス‼︎」
「ジーニアスが何かしらないけど、タッくん褒めすぎだよ〜えへへ」
褒められて得意げに恥ずかしがるキャンディーお嬢様。モフりたいぐらいに可愛い~!
ジーニアスは前の世界の言葉で言ったので意味が通じないのは当然だ。
でも凄いどころではない。これがあれば明日の卒業式どころか、このお屋敷から出て、いつでも街を散策できるではないか? なんと素晴らしいアイテムなんだっ!
「でも、ご主人様は許してくれますかね? 僕が外出すること……」
ご主人様はあの事件以来ピリピリしていて、僕とマロンはもう死んだことにしているようだ。もしなんらかのトラブルで僕が裸猿とバレてしまったら、それこそまた大変なことになりそうなのだが。
「まあ大丈夫でしょ。どうせお姉様には断りを入れませんので。タッくんはミッチェルと一緒に来てくださいね。ミッチェルにはもう頼んでありますから」
「ええーっ、内緒なんですか? 後から叱られませんか?」
「いいのいいの、お姉様の学校最後の思い出サプライズって所よ!」
「分かりました! ではそのサプライズ企画、僕も是非参加いたします!」
「うん、よろしくねタッくん!」
「ハイ!」
こうしてミルキーご主人様の卒業式に参加することになったのだった。
僕は旦那様のお古の衣装を借り着替えて出掛ける準備をしている。マッパだった僕が、こんなに豪華な衣装に袖を通すことになるとは……感無量である。
前世で初めてスーツを着たような感覚だ。
ミッチェル様に着付けて貰い、準備も整い出掛けようとしていると、
「うーっ、ターチャ……マーロも、いくたいー」
マロンが拗ねながらそんなことを言って駄々を捏ね始めた。
「ごめんねマロン。マロンはまだ連れていけないんだ」
「やー、やー、マーロもいくたいのー!」
「これマロン、我儘言ってはいけませんよ。マロンはもう少し言葉とお行儀を勉強してからです。まだ人前に出ることはできません」
「うーっ、勉強きらーい! ミーチェルゥーさまの、アホー!」
「まぁ! そんなはしたない言葉どこで覚えるのですか!」
あ、それ僕だ。こちらの言葉でアホかっ! と突っ込み入れる真似していたら覚えてしまったのね? すいませんミッチェル様……。
「次は一緒に行けるように勉強頑張ろうね。それにキャンディーお嬢様にこれ作ってもらわないと外も歩けないからね」
僕はマロンの頭を撫でながらそう言い聞かせた。
猫耳、猫尻尾アイテムがなければ外出もできないから、今度キャンディーお嬢様にマロンの分も作ってもらうようお願いしよう。
「うーっ、わーったの……勉強がんばるぅ……」
マロンは渋々納得してくれた。
マロンも日に日に言葉を覚えている。今では拙いながらも、会話が成り立つようになって来ているのだ。唸るしかできなかった最初の頃から見れば、ものすごい進歩である。
「では行きますかタツヤ。式が始まってしまいます」
「はい。マロンちゃんとお留守番頼んだよ」
「あーぃ、いって、らっしゃい、ませぇー」
マロンの可愛いお見送りの言葉に送られ、僕とミッチェル様は研究室を後にした。
こうして僕は初めて外出し、学校へと向かうのだった。
お読み頂きありがとうございます。
第3章始まりです。
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