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58話 研究再開 ★

 あの事件から10日ほど経過した。


 タツヤは動けるようになるまで回復し、やっと普通に生活できるほどまでになった。

 やはり血液が致死量近くまで流れ出たのだろう、ほんとうに危ない状態だったようだ。でも命を繋ぎ止めてくれたことに感謝しかない。

 裸猿がこんなにも生命力が強かったなんて感心するよりも喜びの方が勝ったほどだ。まるで私たち獣人となんら変わらない生命力を持っていると、わかっただけでも収穫である。


 安静中のタツヤに、母が校長の仕事をサボって質問責めにしていたことは困った問題である。いくら研究の進展の為とはいえ、病人に対して余りにも傍若無人な研究姿勢に苦言を呈したいほどだった。

 今後はキッチリとスケジューリングをし、管理しなければほんとうにタツヤが死んでしまうのではないかと危惧される。まったく研究の虫になった母には困ったものである……。



 さて、その後あの事件に進展は見られない。

 黒幕の存在も闇の中、それにタツヤとマロンを攫った容疑者である黒猫窃盗団のブリングも捕まらないままだ。


 最終的にエインリッヒ先生も何者か分からない者に脅され、無理矢理マロンを預かる中継役として動いていただけに過ぎないそうだ。

 何故脅されただけでその頼みを受けてしまったかというと、その大元には私の存在があった。

 私がエインリッヒ先生の理論を覆すような研究結果を発表したことで、先生はパトロンであるゲイリッヒ侯爵の不評を買ってしまったようだ。


 本来であれば自分が抱えている研究者が革新的な研究成果を上げることは、パトロンとしてもとても栄誉なことである。この功績は我がゲイリッヒ家が支援したお陰である、と今まで方々で威張っていであろうゲイリッヒ侯爵は、私にその研究を覆されてしまったことで恥をかいてしまったことになる。

 本来ならエインリッヒ先生の提唱する理論を元に、新しい理論が出てくれば良かったのだろうが、私はそれを根底から覆すような理論を提唱したのだから仕方がない。先生の理論は嘘でした、と公表したようなものだ。

 ゲイリッヒ侯爵は顔に泥を塗られたに等しい恥をかいたことになる。


 それを恨んだゲイリッヒ侯爵は、私はおろかブリューゲル家を目の敵にしていたということだろう。結局エインリッヒ先生への支援も徐々に削減していったという。

 このままでは研究費も底を尽きかねない。

 そんな折、何者かがエインリッヒ先生の前に現れたという話だった。

『手を貸せば研究費を出してやろう、手を貸さなくともどのみち研究費は干されることになる。研究を続けたければ我々の指示に従うことだ』

 そう言われてしまっては手を貸すしか無くなる。研究費を干されてしまったら、一般庶民であるエインリッヒ先生に満足な研究などできなくなるのだ。研究者としての死刑宣告を受けたようなものだから。

 故に先生は悪い事だと知りながらも、この件に加担したということだった。


 研究者の弱みに付け込んだ陰湿な取引だったようだ。


 しかし私のせいでそこまで周りが動いてしまうことにも驚きだった。

 私はただ真実を追求しただけなのに、それを巡って周りに不利益が出るなど考えもしなかったのだ。しかしこれは仕方のないことだと私は思う。

 研究者として研究成果を公表しないわけにはいかないのだ。たとえ前提唱者の間違いを正し、それに依って不利益が出る可能性があろうとも、真実は覆らないのである。

 仮に私が提唱する理論が今後覆される可能性だってある。今現在わかっていないピースがどこからか見つかるかもしれない。それが過去の理論を覆すようなものなら、それは仕方のないことなのである。


 研究者だって人である。間違いもするのだ。

 公表する前に前提唱者とそれなりに情報を摺り合せればいいのかもしれないが、得てして上手くいかないものだ。

 共同研究ならまだしも、個人個人、自分の研究にはそれなりにプライドだって持っている。簡単には理解しあえないのが研究者同士なのかもしれない。


 結果的にエインリッヒ先生に接触した何者かは誰かも分からないそうだ。要するに黒幕も誰かは不明のまま。

 そこで行き詰ってしまったのである。


 ただ少しだけ分かったことがある。

 黒幕はどうしてもゲイリッヒ侯爵を陥れたかったのではないかと想像できる。

 タツヤとマロンを攫うのはついでで、ゲイリッヒ家を失墜させたかったのではないかと。上手くことが運び珍しい裸猿を手に入れれば御の字程度だったのではないかと推測できる。

 エインリッヒ先生の資金がどちらにしても干されるという言葉に、ゲイリッヒ侯爵の失墜が絡んでいると推測するに至ったのだ。タツヤ達はちょうどいい駒として扱われたに過ぎない。腹立たしいがゲイリッヒ家との関係上、あの時点で我が家が一番適していたということだろう。

 それにゲイリッヒ侯爵にパトロンになって貰っているエインリッヒ先生を巻き込むことで、ゲイリッヒ家の関与を強めようとしていたのだろう。


 しかしゲイリッヒ侯爵家は、どこにでも恨みを買っているようだ。

 ハイドが不憫に思えて仕方がない……。


 というわけで、ゲイリッヒ侯爵との折衝は父に任せている。

 あの依頼書に押されている印影をチラつかせ、こちらが優位に進むように水面下で交渉中らしい。

 マロンが見つかってすぐにゲイリッヒ家と折衝を始め、陽動も試みてみたのだが、黒幕は一切尻尾を出さなかった。なのでそれは早々に諦めたのだ。


 王には今の所そのことは隠し、我が家が何者かに依って襲撃を受けたということだけを伝えているそうだ。襲撃者の黒猫窃盗団とブリングという名は伝え、手下は一度は捕えたものの、ブリングに依って口封じの為に殺されたとも伝えている。

 黒幕がそれを聞いたら動きがあるかもしれないと思っていたが、やはり今の所何もない。


 結局ブリングはこの街で見つかっていない。大々的に捜査をしたがどこにも見当たらなかったという話だ。相当切れ者で通っているらしいので、恐らくはもうこの街から出ているのではないかという見解だった。

 もしかしたら黒幕がうまく逃したのかもしれないが……。


 これが今回の事件の推移である。


 黒幕が誰なのか。ブリングはどこにいるのか。それは依然として闇の中ということだ。



 それはそうと、タツヤも無事体調も戻ったので、やっと研究も再開できる。

 余計な事件があったけれども、ここからは心置きなく研究できると思うとワクワクが止まらない。


「ん? タツヤどうしたのですか? そんな難しい顔して、まだどこか具合が悪いとか?」


 研究を再開して、タツヤの表情が優れないことに気づく。まだ具合が悪いのだろうかと心配になる。


「あ、いいえ。なんでもないのです……」

「なんでもない顔じゃないわよ? 調子が悪かったり、なにか不安なことがあったらちゃんと話しなさい。私はいつでも聞いてあげますし、タツヤの体調が一番心配なのです」

「はい、ありがとうございます。体調はもう大丈夫です。ですが、あの時なにか夢を見ていたのですが、それがよく思い出せないのです」

「あの時というと意識を失っていた時のことですか?」

「はい、そうです。何かとても大切なこと、とだけは覚えているのですが、それが頭の中に靄がかかったように思い出せないのです」


 どうやら気を失っている時に見た夢が、思い出せなくて悩んだ顔をしていたようだ。


「うーん、まあ夢とは得てしてそういったものです。目覚めてしまえばその大部分が忘れ去られてしまう。一説によれば、この肉体とは違う部分で体験し、肉体には記憶として残さないのではないかと言われています。覚醒時には肉体の記憶野が適用されるのでその記憶に埋もれてしまうと」

「なるほど、精神とか魂に記憶されていて、肉体には記憶しない、ですか……なかなか面白い仮説ですね」

「仮説でもないかもしれません。現実で体験した記憶と、夢で見た記憶には、明らかに記憶的に違いがあります。目覚めてすぐには思い出せることでも、ほんの少し時間が経過しただけで薄れてしまうような記憶は、記憶とは言えません。私もそんな経験は何度もありますし、毎日何かしらの夢は見ていると思うのですが、その大部分は記憶にありません。仮説とはいえ肉体の記憶としては証明できていません。記憶に残る夢はそれだけインパクトの強い夢で、目覚めた瞬間に肉体に記憶として自分が意図的に焼き付けているのではないかと考えられています。それ以外は記憶としてみなされませんからね」

「なるほど……今度から気をつけてみますね……でも大切なことだったと思うのです。この世界に関する何かだと思うのですが……」

「まあそのうちまた同じような夢を見るかもしれません。それになにかきっかけがあればその記憶が引き出される可能性もあります。今悩んでも仕方がありませんよ。それとそういった変わったことを研究してる人もいます。今度機会があったら訊いてみるのもいいかもですね」

「そうですね、その時はお願いいたします。では研究を始めましょうご主人様」

「ええ、よろしくね」


 そうやって、さあ始めましょうとした時、研究室の扉が勢いよく開かれ何者かが侵入してくる。


「タツヤ! ここ、ここ、ここだけ教えてちょうだい!」


 タツヤのメモを持った母が現れた。


「お母様! 何度言えばわかるのですか!? スケジュール通りにしてくださいませ!」

「うるさい! 今が旬なの! これが分かれば後はなんとかなるのです!」

「昨日もそんなこと言っていましたよね? 明日もそうなる予感がひしひしとするのですけど?」

「昨日のことなど忘れました! 研究は前進あるのみですよミルキー?」


 そう熱弁するが、たんに自分の研究を進めたいがだけということは周知の事実だ。この研究の虫めっ!


「やぁーっ! タッくん筋肉量計らせて!」


 そのすぐ後に魔道具を持ったキャンディーまで現れる。


「こらキャンディーまで!」

「ターチャ!」

「こ、こらマロンも騒がない!」


 と叱り付けるがその後に、


「タツヤ! ちょっとやそっとでは死なないように訓練をしましょう!」


 鍛錬の準備をしたミッチェルまで現れる。


「こらミッチェル! また全身筋肉痛にして動けなくするつもり?」

「タツヤ君も大変だね。こう騒がしくてはなんだから、ボクの部屋でお茶でも飲みながら話しでもしようか?」


 いつの間にか父までいた。


「お父様まで! ご自分の研究に付き合わせようと、そうやってタツヤをそそのかさないでください!」


 誰も彼もスケジュールなんて無視してタツヤの元へと集まってくる。大人気だ。

 タツヤとマロンは、もう我が家の一員になったようだった。

 だが、


「みんなスケジュールは守りなさい! 今は私の時間です! 研究させてくださいませーっ!!」


 私がキーッと癇癪を起こしてそう叫ぶと、


「皆仲良くて賑やかですね」



 と、タツヤはそうやって微笑んでいるのだった。



 ▢



 とある屋敷の一室で一人の女性と男性が話をしていた。


「ふぅ。どうやら失敗に終わったみたいですね」

「ああ、どこで情報が漏れたのか……それにあそこまで頭の切れる奴等が相手だったとは……今回は完敗だ」

「まあいいわ。ゲイリッヒ家を潰すなんていつでもできることだもの。それにさすがはブリューゲル家ね。研究者一族、家族全員が切れ者といったところなのでしょう。今回は丁度いい駒があったから使わせてもらったのだけど、それが敗因ね」

「まったく冷汗をかきましたよ。もう少しであんたの名前まで出すかもしれなかったからな」

「ふん、あんたの手下も碌なのがいないわね。まあでも面白いものがあることも知ったし、これからもっと楽しくなりそうね」

「また何か企んでいるのか?」

「そりゃそうよ。あそこまで珍しい裸猿がいるんだもの。攫って生きている事が分かっているのに、死んだと噂を流すまでに珍しい裸猿なのよ? わたくし達が知る以上に、もっと何か秘密を隠しているに違いないわ。これは楽しいことになりそうよ」


 女性は陰険な笑みを湛えた。


「ふっ、いい加減自重しなければ、今度は本当に足元を掬われるぜ?」

「今度は上手くいくわよ。だって……」


 二人は今後の計画を練り始めるのだった。


お読み頂きありがとうございます。

第2章完結です。

次話より第3章に入ります。

ストックも少なくなりました。今後は不定期投稿になると思います。ご了承ください<(_ _)>

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