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55話 静かな怒り ★

 私は衛士長のケントと他二名の兵を連れ、学校へと向かった。


 まだ賊の一人ブリングが捕まっていないので危険かもしれないと、父を説得するのは骨が折れたが、なんとか家を出ることができた。

 ミッチェルもお供します、と言っていたが、置いて来た。まだ目覚めぬタツヤを見ていてくれと頼んで来たのだ。タツヤの命が助かったという情報は漏れていないだろうが、危険はまだ去った訳ではない。今度は何があっても攫われないように、と厳命して置いた。

 ミッチェルは、今度は命に替えましてもお守りいたします、と覚悟を決めた表情で従ったのだった。


「ミルキーお嬢様。学校へ行かれるのですか?」

「ええ、あの犯人以外の者がその後移動させていないようでしたら、おそらくマロンはまだそこにいるはずです」

「どうして学校だと?」

「勘です」


 勘というよりも、あの二人の犯人の少ない情報から導き出されるのは、学校が一番有力な場所なのだ。

 暗くてよく分からなかったが大きな建物と言っていた。そしてマロンを引き渡した先にいた人物の容姿を確認したところ、「白いふ……」という言葉を最後に犯人は死んでしまったが、おそらく「白い服を着用した者」と判断できる。

 大きな建物で、白い服を着用した者がいる場所。それはそう多くはない。

 白を基調とした衣装を纏った修道女や神官などがいる教会や神殿。それに白衣を纏った研究者がいる建物。学校の研究棟である。

 教会や神殿がそんな犯罪に加担するとは考え難い。故に残るは後者の学校という訳だ。


 役場も建物が大きいし、白い衣服を着用した者がいないわけではないが、それならばこの街以外の者にでも役場と分かるだろうし、不審な人物が不審なにかを役場内に持ち込むことは非常に困難である。故にそれはないと判断した。


「勘ですか……しかし、お嬢様の勘は良く当たりますからね……」

「必ずマロンは奪い返します」


 その決意を胸に、私は学校へと急いだ。



 学校に到着すると、なぜか校門は閉ざされていた。

 もう生徒達も登校が済んでいる時間帯だが、校門を完全に閉め切る理由が思い浮かばない。

 仕方がないので校門脇の通用口に立つ警備に声をかける。


「どうして校門が閉じられているのですか?」

「あ、これはミルキー様、お待ちしておりました。これはハイネス校長の指示でして……」

「お母様の……?」


 どうやら母が学校の門を閉鎖する指示を出したそうだ。


「本日は指示があるまでは、なんびとたりとも学校への出入りを禁止するように、とのご指示です」


 なんとも学校に入ることも、出ることも禁止されているとは……母もあの事件があって余程警戒しているのだろう。


「私も入ってはいけないのですか?」

「いえ、ミルキー様だけはお通しするようにとのご指示です」


 私は良いようだ。


「それからミルキー様が訪れましたら、なによりも先に校長室に行かれるように、とも言付かっております」

「分かりました。ありがとう」


 真っ先に校長室に来いとは、この厳重な指示といい、母は何かを勘づいているのかもしれない。

 そもそも私が学校に来ることを、当然のように予想しているような指示である。母は間違いなく何かを掴んだと言えるだろう。


 私達は通用口を通り校内へと入った。

 構内は既に授業などが始められているようで、静かなものである。普段なら単位を取得し終えた生徒が数名は、授業時間であろうが徘徊しているのだが、今日は見受けられない。そこまで徹底して警戒を強めているのだろうか。


 校舎に入り校長室へと脇目も振らずに向かう。廊下もひっそりと静まり返っているのが、どことなく深夜の校舎を思わせ不気味だ。


 校長室前に到着し扉をノックした。

 今日は一人ではなくケント達衛士も連れているので行儀悪くはできない。

 中から母の返事があり扉を開く。


「お母様、この警戒は何なのですか?」

「やっと来ましたか。待っていましたよ」


 母は執務机でタツヤのメモを読みながらそう言った。

 学校にまで持ってくるなんて、私は聞いてないよ! そう言いたかったが、今は止めておく。


「やっと来たかって……お母様はわたしが学校にくることを分かっていらっしゃったのですか?」

「ええ、かなりの確率であなたがここに来ると予想していました」


 どうやら完全に予想されていたようだ。


「どうしてそんな予想を?」

「昨日の晩、少し気になることがありましたからね。おそらくそれがマロンではないかと考えたのです。そして犯人をミッチェルが確保したと聞いて、それならばあなたが来ると予測できたわけです」

「昨日の晩ですか……?」


 母は昨晩気になることが学校であったと、タツヤのメモを読みながら言った。

 メモから目を離しなさいと言いたいが、この様子では言ったところで無駄になることは分かっている。


「攫われた時間帯、賊の人数、状況を加味し、わたしが学校でその話を聞いてから家に帰るまで、そして不審なモノが学校に持ち込まれた時間帯、逆算すると怪しいのは明らかです」


 母は家に帰る前に、学校に何かしらの怪しいモノが運ばれて来たのを目撃しているらしい。


「先程使いの者に確認に動いてもらいましたが、ここに持ち込まれたモノの証明は出来ませんでした。故にそれがマロンである可能性は非常に高いでしょう」


 母は自分の使用人達に動いてもらい、裏を取ってきていたらしい。

 タツヤのメモを真剣に読みながらそんなことまで考えているとは、自分の母親はとても有能なのだと再認識した。


「それはどこですかお母様!」

「慌てなさんな。もう手は打っています。この学校内からは逃げられません」


 パサリ、とタツヤのメモを閉じた母は、ようやく顔を上げてそう言った。

 タツヤのメモを机の引き出しに仕舞い厳重に鍵をかける。そしてふっ、と息を吐いて腰を上げた。


「研究棟は現在封鎖しています。そこから逃げ出すことも、他から干渉を受けることもできません。ミルキー、あなたを待っていたのですよ。あなたがマロンを助け出すのでしょ?」

「はい! お母様!」


 マロンは研究棟にいるという。そこから連れ出すことも、外部から誰かが侵入する事もできないくらい厳重に封鎖しているということだ。


「生徒も先生達も、この件が済むまでは教室や教員室、研究室から出ないように通達しています。さあ行きましょうか。我が家に喧嘩を売ったこと、大切な研究個体を奪ったこと、犯人には大いに反省してもらいましょう」

「はい‼」


 母はにっこりと優しく微笑んでいるように見えるが、その実それは非常に怒っている証拠である。

 領主の家に押し入られ、身内が怪我を負わされた。それにタツヤが瀕死の目に遭い、マロンが攫われている現実に、研究者としての怒りが先に立っているのであろう。

 大切な研究の検体や資料等を奪われることは、研究者にとってこれ以上にない屈辱でもある。それに裸猿といえど、タツヤやマロンは本当に貴重な個体なのだ。特にタツヤは他の世界からの転生者なのである。そのタツヤが死の淵を彷徨うような事をされて黙っているわけにはいかない。タツヤが残したメモをこうも大切に扱うような母なのだ。

 その怒りは怒髪天を衝くほどなのだろう。


「行きますよミルキー!」

「はい、お母様!」


 母は先頭で校長室を出て行く。

 私達もその後を追う。



 こうして私達は研究棟へと向かうのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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