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54話 尋問 ★

 屋敷に戻った私は父へと報告し、犯人が連れてこられるのを待った。


 母は父からこれまでの詳細を聞いて、一度朝礼のために学校へ向かったそうだ。

 タツヤはまだ目覚めなていない。ミッチェルはまた治癒師を呼んで回復させている。説教は取り調べの後だ。


 そして私は、父と今後の対策を練る。


「お父様。これはゲイリッヒ家の仕業ではない可能性が高いですね」

「そうだね。これだけ全く違う情報が出て来て、犯人も数名捕らえた。ミッチェルも間違いなくその者たちが屋敷に押し入ったと確認しているんだよね?」

「はい、主犯は逃しはしましたが、間違いなかったそうです。ですから何者かがゲイリッヒ家の仕業に仕立てたかったのではないかと考えます」

「そうだね。そう考えるのが妥当だね」

「手下二人に聞き出せればいいのですが、ブリングという奴は相当に頭が切れるようです。下っ端にそんなに重要な情報を握らせていないかもしれません」

「なるほど、それは困った問題だね」

「なるべく情報を引き出そうかとは思いますが、どこまで分かるか不明です。ですからお父様には、ゲイリッヒ家と早急に連絡を取って欲しいのです」

「ん? なんでだい? どうして容疑をかけられているゲイリッヒ侯爵に連絡を取る必要があるんだい?」

「これは作戦です。ゲイリッヒ家を陥れようとしている何者かを炙り出すんです。王都に上げる前に、直接ゲイリッヒ家と対立した形を取って欲しいのです」

「直接ゲイリッヒ家に文句を言うのかい?」

「いいえ、ゲイリッヒ家を抱き込むのです。あの証拠があり、激怒した我が家は、ゲイリッヒ家に直接宣戦布告した体を装うのです。そしてそれを本当の黒幕に見せつける。そうすれば影くらいは見えるかもしれません」

「そう上手くいくかい?」

「いいえ、そう簡単ではないでしょう。ブリングという奴を逃している以上、猶予はそんなに残されていません。黒幕がゲイリッヒ領の者なのかそれとも王都の何者なのかは分かりませんが、そう遅くなく私達が本当の証拠を持っているといった情報が相手に伝わることでしょう。その前に引き摺り出したいのです」

「なるほど……しかし、ゲイリッヒ侯爵をどうやって取り込むんだい? あのゲイリッヒ侯爵が簡単にこちらの要望を飲むとは思えないけどね」

「それはあの証拠をちらつかせれば大丈夫ですよ。魔法的効力のある印影を見せるだけで相手は頭を下げて協力してくれるはずです」


 魔法的効力がある印影は確実に脅しにもなる。筆跡云々などは関係なく、あの陰影があるだけでゲイリッヒ家のモノだと証明される。何物にも代えがたい証拠になるのだ。

 故に印の取り扱いには細心の注意を払わなければならない。本来なら当主以外が印を持つことはないし、使うこともない。

 まさかコソ泥に印影を盗まれたとなればそれこそ大問題にもなる。管理不行き届きとして罰を与えられる可能性もあるのだ。


「そうか、どちらにしてもゲイリッヒ侯爵の不利になるのなら、協力は惜しまないか」


 父もそのことに気がついたようだ。


「ですから、本当の黒幕が分かった時点で、その書類はゲイリッヒ侯爵に渡す約束をすればいいのです。偽造された書類をゲイリッヒ侯爵が燃やそうが捨てようがどうでもよくなります。それに借りも作れると思いますが? いかかですか?」

「そうだね。おおきな借りを作れるね。あの陰険なゲイリッヒ侯爵をギャフンと言わせることもできる。楽しそうだね」


 父は陰険な笑みを湛えた。

 そうすればしばらくはゲイリッヒ家はブリューゲル家に頭が上がらないだろう。

 一石二鳥だ。


「でも、次男のハイド君だっけ? 彼はこのことを知っているのではないかい?」

「ええ、その偽造書類のことだけは知っています。ですがタツヤの情報は今はまだ知りません。お父様から一日の猶予を頂いているとだけは伝えています。ですから好都合です」

「好都合?」

「ええ、ハイド様はもしゲイリッヒ家の仕業なら、お咎めを受けても仕方がないと諦めている様子ですから、上手く動いてくれると思います」

「ふむ、なるほどね。敵の身内までうまく使うとは、ミルキーも容赦ないね……」

「当然です。舐められたままで終わらせませんから」

「ボクの娘ながら怖いね。怒らせたらパパでも容赦なく捨てられそうだよ」

「勿論です!」


 私は間髪入れずに肯定した。

 それを聞いた父は、ノーゥ! と叫んだ。


「それと、まだ目を覚ましませんが、タツヤはこのまま死んだことにします」

「うん、その方がいいかもね。また余計な奴等が手を出してこないとも限らないからね。でも隠し通せるかい?」

「大丈夫です。私に考えがありますから」

「そうか、それはミルキーに任せるよ」

「ありがとう存じます、お父様」


 今はキャンディーもタツヤを見てくれている。キャンディーの話では、もう落ち着いてきたから大丈夫だと言っていた。

 あとは目を覚ましてくれるのを待つだけだ。



 程なくして犯人の二人が衛士によって連れてこられた。

 女の方はそんなに大きな怪我がなさそうだが、男の方は顔が酷いことになっていた。ミッチェルの鞭で思い切り打たれたのだろう。頬の肉が千切れ落ち奥歯までむき出しになっている。

 これでは満足に話せないかもしれないと思い、仕方がないのでミッチェルを治療してくれた治癒師にお願いして傷を少しだけ癒してもらった。全回復はさせません。


「さて、あなたたちは捕まりました。捕まったということはどういうことかわかりますね?」


 治療が終わり私がそう切り出す。

 しかし二人は黙するだけでこちらを見ようともしない。うん、犯罪者らしいね。

 すると、治療を終えたばかりのミッチェルが、「お嬢様ここはわたくしが」と言って、ずいと犯人の前に立った。


 ──ピシャッ!


 と、短い鞭を床に打ち付けると、犯人二人は恐々とした面持ちでビクリと身を竦めた。

 鞭打たれたことがトラウマになっているのだろう。


「黒猫窃盗団、テッド、及びジェラ。あなた達はこの街の領主様の屋敷に浸入し、二匹の裸猿を奪った嫌疑で捕まっています。あなた達のリーダーであるブリングは逃しましたが、わたくしが確認していますので、間違いなくあなた達の仕業と断定できるでしょう。という事は、死刑は確実という事です。ここまではお分かりですね?」

「「……」」


 ミッチェルの淡々と話す内容に、二人はさーっと顔色をなくしてゆく。

 裏庭とはいえ領主の屋敷に押し入っただけでも重罪である。そこに傷害と誘拐が加われば、問答無用で死罪が確定する。

 父の一声があれば、その場で首を落とされても不思議ではないのだ。父(元々気の弱い庶民)はそんな事は言わないと思うが。


「ですからあなた達の命は、領主様に握られているのです。何も話さずとも、領主様の『殺せ』、この一言で即座にあなた達は死んでしまいます」


 ゴクリ、と二人の喉が鳴る。

 顔色は死人のように白い。ミッチェルの脅しは迫真である。


「ですが、そんなに簡単に死なせるような事は致しません」


 その一言で、ほっと息を吐く二人。寿命が延びたことを安堵しているのだろう。

 しかしそれも一瞬のことだった。


「何故ならあなた達はお嬢様の大切なものを奪ったのです。それなりに口を割るまで生かして差し上げます。素直にお話くださるのであれば、もしかしたらお嬢様の恩赦がいただけるかもしれません。ですがいつまでも口を割らなければ、お嬢様の研究材料として、生きたまま解剖されますよ? お嬢様は高名な生物学者でもあります。どうせ死罪になる罪人ですから、たまには死体を解剖するよりも、生きたままの躍動感ある検体を解剖すれば、より研究も捗ることでしょう。動いたままの心臓をじかに観察したり、内臓を取り出してみたり、眼球をえぐり出して、どの神経を切れば見えなくなるのかを検証したりと。あ、そうそう、脳などはきっと楽しいでしょうね。頭皮を切るときに痛みがあるぐらいで、脳を露出して研究しても、脳には痛覚がないそうですから痛みが無いみたいですよ? きっと有意義な研究結果が得られるでしょう。ねえ、お嬢様?」


 づらづらと恐ろしいことを口にするミッチェル。

 よくもまあそんな生々しい解剖を思いつくものだ。私でもそこまで思いつかないよ……でも興味はあります。

 そのことを聞いた犯人二人は、余計に顔色を青くして震えだした。

 側で聞いているケントや衛士達も顔を蒼くして冷や汗を流している。

 それはそうでしょう。生きたまま心臓を掴まれたり、脳を露出させる事を連想したら、そんな反応が当たり前だ。全く恐ろしい拷問を思いつくものだ。拷問というよりも解剖刑といった死刑に過ぎない。

 興味はそそられるが、そこまで私はマッドな研究者じゃありませんよ!


「え、ええそうね……楽しみだわ。オホホホ!」


 でも一応話は合わせておく。


「さあ、質問に答えますか? それともこのまま研究室に直行しますか? 二択です。さあ返事をお聞きしましょう」

「「……」」


 それでも犯人二人は震えながらも黙す。


「そうですか、では場所を移しましょうか。もう研究室の準備は整っていますから、すぐにでも解剖できますよお嬢様」

「まあ、準備が良い事、さすがミッチェルです。オホホホホ!」

「衛士の方々、この二人を研究室へ……」

「──しゃ、しゃべるっす!」「──話します!」


 ミッチェルが本気だと悟った犯人二人の心は難なく折れた。

 生きたまま解剖される恐怖には抗えなかったようだ。


「うん、よろしい。では最初の質問です。雌の裸猿はどこにいますか?」


 ミッチェルは今一番聞きたい事を質問した。

 とりあえず黒幕がどうのこうのというよりも、マロンの居場所を聞き出すのが先決と考えてのことだろう。私も同感です。


「ど、どこかは分からないっす」


 しかし犯人は曖昧な返事をした。男の答えに女の方も頷くだけだ。


「分からないとはどういう意味でしょうか? あなた達が攫って監禁しているのでしょ?」


 私も質問した。


「いえ、もうあたしたちが監禁していません。あたしたちもそこがどこか分からないんです」

「分からないわけないでしょう!」


 女の返答にミッチェルが声を荒らげた。

 パシッと鞭を両手で引っ張って鳴らすと犯人二人は、ヒッと小さい悲鳴を漏らす。


「ほ、本当っす、オレ達はただ運んだだけっす。オレ達はこの街の者じゃないっすから、だからあそこがどこかなんて分からないっすよ」

「どんな場所だったの?」

「な、なんか大きな建物だよ。それ以外は暗くて分かんなかったよ」


 どうやら二人はマロンを連れて行った場所は、正確にどこか分からないということらしい。

 ただ大きな建物、とだけ記憶しているようだ。


 尋問していると、次々と衛士も集まってきた。衛士長のケントが調書を取るために呼び寄せた人達なのだろう。すでに数名が、ミッチェルの尋問内容を書き留めている。

 そして、続いて一人の衛士が扉の前で立ち止まった。この時私は、たんに扉を警護する者、そう思っていた。


「そこで裸猿を誰かに引き渡したのですか? 名前は覚えてますか?」

「誰かは知らないっす。俺達は、お頭、に言われて……ただ運んだだけっすから」

「そうですか、ブリングの命令で運んだだけと」

「そ、そうよ、だから私達は何も知らないのよ」


 どうもこの二人は本当に何も知らされないまま、ブリングという奴にただ使われていただけのようだ。


「では、その引き渡した人物の容姿ぐらいは覚えているのでしょう? どんな人でしたか?」


 ミッチェルがそう質問した時、私の視界の隅で何かがキラリと光った。


「白いふ……」


 犯人がそう口を開こうとした瞬間、部屋の入り口方向から何かが飛んで来た。


「──危ないミッチェル!」

「──!?」

「──がっ!」

「──うぐっ!」


 どうやらミッチェルを狙っていたわけではなさそうだ。

 連続で飛んで来た何か。その何かは、的確に二人の犯人の首筋を貫いた。

 ドサリと音を立てながら床に崩れ落ちる犯人二人。首からは夥しい出血がみられる。

 一瞬何が起こったのか分からずに、ここにいる全員が固まった。


「──くっ、ナイフ?」


 犯人二人の首には投擲用のナイフが深々と刺さっていた。

 入り口に目を向けると、そこにいた衛士らしき人物の姿はすでに消えている。その兵士がナイフを投擲したのだろうか。


「ケント様!」

「ハッ! ──今出て行った者を捕らえろ!」


 少しの時間差はあったが、衛士たちは一斉に動き出した。

 バタバタと慌ただしく衛士たちが部屋から出て行く。

 残された私達は、事の重大さを知った。私は倒れた犯人二人に近付いて見分する。


「即死ですね。延髄を的確にナイフが貫いています……」


 二人の犯人は息絶えていた。


「くっ……もう少しでマロンの居場所を聞き出せたかもしれないのですが……」


 ミッチェルは口惜しそうにそう呟く。

 いまひとつはっきりとした場所は聞き出せなかったが、もう少し情報があれば絞り込めたのかもしれない。そう思うと悔しくてたまらないのだろう。


「はぁ、何とも用心深い奴ですね。仲間を助けに来るどころか、口封じしに来るとは……侮れませんね黒猫窃盗団のブリングという奴は……」


 扉前に立った厳つい衛士、衛士に扮装してこの屋敷に侵入したということなのだろう。

 まさかこんなに衛士が集まっている中、堂々と侵入してくるなど、誰が考えるだろうか。きっと誰も考えないからこそ、その隙を突かれたということなのだろうけど……本当に切れ者のようだ。

 しばらくするとケントが戻って来た。


「報告致します……逃げられました……申し訳ございません」


 ケントは父に向かって悔し気に頭を下げた。

 話を聞くと、外で警護していた衛士二名がブリングに殺されていたようで、一人は装備まで取られていたらしい。その装備を着用し、屋敷に侵入してきたと。

 そして追った時にはもう姿も形も見えなかったそうだ。


「やられましたね……こうまで虚仮にされるとは……許し難いですね」


 父はこうも易々と屋敷に侵入され、せっかく捕まえた犯人二人を殺されたことに憤りを覚えているようだ。


「街の警備を厳に、犯人は必ずこの街で捕らえよ!」

「はっ!」


 父はケントにそう命令する。

 領主としての面目を保つためにも、賊はこの街で捕らえたいといったところなのだろう。

 衛士長のケントがその命を受け伝令に走ろうとした。


「お父様、それにケント様、少しお話が」


 だが私もただ黙っているわけにもいかない。タツヤの為にもマロンを取り返さなければならないのだ。


「お父様、ケント様と数名を私にお貸しください」

「どうしたんだいミルキー? また賊を追うとでも言うのかい?」

「いいえ、賊などもうどうでもいいのです。私はマロンを助け出すために動こうと思います」

「どこにいるかも分からないのにかい?」

「いいえ、おおよその場所は分かりました。おそらくあそこです」

「……」


 父は私の言っている意味が分からないようで首を傾げた。あの尋問で明確な場所が分かる訳はない。そう思っているようだ。

 しかし私には、あの犯人二人の少ない情報からその居場所を導き出した。




 私は行かねばならない。マロンを助けに。


お読み頂きありがとうございます。

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