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53話 あのバカ! ★

 新たな情報収取をお願いしたハイドは、そのまま学校へと向かったようだ。


「お嬢様、朝食はもうしばらくかかりますので、少しお待ちください」


 メイドがそう言ってくる。

 ハイドがあまりにも早くに来たので、朝食の準備も整っていなかったようだ。


「ええ、急がなくても結構ですよ」


 そう返事をして、ふといつもと何かが違うことに気がついた。

 ミッチェルがいない。


 いつもなら私を起こすのも、朝食を給仕してくれるのもミッチェルの役目だ。その姿を今朝は見ていない。

 とはいえ、昨日賊との戦いで怪我を負い、回復させたばかりだ。たぶんまだ調子が悪くて寝ているのだろうと思い、メイドに尋ねてみる。


「ミッチェルはまだ寝ているのですか?」

「はい、お部屋からまだ出て来ておりませんので、おそらくは。起こして参りましょうか?」

「いいえ、昨日の今日です、少しゆっくりと寝かせておきなさい」

「畏まりました……」


 メイドが主人よりも遅く起きるなど普段であれば許されないのだろう。他のメイド達も恐々とした面持ちでいた。

 だが私は別にそんなことはどうでもいいのだ。普段しっかりと仕事をしてくれているのだから、多少のことは許してあげます。


「では朝食ができるまで私は研究室へ行っています。準備ができたら呼びに来てください」


 そう言い残し私は研究室へと向かった。

 タツヤの具合はどうだろうか。母のメイド達に任せてしまっていたので大丈夫だろうと思いたい。一晩緊急の呼び出しもなかったので死んではいないと思うが、やはり心配である。


 タツヤの部屋に入ると、タツヤはまだ寝ていた。というよりもまだ目を覚まさないのだろう。顔色は若干良くなっているようだが、まだ危険な状態が続いているのかもしれない。


「おはよう、タツヤの容態はどうですか?」

「おはようございますミルキーお嬢様。はい、依然として目覚める気配もございません」

「そうですか……」


 まあそう急いても仕方がない。

 タツヤの手を取ると、昨日よりも仄かに温かい。呼吸も幾分力強くなって来ている。峠は越えたと見てもいいだろうか。

 危うかった一夜を無事に乗り越えた事だけでも感謝するべきかもしれない。これで少しは死ぬ確率も減っただろう。これからは少しずつ回復してくれることを願うしかない。


「そういえばお嬢様。ミッチェルがこれをお嬢様にと」

「……?」


 一人の母付きの若いメイドが、おずおずと何かを差し出してくる。

 メモのようだ。

 それよりもなんでミッチェルが?


「なぜミッチェルがあなたにこれを?」

「はい、昨晩ミッチェルは眠れなかったのでしょう。タツヤがご心配なご様子で、わたくしと看病を少しの間交代してくれたのです」

「そう……」


 どうやらミッチェルはタツヤをこんな状態にしてしまい、マロンを攫われた事に責任を感じ、おちおち眠れなかったのだろう。

 彼女らしい。

 しかしなぜメモなんて残したのかが不可解である。

 メモなど残さなくても、用件があれば直接伝えにくればいい事だ。もしかして寝坊することが分かっていて、メモをこのメイドに託したのかな? お茶目なミッチェルだこと。


 そう思いメモを開いて、内容を確認する。


「──えっ⁉︎」


 私はそこに書かれている内容を目にして驚愕した。

 その内容は予想外のものだったからだ。


【親愛なるミルキーお嬢様。タツヤが先ほどほんの僅かですが目を覚ましました。ご安心ください、もう峠は越えたと思われます。

 そして驚く事に、タツヤは賊の情報を覚えておりました。

 賊は黒猫窃盗団。

 実行犯の名は、ブリング、テッド、ジェラ、だそうです。

 おそらくリーダー格はブリングという者でしょう。王都でも有名な悪党の名前です。所属も黒猫窃盗団で間違いありません。

 ブリングはかなりの切れ者で通っております。たぶん赤猫盗賊団の情報も、ブリングが意図的に捏造した可能性があります。お気をつけください。

 そしてわたくしはこれからその賊を探して参ります。見つけ次第捕縛したいと考えております。わたくしの所為でタツヤがこのような目にあい、マロンは攫われてしまいました。わたくしの責任です。ですから責任を果たすために行って参ります。

 もしわたくしが返り討ちに会おうとも、わたくしが責任を取った、という形でお流しくださいませ。わたくしの失態でお嬢様にご迷惑をおかけしたのですから、当然の報いです。

 親愛なるミルキーお嬢様、愚かな側仕えの我儘をお許しください。】


「あのバカ! これでは遺書ではないですか……」


 私はメモをくしゃっ、と握りしめた。

 ミッチェルの命懸けの遺書をこんな形で受け取るとは思いもしなかった。

 けれども、それだけ責任を感じているということだけはわかります。


「ほんと……バカなんだから……」


 あれだけタツヤ達、裸猿を買う事に嫌そうな顔をしていたのに、ここまで二匹のために、いえ、二人の為に仇を取りたいなんて、ミッチェルも彼等に心を許したという事でしょうか。


「ミルキーお嬢様? どうかなされたのですか?」

「ええ、私のバカなメイドが暴走したようです」

「ミッチェルが、ですか?」

「それよりもミッチェルがどこに行くとか聞いていませんか?」

「いえ、聞いておりません。何か急ぎの用があるとだけ言っていましたが……」

「そうですか、分かりました。引き続きタツヤの世話をお願いね。交代で私のメイドもよこしますから、休憩をとりながらお願いします」

「はい、畏まりました」


 そう言い残して私は急いで自室へと戻り装備を整える。

 まったく、いくら責任を感じているからといっても、一人で行かなくともいいじゃない!

 確かにミッチェルはそれなりに強いとは思うけど、上には上がいるのだ。昨日負けている相手に勝てると思っているのかしら。浅慮にも程がある。こんな重要な件を一人でなんとかしようなんて思い上がりにも程がある。少なくとも主人である私に直接伝えてから行動に移すべきだろう。そう思うのは当然の事でしょ?


「もう! どこに行ったの? ミッチェルの考えそうな場所、賊が潜んでいそうな場所……」


 あーイライラして何も思いつかない。

 私は装備を整え下階へと向った。よほど私が不機嫌なオーラを纏っているのか、すれ違うメイド達が、挨拶すら飲み込むほどだった。


 下階に行くと、珍しく父も早起きしており、食堂へ向かっているところだった。

 事が事なので、早く起きて処理する事がたくさんあるのだろう。

 私はズカズカと父に寄り声をかける。


「お父様!」

「やあ、ミルキーおは、──って、なんだいその物々しい格好は!」


 父は朝っぱらから戦闘装備に着替えている私の姿を見るなり目を剥いた。


「お父様! 至急ケント様を呼んでいただけますか? それと数名の衛士を貸してくださいまし!」

「なんだっていうんだい朝っぱらから……そんな物騒な格好で戦争でも始めるつもりかい?」

「早くしてください! 一刻を争います」

「またかい? 君の周りには一刻を争うことが多いね……でも理由を話しなさい。何も分からなければ、相手も動かし辛いだろ?」

「そうですね、すみません……」


 確かに父の言う通りだ。せっかちに頼みすぎた。


「ミッチェルがタツヤから情報を得て、単独で犯人確保に向かっているのです」

「なんだって! なんでそうなるの?」

「どうしてそんな安易な行動に出たかは定かではありません。ですがミッチェルはこの状況を作った自分に責任を感じているようです」


 そう言ってミッチェルの書いたメモを父に渡す。


「……まあ、彼女らしいと言えば彼女らしいが、無謀すぎやしないか? ところでタツヤはもう大丈夫なのかい?」

「いいえ、ミッチェルが昨晩看病をしている間、僅かの間意識が戻ったそうです。ですがまだ予断は許されないでしょう。未だ目を覚ましておりません」

「そうか、分かった。──おい、至急ケントと衛士数名を……」


 父が執事にそう指示を出そうとした時、一人のメイドが大慌てで駈けてきた。


「お話中失礼致します」

「どうしたのですか?」

「ただいま衛士の方が見えまして、街で当屋敷のメイドが何者かと戦っていると仰っております」

「なんだって!」「ええーっ!」


 父と私はただただ仰天した。

 遅かった。

 でもよくもまあ、あれだけの情報から賊の居場所を特定できたものだ。と感心するところもある。


「お父様! 私はその衛士とミッチェルのところに向かいます。ケント様にもご連絡お願いします」

「分かった! でも十分に気をつけるんだよ!」

「ハイ、行って参ります!」


 私は報告に来た衛士を伴って邸を後にした。



 ミッチェルが暴れているであろう現場に到着すると、既に事態は沈静化していた。


 どうやら一軒の宿で暴れたらしく、宿の二階の窓が二枚も割れ、道にまで散乱している始末だった。


 宿に入ると数名の衛士が犯人と思しき男女を縛り上げ、入り口に転がされていた。


「この二人は犯人ですか?」

「はい、そう思われます」

「うちのミッチェルはどこかしら? まさか殺されていませんよね?」

「いえ、殺されてはおりません。しかし結構な怪我を負い、今奥の部屋で治療しております」

「……怪我を、ですか」


 なんとも胃がキリリと痛くなって来た。

 死んでいないという言葉には安堵したものの、昨日に引き続き怪我を負うなんて、どう考えても無茶し過ぎである。


「どこの部屋ですか?」

「はい、こちらです」


 衛士に続いてミッチェルがいる部屋へと向かう。

 部屋に入ると、ミッチェルが宿の従業員らしき女性に手当てを受けている最中だった。


「──お、お嬢様‼︎」


 私の姿を見たミッチェルは、手当てを受けているのにもかかわらず立ち上がろうとした。


「そのまま手当てをしてもらいなさい」

「はい……」


 ミッチェルはしゅんとした表情でそのまま手当てを受ける。

 腕や胴、頬にも切り傷があり、一番酷いのは太ももの刺し傷だろうか。よくもまあそんなところを刺されたものだ。どうせ闇雲に蹴りを放ったところを躱されて刺されたってところでしょうか……太ももで済んで良かったと思う他ありません。急所だったら死んでいたことでしょうから。


「まったく……あなたって人は……」


 なんか呆れて怒る気にもならない。

 人目があるからここでは怒らないが、家に戻ったら説教ですね。


「も、申し訳ございませんお嬢様……リーダー格のブリングは逃してしまいました……けれどもお喜び下さい。手下の二人は捕らえました!」

「喜べるわけないでしょ! 命の危険を冒してまですることですか‼︎」


 ミッチェルが一転、パッと表情を明るくさせてそんなことを言って来たので、ここで怒らないつもりが、ついつい怒鳴り声を上げてしまった。


「……す、すいません……」


 ミッチェルは再度しょぼくれた。


 確かに手下二人を捕まえられたことは僥倖だったかもしれない。でもそのおかげでこんな怪我までして……下手をしたら殺されていたかと思うと、怒鳴りつけたくもなる。

 タツヤとマロンも大事だが、ミッチェルは私のメイドの中でもとびきり大切なのだから。


「とにかく手当てが終わったら屋敷に戻りますよ」

「は、はい……」


 私はミッチェルにそう言い、怪我の手当てをしてもらっている従業員の女性に礼をしてから、再度宿の入り口まで戻った。

 そこには宿のご主人らしき男性がいたので今回の騒動を深く詫びた。

 二階の窓や壊れた部屋などがあったら、修繕してかかった費用を全額私に請求してほしいと伝えた。迷惑をかけたのだから、当然の話しだろう。

 そうこうしていると衛士長のケントが急いで来てくれたようだ。


「ミルキーお嬢様。賊が捕らえられたと聞きましたが、本当ですか?」

「ええ、そこの二人が賊の一味です。ですが残念ながら彼等のリーダー格であるブリングという男には逃げられたようです」

「そうですか……ん? 今ブリングとおっしゃられましたか?」

「ええそうです」

「ブリングとは、王都の窃盗団に、そんな名の男がいると聞き及んでおりますが、確か黒猫窃盗団かと思いましたが」

「その通りです。彼等は黒猫窃盗団の一味です」

「はて、赤猫盗賊団ではありませんでしたか?」

「タツヤが聞いていて覚えていたそうです。おそらく赤猫盗賊団の仕業に見せかけ、捜査の目を撹乱するようにブリングが仕掛けたのだと考えています」

「では、ゲイリッヒ家の関与は否定されたのですか? あの印影は間違いないと思いますが」

「ゲイリッヒ家の関与はまだグレーですが、今朝方入手した情報で思い当たるものがあります。もしかしたらあの依頼書も偽造された可能性があります」

「しかし印影の偽造など出来ないのですよ? 魔法的な効力は偽造できないのですから」

「ええ、ですからあれは本物の印影で間違いありません。ですが、ゲイリッヒ家の関与を裏付ける確たる証拠にはなりえないと今は考えています」


 魔法的効力がある以上あの印影は間違いなくゲイリッヒ家のものである。

 しかし私は思い出した。ハイドが今朝方話していた内容を。「実家がコソ泥に入られたようなのです……」「まあ、何か大切なものを盗まれたのですか?」「いいえ、ちょっとした金品だけで済みました」という会話。

 おそらく黒猫窃盗団のブリングの仕業かもしれない。

 仮にも侯爵家にコソ泥如きが忍び込むだろうか? 厳重な警備もしてあるだろうし、使用人もたくさんいる。そんな厳重な屋敷に、小銭を盗むだけの度胸があるコソ泥などいないだろう。

 見つかれば間違いなく死罪確定だ。そんな場所にわざわざ盗みに入るようなコソ泥はいない。

 そうすれば、コソ泥のチンケな仕業と見せかけるために、わずかな金品を盗み、本命はゲイリッヒ家の印影を頂戴するということではないだろうか。

 印影を押した後、印自体は元の場所に戻せば誰も不思議に思わない。相当腕のいいコソ泥の仕業だろう。

 あっ! でも重要なことを忘れている気がする。

 なぜそこまでゲイリッヒ家の仕業にしたかったのか、捜査の撹乱なら誰でもいいはず。それに今回はタツヤの情報がなければ、その手がかりすら闇の中だったのでは……。


「うーん、これは根深いです。もう一度最初から情報をつなぎ合わせたほうがいいですね」

「しかし、本当に裸猿が犯人の名を覚えていたのですか? 今でも信じられませんね」

「そうでしょうね。でもタツヤは普通ではないので、考えないほうがいいですよ。あとはこの二人から聞き出せばいい話です」

「そうですね」

「ケント様、申し訳ありませんがこの二人の取り調べを屋敷で行いたいのですが、よろしければ連れて来ていただけないでしょうか? 調書を取るなら一緒に済ませた方が良いとも考えます」

「そうですね。本来ならば許可はできない所ですが、今回は領主様の館に押し入っての犯行ですからね」

「よろしくお願いします」


 こうして賊二人の取り調べは、我が家で行うことになった。



 手当を終えたミッチェルを引き連れ、わたしは家に戻るのだった。


お読み頂きありがとうございます。

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