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52話 翌朝早くに ★

 マロンが攫われた翌朝、結構早くにハイドが訪れた。


 昨日の事を色々と考えてしまい、少し興奮して寝付けなかった私は、多少寝不足気味だ。

 メイドにハイド来訪の知らせを受けて目を覚ましたのだった。

 急いで着替え客間に向かう。


「おはようございますハイド様」

「おはようございますミルキー様、早朝に押しかけてしまい申し訳ありません」

「いいえ、構いませんよ。それでゲイリッヒ家の様子はいかがでした?」

「それなのですが……」


 挨拶を済ませると、ハイドは複雑な表情をして言い淀んだ。


「なんらかの動きが見られたのですね?」

「それが、表立った動きが見られないのです……」

「動きが見られないのですか……」


 やはり予想通りなのだろうか。

 黒幕は別にいる。その線が強くなってきた。


「はい、それとなく兄や妹に裸猿の話を振ってはみたのですが、二人はこれといった反応は見せませんでした」


 どうやらカマをかけたようだがバーンは何も反応しなかったらしい。

 それよりも、昨日の昼からキャンディーとハイドが、裸猿は死んでしまったという噂を流してしまっていたので、『死んだという話じゃなかったか? なぜ今頃裸猿の話をするんだ』と、逆に問い詰められたという。


「兄はあんな性格ですから、隠し事はできないと思います。妹も兄とあまり変わらないので同様です。その二人が何も知らないに、父が陰で動くことはないでしょう」


 確かにあの脳筋バーンが隠し事ができるような性格とは思えない。

 もしこの計画がバーンの差し金だったら、仲の悪い兄弟でも自慢するかもしれない。『ふん! あのぽっと出貴族の阿婆擦れから裸猿を奪ってやったぞ! お前もあんな奴の味方をするからこんなことになったんだ! 責任はお前にもあるんだからな! はははっ!』くらいのことは言いそうだ。


「それとは別に、先日兄と妹が帰省している時、実家がコソ泥に入られたらしく、今は裸猿どころではない、と兄が憤慨しておりました」

「まあ、それは大変なことですね。何か盗まれたのですか?」

「いえ、金品を少々盗まれたぐらいで、たいしたものは取られていなかったようです。ですが侯爵家に押し入った盗人ですから、それなりに大々的に捜査しているようです」

「なんとも、物騒な話ですね」

「はい、兄もその件でまた次の休みには実家に帰るそうです」

「そうですか……」


 それだけゲイリッヒ家が慌ただしいなら今回の一件はやはり違うのだろうか。

 しかしこちらには歴とした証拠がある。


「ハイド様、心して聞いて下さい。実は昨日犯人を追跡したところ、ある場所でゲイリッヒ侯爵が関与しているであろう証拠が見つかりました」

「えっ! 証拠ですか?」

「はい、ゲイリッヒ家の印影が押印されたゲイリッヒ侯爵様の依頼書と、赤猫盗賊団が関与しているであろう証拠の品が残されていたのです」

「なんと! それならば父の関与が確実ではないですか……ちなみにその印影は我が家のもので間違いないのでしょうか?」

「おそらく間違いないかと。私の父にも確認いただきましたが、ゲイリッヒ侯爵様のモノで間違いないと言っておりました」

「なんと、これで我が家も終わりですね……」


 ハイドは瞬時に自分の行く末を考察したようだ。

 確たる証拠がある以上、いくら侯爵家であろうが、犯罪に手を染めた事実は消せない。貴族間での正式な争いならともかく、一方的な攻撃や窃盗行為は重罪である。人死にまでは出ていないが、犯罪は犯罪だ。

 貴族間での犯罪は、王直轄の検察部隊が動くことになる。

 そしてその事実が明るみなれば、ゲイリッヒ家は、爵位剥奪の上お家取り潰しといった王命が下されることだろう。勿論犯罪に加担した者は全て厳罰に処される。

 犯罪に加担していないハイドも、連座を免れることはできないだろう。

 ハイドの未来は余りにも暗い。


「その依頼書、見せていただくわけには参りませんか?」

「うーん、難しいでしょうね。今は父が厳重に保管しています。私は見せて差し上げても構わないのですけど、父が許さないでしょう。ハイド様は容疑をかけられているゲイリッヒ家の身内ですからね」

「それもそうですね。逆の立場ならわたくしもそうすることでしょうし……」


 ハイドは納得し深く頷いた。


「しかし少し気になることもあるのです」

「気になる、ですか? なんでしょうかミルキー様」

「詳しくは話せませんが、もしかすると何者かに陥れられている可能性も拭えません」

「陥れられている、ですか?」

「ええ、ですから今日一日だけ父から猶予をいただきました」

「一日の猶予ですか? なんの為に?」

「今日1日は告発を待ってもらいます。その間に多くの証拠を集め、または犯人を捕らえ解決しても構いません。そして全てを詳らかにしてしまうのです」

「なんの為にですか? 証拠があるのなら、即座に告発するのが筋ではないですか? どうして猶予をもらってまで我が家の汚名を雪ごうとなさるのですか?」


 ハイドは理解に苦しむといった体で言い募る。

 立場的に弱い私の家が、常にゲイリッヒ家の嫌がらせを受けていた。バーンにしろ、あからさまに私に嫌味を言ってくるような奴がいるのにも関わらず、どうしてそこまでするのかが理解できないのだろう。現に怪我人も出して裸猿を攫われているのだ。


「今は私の勘です」

「勘、です、か?」

「そうです勘です。このまま告発してしまえば、全てが悪い方に転がるような気がするのです。何も解決せず、そして何もかもが手の中から溢れ、無くなってしまうような。そんな気がするのです」


 ハイドには悪けど、ゲイリッヒ家がどうなろうと私の知ったことではない。

 父や母は、何かと陰険なゲイリッヒ侯爵に辟易としている。だからその目の上の瘤が失脚すれば、諸手を挙げて喜ぶかもしれない。しかし私に実害がなければどうでもいい存在だ。多少バーンがウザイだけで今の所実害はない。私は内心脳筋でおバカなバーンをいじめて楽しんでいる節もあるので、鬱憤晴らしにもなっているから貴重な存在でもある。けどそれだけだ。


 しかしマロンが攫われている現状で、もしゲイリッヒ家が無実だったらどうだろう。

 調べるだけでも数日、いや、数ヶ月の捜査が行われ、そして無実が証明される。そうなるとマロンの行方さえ分からぬまま延々と時間だけが過ぎて行く。

 勿論ゲイリッヒ家の関与が無かったと証明されたらまた振り出しに戻るのだ。

 それまでマロンが生きている保証はない。間違いなく死んでいるだろう。

 もしマロンが見つかったにしても、その身柄は強制的に王都に移送されてしまうかもしれないことを考えたら同じことである。マロンはどの道死ぬ運命しかないのだ。

 だからそれだけは阻止しなければならない。


「では、今回の件の犯人は別にいて、わたくしの家を貶めることと、裸猿を手に入れること、両方を目的にしていると考えているのですか?」

「そこまでは考えていません。ゲイリッヒ家の犯行の可能性が高い今、どうやって無事に裸猿を取り返すか。それしか考えておりません」


 結局はそこに帰結する。他は私にとってはどうでもいいこと。

 ただミッチェルとタツヤをあんな風にした賊は許すわけにはいかないけれど。

 黒幕がゲイリッヒ家だったら、もちろん容赦はしない。

 この落とし前はしっかりとつけてもらう。


「そうですか……では、わたくしもご協力致します。わたくしの家がどうなろうとわたくしは何とも思いません。むしろ一度痛い目を見た方が良いと考えているぐらいですから」

「でも、告発され、もしもゲイリッヒ家の関与が明らかだとしたら、ハイド様だってただではすみませんよ?」

「ええ、それも覚悟の上です。悪いことをしたのなら罰を受けるのは当然の報いです。それが家族である兄や父が行ったとしても、わたくしも今は同じ家族なのですから連座で罰せられても仕方がありません……納得は出来ませんが……」


 覚悟はできているとハイドは言う。

 しかし後半には、本当に悔しそうに自分の内心を吐露したのが印象的だ。兄や父親のせいで何の罪もないハイドが罰せられてしまうのは、私にとっても本意ではない。


「とにかく、今日一日あります。ハイド様も極力情報を集め、家の関与を否定する材料を見つけて下さいませ」

「分かりました。では早速行動に移したいと思います」


 そう言ってハイドは颯爽と席を立った。自分の未来は自分で切り拓く、そんな決意が窺えるような背中だった。


 どちらにしても王へ告発状を提出したら、それだけでゲイリッヒ家の威信はがた落ちである。関与していようがしていまいが、あのゲイリッヒ家の印が押された依頼書がある限り、王に良い心象は与えないはずだ。


 あ、もしかして先ほどハイドが言っていた、ゲイリッヒ家に侵入した盗人って……。



 なにかが繋がりそうな気がする私だった。



お読み頂きありがとうございます。

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