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51話 再戦 (ミッチェル)4

 わたくしは夜の街をひた走った。


 目につく宿という宿に訪問し、目的の人物を探す。

 宿の主人は寝ているところが多かったが叩き起こし、ブリューゲル男爵家の紋章を見せ領主の命で宿改めをしている旨を伝えると、皆快く協力してくれた。


 名前も分かる、黒尽くめだったが容姿もだいたいわかる。

 名前は偽名を使っているかもしれないが、容姿は誤魔化しが効かない。特にリーダー格の男とは直に対戦したので声も体格もだいたい覚えているのです。それに人数と、その中に一人女性がいることで範囲は相当絞れてくる。

 マロンも連れているなら、荷物かなにかに見せかけ一緒の宿にいるかもしれません。これだけ街中が警戒しているのです、怪しい場所に隠れるよりは、宿などに隠れたほうが目立たないと考えるのではないのでしょうか。マロンはそこにいる、若しくは既に依頼主の手に渡っているかもしれません。それも賊を捕まえて聞き出しましょう。


 そして魔道具も借りて(黙って)きた。この魔道具には既にタツヤの血液が登録されている。もし犯人の衣服に血痕が残っていたら、それなりに反応するはずである。期待は薄いけれども、ないよりはましでしょう。


『ご主人、男二人女一人の3人連れ、名前はブリング、テッド、ジェラ、そんな者が泊まっていないでしょうか?』

「うーん、三人連れは今日は来てないね。宿帳にもそんな名前は書いてないから、うちの宿じゃないね」

「そうですか、ご協力ありがとうございました」


「三人連れは来たけど、名前が違うし、女二人に男が一人だったよ」

「その男は大柄な男でしたか?」

「いや、小柄な女みたいな奴だったよ」

「そうですか……ご協力ありがとうございました」


「んーん、そんな名前はないね〜、三人連れはふた組みだけど、みんなガタイがいい男ばかりだ。違うんじゃねえか?」

「ですね……ありがとうございました……」


 宿を訪ね歩くことやや暫く、空が白み始めてきた。この時間帯になると宿の主人も朝の支度があるので起きていて、順調に調査を進められるようになってきました。

 そしてタイランが昇り始めた頃、わたくしはとうとう手掛かりにたどり着いたのです。


「三人連れ、三人連れっと……ああ、いたいた、ん〜、一人は名前が違うが、後の二人はその名前で間違いないね。一人部屋が一つと、二人部屋一つを借りてるな」

「そうですか! ちなみにその名前の違いう男は大柄な男でしたか? それと大きな荷物のような物を運び込んでいないですか?」


 ここで小柄だったらまた振り出しですね。しかし二人が同じ名前ならほぼ確定に近いと思います。


「ああ、体格はいいし、なんか異様な雰囲気の奴だったな。まるで常に何かを警戒しているような、そんな怪しい感じのいけ好かない奴だったよ。荷物はなかったな、小さなバッグを一つぐらいだったぞ」


 やりました。ついに見つけました。奴、ブリングで間違いないでしょう。

 わたくしの勘は正しかった。そう自分を褒めてあげたいくらいです。

 しかし荷物が無かったということは、マロンはここにはいないとになります。これは意地でもこの一味を捕らえなければなりません。


「で、こいつらがどうしたんだい?」

「はい、犯罪者です。わたくしの主人の大切なものを奪った極悪人なのです」

「なんと! 領主様の大切なものを盗むなんて極悪人で間違いない。ああ、それで昨日の晩から街が慌ただしかったのか」

「ええ、そうです」

「てことは、捕物になるのかい?」

「おそらくは。特にこの男は強いです。なるべく迷惑をかけないようにしますが、もしよろしければ衛士を数名呼んで来て頂けませんか?」

「あ、ああ、それはいいが、姉ちゃん一人で大丈夫なんか? 先に衛士を連れて来たほうがいいんじゃないのか?」

「おそらくそんな時間がありません。もうタイランが昇りました、奴らも早々にこの宿から出ることでしょう」


 チャンスは今しかない。寝惚けているところを襲撃し、確実に仕留める。


 宿の主人から合鍵を二本借り受けました。宿の主人はそのまま衛士を呼びに走って行きます。近くで警邏している衛士がいればいいですが、この場所から衛士の詰所は少し遠いいので、往復で十数分かかると思われます。


 その間にわたくしが賊を捕まえられたら良いのですが……。


 さて一人部屋と二人部屋、どちらにリーダー格のブリングがいるでしょうか?

 一人は女性なので一人部屋に入っているでしょうか、それとも手下二人が二人部屋を使うかもしれません。リーダー格の男は、おそらく黒猫窃盗団でも上の者でしょうから、手下には相部屋をあてがうでしょう。


 では一人部屋ですね。

 手下が逃げようともこの街の衛士が捕まえてくれるかもしれません。ですがリーダー格の男は、必ず私の手で捕らえます。


 そうして私は二階へと上がった。

 二階の奥に一人部屋が数部屋。手前に二人部屋数部屋あった。わたくしは迷わず一人部屋に向かいました。一応魔道具でタツヤの血の反応が無いか確認しました。

 僅かですが反応があります。


 ──ここで間違いありません。


 ──天地創造の神タイランよ、わたくしに強化の加護賜らんことを。生命創造の神ルミナよ、わたくしに防御の加護賜らんことを。


 わたくしは身体強化魔法と防御魔法を己が身に施した。


 そして扉に合鍵を差し込み、かちゃり、と施錠を解除する。

 腰に丸めていた鞭を手に扉を開く。


「神妙になさい!」

「──んぅ……なんすか?」「──はっ! 衛士⁉︎」


 なんと一人部屋のはずが、部屋には二人いた。

 女がベッドに寝ていて、男が椅子で寝ていた。リーダー格の男の姿はない。


 ──なんで? どうしてこの部屋に二人?


 そんな疑問が過ぎりましたが、今は考えないことにします。もう行動を止められません。

 女性の方が逸早く異変を察知したようだ。男は寝惚けている。


「テッド!」

「……うはっ!」


 女性が男の名を叫びました。

 間違いないようです。


 男はハッとしてテーブルの上に置いた短剣に手を伸ばす。女性は枕元のナイフを手に取ろうとする。


「させません‼︎」


 ──パン! パン!


 それよりも早く私の鞭が二人の手を激しく打つ。


「ぎゃっ!」「きゃっ!」


 鞭の先端は的確に二人の手を思い切り弾き、悲鳴をあげさせた。

 戦闘用の本格的な鞭は二人の手の皮を裂き、肉を削ぐ。


「おとなしく捕まりなさい!」

「くそっ! ジェラ逃げるっす!」

「テッド‼︎」


 男は女性を逃がそうとしているのか、鞭打たれた手を抑えながらも果敢に突進してくる。

 女性はそれを聞いて目を丸くするが、男の指示に従いベッドから身を起こし窓へ向かって逃げ出そうとする。


「おとなしくなさいと言いましたよね⁉︎」


 ──パン!


「ギャーッ‼︎」


 わたくしは男の顔に鞭を入れ、女に向かって素早く床を蹴る。男は頬を裂かれ悲鳴をあげ、回転しながら壁に激突する。

 その間に、ドカッ、とわたくしの蹴りが、逃げようとしている女性の腹にめり込む。


「──ぐぅふっ!」


 戦闘用のブーツのつま先には、厚い鋼の板が仕込んであります。手加減なしの蹴りは想像以上に効く事でしょう。

 女性はくぐもった声を上げ、そのまま壁に激突しました。


「おとなしくしていれば、怪我をしなかったものを……」


 二人は白目を剥いて床で気を失っている。

 すると、


 ──カシャン!


 と別の部屋で窓ガラスが割れる小さな音がした。


「──しまった!」


 音は目的の二人部屋の方から聞こえてきた。

 ブリングが逃げたのだろう。

 こうなることを考慮して、一人部屋に手下二人をいれ、自分は二人部屋に入っていたのでしょうか。何が起きても自分の保身を優先に考えているのでしょう。狡猾な奴です。


 わたくしは急いで窓を開いて下を確認しました。すると一つの黒い影がそこにあった。

 二階の窓はわずかしか開かず、故に窓を壊して外に出たのだろう。


「──逃がしません!」


 わたくしは考える余裕もなく窓から身を躍らせた。

 窓を壊したのは宿の主人に申し訳ないが、後ほど弁償すればいいことです。


「待ちなさい! 黒猫窃盗団ブリング‼︎」

「──‼︎」


 わたくしがそう声を掛けるとブリングは、『なぜ正体がバレた!』かのようにピクッ、っと小さく肩を強張らせた。見逃しません。

 昨日と同様黒い外套を纏い、黒い布で顔を覆い、人相が分からないようにしている。


「マロンはどこですか⁉︎」

「くくくっ、またお前か、メイド。だがブリングとは誰のことだ?」


 しかしブリングは涼しい声でそう言ってくる。強がっているのが見え見えです。


「白を切らなくても結構です。もう調べはついているのですから」

「そうか。どこから辿り着いたのかは知らんが、だがそんなことは些細なことだ。俺は捕まらん」

「昨日のわたくしではありません! 覚悟しなさい!」

「ほう、少しは身体強化もできるようだな。だがそれではまだ俺には勝てんぞ?」


 何を根拠にそんなことをいうのかわからないですが、ブリングは余裕綽々でそう言う。

 身体強化も見破られている? 廊下で見られていたのだろうか。

 釈然としないが確かに相手は強い。昨日も武器がナイフだったとはいえ、傷ひとつつけることができなかったのです。おまけに手加減までされナイフで攻撃さえしてきませんでした。

 わたくしの攻撃はことごとく両手のナイフで捌かれ、打撃技で吹っ飛ばされました。

 身体強化していなかったとはいえ、余裕を持って私は倒されたのです。


「甘く見ないでください!」

「甘くなど見ていない。それが現実だ。お前では俺に勝てん」

「──くっ!」


 どこまでも嫌味な奴です。昨日は負けていますが、今日は装備も加護も万全です。

 戦う前から何がわかると言うのでしょうか。

 ならば先制です!


「それが甘く見ていると言うのです!」

「……?」


 言葉と同時にわたくしは、加減なく鞭を振りました。

 素早く下から伸びてゆく鞭は、常人では見切れる速さではない。敵を下から上に向かって先端が反転するように返しを引く。


 ──シュパン‼︎


 と、空気をも切り裂く速度で先端が跳ね上がり、ブリングの顔面に直撃、


「‼︎」


 しなかった。


「ほう、お前の主武器はそれなのか? だがそれでは俺に、擦り傷もつけられんぞ?」

「──ハッ!」


 次の瞬間ブリングは、戻ってくる鞭の先端と同じスピードでわたくしめがけ突っ込んでくる。


「くっ!」


 わたくしは鞭を捨てブリングの攻撃を躱す。

 ブリングの両手には既にナイフが握られており、間一髪攻撃を躱すことに成功した。


「速さは素晴らしいがまだまだだ。リーチが長い分優位に戦えると思っているのだろうが、鞭には欠点がある」


 ブリングは振り向きざまに余裕を持って講釈を垂れる。


「鞭よりも素早く動ける者には通用しない」

「そんなことは百も承知です!」


 確かに鞭の速さを超えられると、いくらリーチが長くとも相手には当たらない。鞭が最も速度を増すのは先端が反転する瞬間しかないのだ。その他はさほど早くない。そして引き戻しの速さに合わせて攻撃されると、反撃も防御もできない武器となる。承知済みだ。

 しかしそれを難なく涼しい動作で見せつけられると、やはりブリングはただ者ではないと思わざるを得ない。

 わたくしの鞭を躱せる者など、そうそういないと自負していたのに。


 しかしわたくしの主武器は鞭ではない。あくまでも補助武器。

 振り向きざまに腰に提げた細剣を抜き、余裕のブリング目掛け突く。


 ──キン!


 と、金属音を響かせて剣が弾かれた。


「おっと、そちらが主武器だったか? 危ない危ない」

「くっ!」


 黒覆面の中の顔がニヤリと笑った気がする。

 さわり、と背筋に冷たいものが走った。

 これはブリングの言葉通りかもしれない。わたくしの得意とする細剣の突きを難なくナイフで弾き、余裕の態度。

 確実にわたくしよりも格が上だと知った。


 でもわたくしは負けません! タツヤとマロンの仇をとる。そしてこいつを捕らえてマロンを助けるのです!


「はっ! やぁっ! てぃ!」


 再度攻撃を続ける。

 いく重もの攻撃をナイフで捌かれる。その度に軽快な金属音が響く。


「ふっ、やればできるじゃないか。そうでなくてはな。だがここ迄だ。正体が露見されたのは痛いが、俺は捕まらぬよ。それにもう手加減する余地もない」

「うるさい! おとなしく捕まりなさい‼︎ そしてマロンの居場所を教えるのです!」


 わたくしの怒涛の攻撃を捌き続けながらも余裕でそんなことを言うブリング。


「ほら、下半身がお留守だ」

「──がはっ!」


 ブリングの鋭い蹴りが、わたくしの足を払う。

 だがそれぐらいでは怯まない。体制を即座に立て直し攻撃する。


「剣がにぶったぞ?」

「──チッ!」


 ブリングはリーチの差などものともせずナイフで切り込んできた。

 わたくしはそれを躱しきれずに腕に掠った。的確に装備の薄いところを攻撃してくる。


「ほらほら、また剣が疎かになってきたぞ?」

「うるさい! ──キッ!」


 苦し紛れに放った蹴りを難なく躱され、ナイフを太腿に突き立てられた。


「グゥッ……」

「どうしたそこまでか? ではとどめとい──チッ!」


 太腿を抑えながら苦悶するわたくしを見下ろし、とどめを刺そうとナイフを弄んでいたブリングが、周囲に集まり始めた人達に警戒を露わにした。遠くの方から衛士らしき影も走ってくる。

 早朝とはいえ路上で喧しく戦いを繰り広げていれば、当然の成り行きでしょう。


「チッ、少し遊びすぎたな……」


 そう言うとブリングはさっと踵を返した。


「ま、待ちなさい!」

「ふっ、また命拾いしたなメイド、だが次はない。今度俺の前に姿を見せてみろ、その時はその命、一瞬で消えてしまうと思え」


 ブリングはそう言い残して素早くこの場から立ち去っていった


「……くうっ……」


 なんてことでしょう。また負けてしまいました。

 これではなんの役にも立っていません。タツヤとマロンの仇を取るのではなかったのですか……。

 わたくしは悔しくて涙が出てきました。

 決して斬り傷が痛いからではありません……己の不甲斐なさに呆れ果てているのです。


「おーい姉ちゃん、大丈夫か⁉︎」


 衛士を連れて来た宿の主人がそう声をかけてきました。


「だ、だい、じゅうぶ、です……」


 悔しさのあまり噛んでしまいました。


「それより、二階の一人部屋に二人倒れています。捕縛をお願い致します!」


 そう衛士に頼むと、数人の衛士が宿へと急いで入っていった。


 そして二人の手下は捕まりましたが、やはりマロンの姿はここにはありませんでした。

 そのすぐ後、わたくしが怪我の手当てを受けていると、なぜかお嬢様が迎えに来てくれました。とても怖いお顔をしておいででした……。



 わたくしは屋敷に連れ戻され、その後単独行動をしたことを懇々と叱られてしまうのでした……。


お読み頂きありがとうございます。



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