50話 真犯人 (ミッチェル)3
お嬢様の湯浴みを済ませ、寝室に送り届けお休みして頂きました。
わたくしもお嬢様に休むよう強く言われ、さっと湯浴みをしてから寝室に向かいました。
確かに不甲斐なくも怪我を負ってしまい、治癒師によって傷は癒えたものの、多少のダメージは残っていました。ですからお言いつけ通り寝ることにしたのです。
しかし、目が冴えて眠れません。
自分がしでかしてしまった失態と、タツヤとマロンを守れなかった己の弱さ、そんな感情が渦を巻き、忸怩たる思いで胸が張り裂けそうでした。
タツヤが死の淵を彷徨っている。マロンは今頃きっと寂しさで震え、泣いているかもしれない。そんな中、わたくしがヌクヌクとベッドで寝ていて良いのでしょうか。否! いけません!
──わたくしの失態でこんな事態になってしまったのなら、わたくしが寝ているなど以ての外です。誰が許してくれようともわたくし自身が許せません。
そう思ったわたくしは、少しでも何かの役に立とうと、タツヤの元へと向かいました。
贖罪ではありませんが、タツヤが目覚めるまでは、側で世話をしたかったのかもしれません。
部屋に入ると、奥様のメイドが三人部屋に張り付いていました。
奥様は既に自室に戻られたようです。タツヤの書いたメモがゴッソリと本棚から消えていました。
メイド達は交代でタツヤの世話をしているようで、一人の年若いメイドが起きていてベッドの脇に椅子を持ち出し座っており、他二人は床にマットを敷き、そこで仮眠を取っていました。
「わたくしが見ていましょう。貴女もお疲れでしょう、少し仮眠を取ってはいかがですか?」
「ミッチェル様! いけません、ミッチェル様こそお休みください。わたしは大丈夫ですから。それに奥様に叱られてしまいますから……」
なんとも健気な若いメイドでしょう。奥様の命令は絶対のようです。
「良いのですよ。わたくしの我が儘なのです。奥様に聞かれたら、ちゃんとお世話をしていたと伝えますから」
「……そ、そうですか? では少しの間休ませていただきます」
まあ奥様もそんなことは聞いてこないとは思いますが、一応安心させるために言っておきました。若いメイドも今日の騒動で疲れていたのでしょう、助かった、という感じでマットの上に横になると、すぐに寝息を立て始めました。可愛いものです。
そしてわたくしがタツヤのベッドの脇で椅子に座り看病することになりました。
相変わらずタツヤは寝ているようです。寝ているというよりも、気を失っていると言った方が良いでしょう。顔色はまだ悪く、呼吸も細いままでした。
薬のおかげで体温は少し上がったようですが、それでもまだ手足が冷たくなっています。
「頑張るのですよタツヤ……」
わたくしはお嬢様のようにそう呼びかけ続けました。
一定の間隔で薄めた薬を少しずつ飲ませ、また祈る。
そうして夜中遅くまで看病を続けました。
そしてタツヤの手を温めながら祈っていると、ピクッ、とタツヤの手が動いた気がしました。
「──タツヤ?」
そしてタツヤの顔を覗き込むと、うっすらと目を開いたのです。
「タツヤ、目が覚めたのですか?」
「……ミッ、チェ、ル、様……」
タツヤがわたくしの名を呼んだ。
わたくしは嬉しさのあまり涙が流れ出しました。
「タツヤ……わたくしです、ミッチェルです……ごめんなさいタツヤ……わたくしのせいで……わたくしのせいで……こんな……」
「……」
泣きながら謝ると、タツヤはキュッ、と握ったか握らないかわからないほどの力で、わたくしの手を握った。
そしてよく見なければ分からないくらいゆっくりと首を振ってみせる。
違いますよ、ミッチェル様のせいではありませんよ、そう瞳が語っていた。
わたくしはやるせない気持ちでいっぱいになり、涙が止まりませんでした。わたくしを責めるどころか、この状態でも気にかけてくれるタツヤの優しさに、居た堪れないほどの罪悪感がこみ上げてきます。
「みっ、チ、エル、さ、ま……賊、は、捕まりま、し、たか……? マ、ロン、は、無事、です、か……?」
するとタツヤはわたくしの失態のことなどよりも、マロンが無事かどうか心配している様だった。
「いいえ、賊もまだ捕まっておりません。マロンも……まだ……」
わたくしがは首を振りながら答えると、タツヤは瞳だけで残念そうな色を見せました。
「ミッ、チ、エル、さ、ま、賊の、名前、わかりま、した……」
「えっ? 賊の、名前ですか?」
タツヤは切れ切れの言葉でそう言ってきた。
賊の名前を聞いている。そう確信しました。確かお嬢様は、赤猫盗賊団の仕業と言っていましたが、今はそれだけの情報しかありません。
赤猫盗賊団はお隣のゲイリッヒ領を根城にする盗賊団。ここからは少し遠いい。だが一味はまだこの街から出ていないと思う。街の警備も強化されているので、犯罪者は街の外へ出ることもできないだろうから。 あとはその赤猫盗賊団の何者かが分かれば、捕縛は可能だと考えているのです。
「は、い、黒猫、窃盗、団、頭、は、ブリング、手下、の、男が、テッド、女が、ジェラ……で、す……」
「……?」
なんですか? 黒猫窃盗団? それに三名の名前まで覚えている。
お嬢様が話していたことと違う。赤猫盗賊団ではないのですか?
それに黒猫窃盗団と言えば、王都で活動している窃盗団だ。数名のリーダー格の中にブリングという名前があったはずです。
何故タツヤがその名を? 言葉を覚えたばかりのタツヤが昔から覚えているはずはないのです。間違いなく窃盗団の一味から聞いた情報に違いない。
これは一大事です。お嬢様は間違った情報を意図的に握らされています。
わたくしは今聞いた名前を素早くメモに残しました。
それと共に決意しました。
「わかりましたタツヤ。わたくしが必ずマロンを助けて来ます。ですから安心して下さい。貴方が良くならないと、マロンも悲しみます。早く良くなるのですよ」
「……お、願い、し、ます……ミ、ッチ、エル、さ、ま……」
わたくしがそう言うと、タツヤは安堵したかのようにまた瞳を伏せ、体から力が抜けていった。
また眠りについたようだ。
私は急いで仮眠中のメイドを起こした。
「交代の時間です。わたくしは急ぎの用がありますので、これで退室しますね。朝お嬢様が参りましたら、これをお渡しして頂けますか?」
「畏まりましたミッチェル様。お手伝いいただきありがとうございました」
わたくしはタツヤから教えてもらった窃盗団の名前と、犯人の名前を書いたメモをメイドに渡した。
そして急いで部屋へと戻り支度をする。
アジトのひとつは潰したと言っておりました。
それでしたら賊はどこかの宿に泊まっている可能性が高いでしょう。下手に倉庫のような怪しい場所に隠れようものなら、警戒中の衛士に見つかる可能性があります。頭の切れる賊という話なら、そういった警戒される場所よりも、宿をとると予想できる。
裸猿のタツヤに全員の名を憶えられているとは知らないだろうし、名前で手配はされていないだろうと安心しきっているはずだ。
今は夜中、もうすぐ朝になります。それまでに街中の宿を調べ上げましょう。
宿と言ってもこの街にはそん多くの宿はない。せいぜい30軒ぐらいでしょうか。その程度ならすぐにでも調べられるはずです。
朝になってしまえば賊も宿を出てしまうでしょうから、今の内です。
わたくしが賊を捕まえてみせます。そしてマロンもわたくしが助け出します。
見ていなさい。わたくしを本気で怒らせたら地獄を見るということを教えて差し上げます!
こうしてわたくしは夜中の街へと向かうのだった。
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